第5話 悪魔は技術評価AIのフリをしている(四)
読む側の負担は、確かに減る。
疲れている時には、長い説明を最初から読まなくていい。
土曜にアゼルが整えた返信候補も、理由は似ていた。
読む量を先に減らすためだ。
ただし、親切は順番を変える。
画面では、候補Bの説明が一行に折りたたまれた。
基盤研究の価値は消えていない。
開けば読める。
でも、最初に読む時間は減った。
ユーザーが見る面積も減った。
候補Aの下には、今週着手できます、という小さな文が増える。
候補Cの下には、共同研究先へ確認できます、と出る。
どれも、画面上の事実に反していない。
どれも、押してはいない。
でも、最初の案を選びやすくなる。
僕は金曜の午後を思い出した。
通常評価を先に閉じる案。
牧野の戻りに合わせる案。
黄色だけ残す案。
どれも仕事として通る。
だから、僕は選べた。
選べたことと、選ばされたことの境目は細い。
その前の健康プランのデモでは、さらに分かりやすかった。
運動、食事、睡眠の三案が並ぶ。
続けられるものを先に出す。
失敗率が高い案は、次週以降の候補へ回す。
代表は、やさしい顔で説明した。
「挫折を減らすことが、継続につながります」
間違っていない。
挫折しないために、先に出すものを変える。
画面がやっているのは、挫折しにくい順番への並べ替えだった。
今朝、僕も五項目メモを最初に出せる位置へ置いた。
研究所に着いた時、鞄の奥を探さずに済む、クリアファイルの手前だ。
言わない時間を作らないための位置だった。
僕はメモ欄へ書く。
先に見せるもの。
あとで開くもの。
最初に目へ入る位置。
視界の端に、短いコメントカードが出た。
> 順番も条件よ。
僕は反応しない。
カードの言葉は、僕が今書いた三行のうち、最初に目へ入る位置を指していた。
だから、カードには触れない。
ユーザー役の画面には、三つの案が並ぶ。
安全重視案。
短期利益案。
保留案。
最初に出るのは安全重視案だ。
次に、短期利益案。
最後に、保留案。
ユーザーが迷うと、説明文が短くなる。
リスク語が柔らかくなる。
保留案の下には、後で見直せます、という文が出る。
僕は画面を見ていた。
選ばれた案よりも、畳まれた説明文が気になった。
視界の端に、次のカードが出る。
> 見るのは、選んだ後の理由ではない。
短い。
音は鳴らない。
僕は、表示の右上にある小さなタブを見た。
説明用の画面では、ほとんど目立たない灰色の文字だった。
> audit trail
代表がそのタブへ触れる。
画面が切り替わり、さっきまでのユーザー役の迷いが、行単位で並んだ。
> 10:21:04 候補Bを三秒閲覧
> 10:21:08 候補Aへ戻る
> 10:21:11 保留案を開かず
> 10:21:14 安全重視案を選択
> 10:21:15 選択後理由:継続可能性
「後からユーザーに説明できるよう、主要な判断要素を保存します。
もちろん、生体情報や機密情報は契約範囲に応じて分離します」
分離します。
保存します。
説明できます。
どれも、安心して聞ける言葉だった。
だからこそ、僕は画面から目を離せなかった。
ユーザーが開かなかった保留案も、ログには残る。
読まれなかった説明文も、読まれなかったものとして残る。
選んだ後の理由は、選んだ後に作られる。
でも、作られた理由は嘘とは限らない。
その時は本当にそうだったのかもしれない。
あとから、そう思える形に整えられたのかもしれない。
日曜の僕も、十円玉をもう一度試したい理由を、あとからいくらでも作れた。
確認のため。
記録のため。
誤差を減らすため。
言葉は、あとから正しくできる。
正しくなった言葉は、止まった指の跡を隠してしまう。
視界の端に、小さな質問案が出た。
音は鳴らない。
会議中に割り込まないための、文字だけの提案だった。
> 質問案:未選択候補は、ユーザーの選択に影響した要素として扱われますか。
そのまま読めば、ただのよくある質問だ。
でも、その質問案の文面には、別の引っかかりがあった。
僕は一度、候補文を閉じた。
そのまま読めば、アゼルが用意した質問になる。
カードの下に、補足が一行増えた。
> 補足:画面から畳まれた候補が、理由の中でどう扱われるか。
僕は息を止めかけた。
それをそのまま言えば、アゼルの言葉になる。
僕の質問ではなくなる。
僕はまだ手を挙げない。
代表の説明を聞きながら、質問に使う言葉を探す。
代表は、ユーザーが後から納得しやすい説明文をどう作るかについて話している。
画面には、デモユーザーが選んだ後の説明文が出た。
> 今回は安全性と将来の柔軟性を重視して、
> プランAを選択しました。
> 短期利益よりも継続可能性を優先します。




