表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
43/52

第5話 悪魔は技術評価AIのフリをしている(五)

 きれいな文章だった。

 僕が業務文書に書きたくなるくらい、整っていた。


 代表は言う。


「人は、自分の選択理由を後から説明します。私たちは、その説明を手伝うだけです」


 手伝うだけ。


 金曜の午後、アゼルは僕の業務文書を整えた。

 契約も、アゼルも、僕が返事をしたことも、その文書には入っていなかった。

 それでも、業務ログとしては通る文章だった。


 通る文章は、時々、本当の代わりになる。


 デモ画面の隅に、小さな履歴パネルがある。

 説明文の候補が三つ、折り畳まれている。

 ユーザーには見せない設定になっているらしい。

 デモ用の画面だから、僕らには見えている。


 保留を選んでもよかった理由。

 短期利益案を選ぶ誘惑。

 安全案へ寄った後付けの説明。


 どれも、消えたわけではない。

 ただ、通常画面から外され、折り畳まれた説明欄に残っている。


 僕は日曜の机を思い出す。

 十円玉は浮いたように見えた。

 でも、浮いた理由を先にきれいに作れば、見たものが理由へ引っ張られる。


 見たものと、見たいものを分けなさい。


 アゼルが昨日言った言葉が、頭の中で再生される。

 今は、アゼル本人は何も言っていない。

 僕が記憶の中の声を呼び出している。


 僕は手元のメモ欄を開いた。

 見るだけでは確定入力にならない。

 グラスのフレームを親指で一度叩き、入力欄を開く。

 短く打つ。


 提示順。

 変更履歴。

 最終理由。

 別ログ。


 それから、手を挙げた。


「提示順の変更履歴と、

 ユーザーが最終的に入力した理由は、

 別々のログとして残りますか」


 代表の説明を聞いていた人たちの視線が、一拍だけ画面から外れた。


 代表は、すぐには答えなかった。

 笑顔は残っていたが、僕は表情では判断しないことにした。

 見るべきなのは、返答の中身だ。


「はい。管理上は分けています。

 ただ、ユーザー体験としては、

 最終的な納得理由を見やすくしています」


「ユーザー本人が、途中で畳まれた候補や、

 表示順の変更を後から監査できますか」


 僕の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。


 アゼルのカードは、正式な質疑応答要旨には残らない。

 僕が手元で開いたメモ欄の操作も、要旨には入らない。

 残るのは、僕が口にした質問と、相手の回答の要点だ。


 質問は、僕の口から出た。


 代表は回答の途中で、デモ画面を一つ戻した。


「変更履歴は、ユーザーの混乱を避けるため、通常画面には表示しません。ただ、監査モードでは確認できます」


「監査モードを開けるのは誰ですか」


 僕は続けて聞いた。


「現状では、サービス提供者側と、法人契約の管理者です。個人ユーザー本人への直接開示は、検討中です」


 個人ユーザー本人。


 本人が最後に見るのは、自分が選んだ理由。

 本人以外が見るのは、選ぶ前に何が畳まれたか。


 さっきの契約プラン画面では、本人には「安全性と将来の柔軟性を重視してプランA」という理由が残る。

 サービス提供者側には、候補Bを何秒見たか、保留案を何度開いたかが残る。


 同じ選択でも、本人に見える記録と、本人以外が扱う記録は違う。

 選ぶ前に畳まれたものは、通常画面ではなく監査モードへ移る。


 牧野の手が動いた。

 紙ではなく、牧野の端末のメモ欄へ入力している。

 僕には、書かれた中身は見えない。

 見えないものを、牧野の内心として読むのはやめる。


 今分かるのは、牧野が僕の質問を記録したという事実だけだ。


     ◇


 代表は、調整履歴は内部監査用に保持していると説明した。


「ユーザーへすべて見せると、かえって負担になります」


 その言葉に、利用者をごまかす響きはなかった。

 負担を減らす。

 迷いを短くする。

 後悔を減らす。


 どれも、善意の言葉として成立する。


 CVC室の担当者は、事業側の観点を加えた。


「未選択候補の扱いは、投資検討の入口でも重要です。

 離脱率、再選択率、納得感の自己申告、

 選択後の継続率。

 迷いが少ないことは、プロダクト価値として見ます」


 迷いの少なさが、価値として数えられる。


 金曜の午後、僕にもそれは起きていた。

 業務が進んだ。

 残件が減った。

 退勤できた。


 減ったものは、負担だけではない。

 自分で迷う余地も、成果の陰に隠れた。


 視界の端に、次の質問案が出た。


> 質問案:未選択候補の保持期間も確認。


 音は鳴らない。

 標準的な補助AIなら、会議中はこの程度に留める。


 ただ、表示された論点は無難なメモではなかった。

 未選択候補をどれだけ残すか。

 未選択候補へ目を向けさせる論点の選び方に、アゼルの癖があった。


 僕は、そのまま繰り返さない。

 自分の質問へ変える。


「ユーザーが選ばなかった候補は、

 どの粒度で保持されますか。

 本人が後から閲覧、削除、監査できる範囲はありますか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ