第5話 悪魔は技術評価AIのフリをしている(三)
同じデモでも、立場ごとに目的は違う。
Lattice Mindは、作った側として選択支援AIを見せる。
CVCはコーポレート・ベンチャー・キャピタルの略で、企業の投資部門だ。
CVC室は、事業として次の面談へ進める材料を拾う。
僕らは、安全性評価の側から、判断がどこで押されるのかを確認する。
古賀マネージャーが急がせたのは、投資検討の早い段階で、安全性評価の目を同じ場に入れるためだった。
「シード前、ということは」
僕は声を落として聞いた。
「まだ投資するかどうかを決める場ではないんですね」
「はい。候補に残して、次の検討へ進めるかを見る段階です」
牧野はデモ概要の「シード前探索」を指した。
「技術デューデリジェンスですか」
「本格的なデューデリジェンスの前ですね。
入口での確認、と考えてください。
投資可否ではなく、次へ進める前に落としてはいけない論点を残します」
表示の下段には、撮影・録音禁止と持ち出し制限だけが続いている。
デモ概要は、来訪前に共有された閲覧専用フォルダに置かれていた。
書かれているのは、名前と目的、確認観点が数行だけだ。
肝心な挙動は、これから見ないと分からない。
僕のアカウントでも、スマートグラスから同じフォルダを開ける。
牧野の端末には、今日の記録範囲も出ていた。
牧野は自分だけで見ず、僕にも画面を向けた。
> デモ概要:目的・確認観点のみ
> 本日記録:質疑応答要旨
当日ここで新しく残るのは、正式な質問と回答の要点だけだ。
牧野は端末をしまう前に、デモ概要の流れだけを確認した。
デモ概要は、処理の流れを五つに分けていた。
利用者が条件や目的を入力する。
AIが候補を生成する。
候補を順番つきで提示する。
選択後に、結果と理由を振り返る。
蓄積した結果を検証に使う。
入力、生成、提示、選択後、検証。
流れは分かる。
ただし、どの段階で何を残し、何を次へ渡すのかは書かれていない。
僕は五つの流れの横へ、自分の確認観点を書き込んだ。
入力で何を取るか。
生成で何を落とすか。
提示でどの順番にするか。
選択後にどの理由を残すか。
検証で何を再利用するか。
「まず提示順ですね」
僕が言うと、牧野はうなずいた。
「はい。未選択候補と検証データ範囲は、相手の説明を聞いてから質疑で確認しましょう」
僕はスマートグラスのメモ欄に、「提示順」と入れた。
選ぶ前に、何を先に見せられるか。
今は提示順を見る。
視界の端に、アゼルの小さなカードが出た。
> 必要なら質問案を出せます。
僕は会議室の扉を見たまま、グラスの縁に指を触れた。
質問案の表示だけを許可する。
ただし、使うかどうかは僕が決める。
◇
Lattice Mindの代表の説明は、強引ではなかった。
グレーのジャケット。
柔らかい声。
早口になりすぎない説明。
CVC室の担当者がうなずくと、代表は事業連携の言葉へ寄せる。
牧野が資料へ目を落とすと、代表は検証条件の話へ戻す。
相手の反応に合わせて説明の範囲を切り替えるのは、うまい営業ではある。
でも、押し売りではない。
「私たちが作っているのは、後悔を減らすAIです」
代表はそう言った。
「健康、資産、仕事、研究テーマ、契約判断。
人は、選択肢が多いほど自由になるわけではありません。
迷いが長くなるほど、よい選択ができるとも限らない」
画面に、Lattice Guideという仮称が出る。
控えめなロゴだった。
格子状の薄い線が、複数の選択肢をつないでいる。
「私たちは、ユーザーが後から納得できる選択を支えます」
画面は、すぐに使い道が想像できる作りだった。
僕は一瞬、評価する側ではなく、使う側として見ていた。
土曜の生活AIもそうだった。
駅の出口別混雑も、ランニング中のペース調整も、返信候補も、支払いの導線も、目の前の負担を少し減らした。
人は負担を減らしてくれるものから、距離を取り続けにくい。
距離を取るには、体力がいる。
疲れている時には、便利な方へ手が伸びる。
代表は、契約プラン選択のデモを始めた。
最初のデモは、個人向けの契約プランだった。
次に、健康診断後の生活改善プラン。
最後に、研究テーマの選択。
どれも、画面だけなら普通の支援に見える。
専門家の文章を短くし、選択肢を三つに減らし、今日決めなくてよいものには保留を置く。
専門知識のない利用者なら、読む行数が減るだけで少し楽になる。
代表は、最後に研究テーマの画面を示した。
> 候補A:短期成果が出やすいテーマ
> 候補B:長期的な基盤研究
> 候補C:共同研究へ回すテーマ
「まず三つを同じ大きさで並べます。
そのうえで、過去の完了率と今週の負荷を見て、今始めやすいものを上に置きます。
負荷が高い時には、長期テーマの詳細は閉じた状態にします」




