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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第2章 契約者顕在化編
75/100

第11話 猶予の使い方(一)

挿絵(By みてみん)

 指輪を買った翌日の金曜、午後六時十二分。

 残りの評価を週明けへ回し、勤務状態を「終業」に切り替えた僕たちは、揃いの銀色を着けたまま退館ゲートを抜けた。


 僕の指輪の下には、アゼルとの契約痕がある。

 牧野の指輪の下に何があるかは、僕が話すことではない。


 ロビーの中央にある観葉植物のそばに、僕の契約だけを知る早乙女が立っていた。

 初めて会った時と同じ場所だった。


 僕たちが近づくと、早乙女は僕を見た。


「三嶋さん。今から少しお時間をいただけますか」


 早乙女はロビーで、何の話かまでは言わなかった。


「分かりました」


 僕は牧野へ向き直った。


「行ってきます」


「話せる範囲で、また聞かせてください」


 早乙女とロビーの自動扉を出ると、車寄せには前回と同じ黒い車が待っていた。


 運転手が後部座席のドアを開けた。

 僕が乗り込むと、早乙女も続いた。


 早乙女が迎えに来たのは、研究所を出てから別れるまで、ベリスの力で僕たちを人間と悪魔の目から外すためだ。


 車は駅前の大通りから一本奥の通りへ曲がり、前回早乙女と会ったホテルの車寄せへ入った。

 植え込みと低い石壁が、玄関を外の人通りから隠していた。


 庇の下で車が止まると、ドアマンが後部座席のドアを開けた。

 ロビーには白い花と枝ものが高く生けられ、磨かれた石の床に天井の灯りがぼんやり映っていた。


 僕は社員証ホルダーを外して鞄へしまい、早乙女のあとを歩いた。


 高層階のラウンジでは、低いピアノの音とグラスの触れ合う音が重なっていた。

 窓の向こうには、夜の東京が広がっている。


 早乙女が名前を告げると、スタッフは僕たちをラウンジの奥へ案内した。

 前に使った個室だった。


 磨かれた木の扉の先は、二人で並べば肩が触れそうなほど狭い前室で、さらに奥に布張りの重い扉があった。

 スタッフが水差しと二つのグラスを置き、外へ下がった。

 二枚の扉が順に閉まるにつれて客の話し声が遠のき、最後の扉が閉まるとピアノも聞こえなくなった。


 個室の片側は窓で、通路側の壁は淡い布に覆われていた。

 テーブルの小さな灯りが、二つのグラスの水面を照らしていた。


 早乙女は前回と同じように、扉が見える席を僕に勧めた。

 自分の席に着くと、黒いスマートフォンを伏せて置いた。


 僕が向かいに座ると、早乙女の視線が僕の左手で止まった。


 ほんの一拍だった。


「新しい指輪ですね」


「はい」


 銀座で買ったことも、同じ指輪がもう一本あることも言わなかった。

 牧野の指輪にも気づいていたのかは、分からない。

 確かめるために牧野の名前を出せば、それだけで二本を結びつけることになる。

 早乙女は続く質問をせず、僕も黙った。


     ◇


「ベリスが確認できる範囲では、隠した灯りに変化はありません」


「新しく近づいた悪魔は」


 僕が聞いた。


「同じ範囲では、確認できていません」


「確認できていない範囲は」


「保証できません」


 早乙女はすぐに答えた。


「ベリスは、いつまで隠し続けられますか」


「それも分かりません」


「限界が近いと判断できる兆候はありますか」


「今のところ、どんな前触れが出るのかは分かっていません。

 ベリスが灯り同士の境界を見分けられなくなれば、

 その時点で隠し方そのものを変える必要があります」


 僕は早乙女を見た。


「これで安全になったわけではないんですね」


 早乙女は両手を卓上に置いた。


「はい。次に見つかるまでの時間を、少し延ばしただけです」


「その猶予を、何に使うつもりですか」


 僕が聞いた。


「すでに契約した人のために使います」


 早乙女は僕を見た。


「契約したあとも、悪魔の言葉をどこまで信じるか、契約のことを誰に話すか、決め続けなければなりません。

 契約相手に相談しても、人間と同じ立場からの答えは返ってきません。

 誰にも話せないなら、そのたびに一人で決めることになります。

 相談を望む人に、同じ契約者として応じてほしいんです。

 こちらから相手を探すことはしません。本人から相談が届いた時だけ、返事をするか決めてください。

 連絡経路と、やり取りを終える手段はこちらで整えます」


「僕は、何を話すんですか」


「契約した理由。

 契約してから分かったこと。

 できると思っていたのに、できなかったこと。

 それを、自分の話として伝えてほしい」


「正しい契約の仕方を教えたり、続けるかどうかを代わりに決めたりするためではない?」


「正しい契約があるとは、私は言えません。続けろとも、離れろとも言いません」


「つまり、知らない相手に、僕も契約者だと明かす」


「はい」


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