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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
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第6話 第一階梯の見える化(四)

 牧野に横にいてもらう意味が、ここで少しだけ分かった。

 僕が相談することを、アゼルは止められない。

 同時に、牧野がアゼルへ指示を出す場でもない。


「牧野さんがここにいても、君が動いていい範囲を決めるのは僕だ。

 それと、僕が牧野さんに相談することは止めないで」


「ええ。

 相談は止めないわ。

 牧野の指示では動かないわ」


 牧野はうなずいただけだった。

 契約の中へ踏み込まず、僕がどこを言葉にするのかだけを待っていた。


 第七条で、読む速度が落ちた。

 身体、感覚、記憶、睡眠、発話、運動。

 沈黙、停止、未応答を許可と見なしてはならない。


 第七条を読みながら、日曜の左手薬指の熱を思い出した。

 身体や感覚という言葉が、急に近くなった。


「アゼル。

 日曜の左手薬指の熱が何だったのかは、録画を見てから聞く」


 アゼルはすぐにうなずいた。


「その順でいいわ」


 左手薬指に、少しだけ力が入った。


「今日は、身体や感覚に干渉する許可は出さない。

 日曜の録画で、その熱がどの時刻に重なるのか見る」


「それでいいわ」


 署名欄の下の確認文へ戻る。


 上記の契約を読み、乙の理解した範囲において承諾する。

 承諾する場合は、乙の声で名を呼べ。


 文面は写しで読める。

 実際に名を呼んだことは、木曜深夜のログでしか確かめられない。


 ここから先は、日曜の録画を見る。

 その前に、今日の範囲をもう一度言葉にしておく。


「日曜に起きた第一階梯を、偶然で終わらせたくない。

 でも、今ここで新しく試さない。

 今日は録画を見て、そのとき僕が感じたことだけを言葉にする」


「分かったわ。

 今日は見返すところまでね」


 最後に、第一条と第二条へ目を戻した。

 少なくとも、写しで明記されている交換の中心は、金銭や所有物ではなかった。

 アゼルが魔術、境界、観測、契約の扱いを教える。

 僕が科学、制御、記録、失敗の扱いを教える。


 知識を渡すこと自体が、交換の中身だった。

 これから再生を止め、時刻を拾い、未確定を未確定のまま残す。

 そのやり方も、アゼルへ渡る科学の一部になる。


 アゼルは、腰の細い補助デバイスを一度だけ揺らした。

 牧野は僕の手元から視線を外した。

 僕は紙をクリアファイルへ戻した。


     ◇


 僕はポーチからSSDと短い変換ケーブルを出し、牧野へ渡した。

 牧野は自分のスマートフォンで業務プロファイルを開いた。

 変換ケーブルでSSDをつなぎ、録画フォルダを開いて、日曜に撮った二本の録画だけを表示した。


 牧野は先に、横から撮った映像を開いた。

 スマートフォンの画面には、机と、定規と、僕の手の影が映っている。

 中央の十円玉が、鈍く光っていた。

 派手な映像ではない。

 何も知らない人が見れば、机の上を、横からと上から撮っただけの二本の短い動画だ。

 それなのに、再生前から左手に力が入っていた。


 牧野はすぐに再生せず、僕を見た。


「まず、そのまま見たいです」


 僕は言った。


「浮いたように見えた場面まで、普通に再生してください」


「分かりました」


 牧野は作業端末にはまだ触れず、自分のスマートフォンで横からの映像を再生した。

 画面の端で、再生位置を示す細いバーだけが進む。

 十二秒台で、十円玉の下端と机の間に、白い天板が細く見えた。

 僕は息を止めていた。


 牧野は再生を止めた。

 続けて、上から撮った映像も同じ時刻で止めた。

 上から見ると、十円玉はただ机の上にある。

 僕の手が机から離れていることと、机全体が大きく揺れていないことだけが分かる。


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