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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
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第10話 揃いの指輪(四)

 店員は予約票に記された二人分の号数を確認し、包帯を巻いた僕の左手と、湿布を留めた牧野の左手を見た。


「おめでとうございます」


 用意していた説明を何も求められないまま、祝われた。

 僕は包帯の下で、契約痕のある左手をゆっくり握った。白い布が指の間で擦れた。


 店内の小さな音楽は途切れず、近くの客はガラスケースを覗いたままだった。

 奥の店員は別のトレイを磨き、目の前の店員も予約票へ視線を戻していた。

 僕はまだ左手を握ったままで、包帯の下の指先が掌へ食い込んでいた。


「ご予約では、石のない五ミリ幅で、つやを抑えたプラチナをご希望ですね。

 左手用はご指定の号数、着け心地は右手で確認できるようにご用意します」


「お願いします」


 牧野が答えた。

 店員は、普段も着けたまま使うなら、表面に引っ掛かる突起がなく、リングの内側が丸いものがいいと言った。


「お二人とも、金属で皮膚が荒れたことはございますか」


「私はありません。指輪を着けるのも初めてです」


 牧野が答えた。


「僕もです」


 店員は、左手の着け心地が合わなければ購入後でも調整できると説明し、見本を取りに席を離れた。


 店員が席を離れると、僕は右手の薬指を親指でなぞった。

 婚約した実感のないまま、指輪選びが始まった。

 決めるのは婚約の経緯ではなく、これから毎日着けるものだった。


 店員が、黒い布を張った浅いトレイを両手で持ち、カウンターへ戻った。

 四・五ミリ、五ミリ、五・五ミリのリングが並んでいる。

 仕上げを選ぶ前に、幅と重さを確かめるための見本だった。

 指に着けていない状態では、五ミリの幅が思ったより太く見えた。


 細いものなら、契約痕の縁が指を曲げた時に出るかもしれない。

 太くすれば隠しやすいが、指輪を着け慣れない僕には重さが増える。

 店員が示す差は半ミリずつなのに、並べると外形ははっきり違った。


「手の大きさに合わせて片方だけ細くする組み合わせもできます」


「同じ幅でお願いします」


 店員は細い方を元の位置へ戻し、五ミリ幅の見本へ手を伸ばした。

 外側は同じ五ミリ幅にし、内側を丸めたデザインをそれぞれの号数で用意してもらうことになった。


 店員は、二人分の細いトレイを並べた。

 五ミリ幅で、内側を丸めた見本。

 それぞれに、右手の試着号数を示す札が付いている。


 店員は、二枚の札を僕たちの方へ向けた。


「どちらからお試しになりますか」


「僕からお願いします」


 僕は自分の試着号数の見本を取り、右手薬指へ通した。


 冷たい金属が関節で一度止まる。

 少し力を加えると、関節を越えて根元へ収まった。


 契約痕のない右手では、金属の冷たさと重さだけが妙にはっきりした。


 指を曲げると、金属の縁が隣の指へ触れた。

 痛みはない。

 指を動かすたび、硬い縁だけが一拍遅れて触れた。


 店員に促され、僕は右手を握り、開いた。

 そのまま膝の横へ下ろす。

 血が指先へ戻り、さっきよりリングの内側が密着する。

 数秒待ってから、もう一度カウンターへ置いた。


 リングを親指で押すと、指の上をゆっくり回った。

 緩すぎて滑るほどではない。

 向きが変わっても、指への当たり方は変わらなかった。


 左手用は号数が違っても、外側は同じ五ミリになる。

 包帯の下の契約痕が、ちょうど隠れる幅だった。


 僕は右手でスマートフォンを持ち、普段と同じように画面を操作した。

 画面を滑らせる動作では問題ない。

 端末を持ち上げた時、リングの重さだけが少し遅れて指へ伝わった。


 キーを打つたび、隣の指に金属が触れる。

 視線を落とさなくても、そこにあることが分かった。

 左手に着ければ、一日中この重さを感じることになる。


 僕は手を下ろさず、もう一度指を曲げた。

 五ミリの幅には、細い指輪より強い存在感があった。


「これなら、着けたまま使えます」


 僕は見本を外し、右手をカウンターから下ろした。


 僕の契約痕は、アゼルとの交換契約の痕だった。


 牧野の契約痕は、ビィに返事の場所と行動の条件を与えた痕だった。


 同じ位置にあっても、成立した言葉も、相手も、危険も違う。


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