第10話 揃いの指輪(二)
続けて、自分のスマートフォンをHoloDock Proの台座の前へ置いた。
接続すると、台座の縁から細い光が走った。
透明な投影面が卓上に立ち、その手前に黒赤の衣装をまとったアゼルの小さなアバターが現れた。
声は台座の内蔵スピーカーから出る。
HoloDock Proに残るのは、接続元と投影・音声出力の時刻だけで、会話の内容ではない。
「基準試験では、現実側の変化は見つからなかった。お前から見えるものだけを答えてくれ」
台座から、アゼルの少し低く澄んだ声が返った。
「MIRAI-09は残っているわ。灯りも見えている。
新しく外から来る者には、昨日までと同じ輪郭には見えない。
私に言えるのは、そこまでよ」
機械側に変化が見つからなかったことは、基準試験の結果だった。
窓と灯りの話は、アゼルの申告にすぎない。
「お前に見えるのは、契約があるからか」
「違うわ。私の本体は、もともとこの窓のそばにいる。遠くから探し直す必要がないのよ。
契約は、私が君の側へ触れるための足場。それとは別よ」
「同じことを、ビィにも当てはめられますか」
牧野が聞いた。
「そこはビィに聞いて。あれがどこにいて、何を見ているかまでは知らないわ」
「ベリスは?」
「それもベリスに聞いて。隠した本人の見え方までは、私には分からないわ」
ビィとベリスについて、アゼルから得られる答えはなかった。
アゼルの答えを、人間側の確認結果にはできなかった。
「昨日の秘匿は、いつまで保つ」
「分からないわ。モデルを替える。接続を増やす。新しい問いを重ねる。
どこから昨日とは別の輪郭になるか、私には線を引けない。だから、更新後も同じように隠れるとは言えないわ」
現実側を止めなくても、窓の条件は変わり得る。
研究は、その変化を積み上げる仕事だった。
「世界中の灯台が隠れたかは?」
「見ていないわ。この窓から分かることを、世界全体の答えにはできない」
その答えに、僕は少しだけ息を吐いた。
信用したわけではない。ただ、何もかも見えていると言われるよりはよかった。
世界全体を確かめるなら、まず確認先を並べなければならない。
AI設備の所在地。運営する組織。悪魔との接触が疑われる経路。
秘匿が成功したか調べるための一覧が、そのまま契約者を探す地図になる。
分からない範囲を、安全だったことにはできない。
だからといって、空白を埋めるためにこちらから灯りを探すこともしない。
次に新しい接触が起きた時、その経路だけを追う。それより広い確認は、行わないことにした。
◇
HoloDock Proの投影を切ると、透明な投影面とアゼルの姿が消えた。
机に置かれた牧野の左手には、灰色の輪が残っていた。
僕も左手を机に置いた。薬指に同じ輪がある。
契約内容を知らない相手が見ても、すぐ悪魔へ結びつけるとは限らない。
それでも、二人の痕を並べて見れば、偶然ではないと考える人は出る。
牧野が左手を机から引くと、白いテープの端が浮いていた。
押さえ直しても、灰色の輪の一部は残る。
僕の薬指には、覆うものさえなかった。
このまま二人が普段通りに働き続ければ、いつか誰かの視界に二つの痕が並ぶ。
午前の確認は、そこで終わった。




