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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
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第4話 第一階梯、念動(八)

 メモには、決めないことばかりが並んだ。

 十円玉も、契約写しも、僕一人で結論にしてはいけない。


     ◇


 夕方まで、僕は机から離れたり戻ったりを繰り返した。

 洗濯機を回し、麦茶を注ぎ、冷凍ご飯を温めた。

 食べている間も、明日持っていくものが頭から消えなかった。


 牧野にはまず、動画とメモと契約写しを見せる。

 十円玉は置いていく。

 古い硬貨そのものを差し出しても、話は進まない。

 最初に見てもらうべきなのは、映像とメモの残り方だ。


 横からの映像と上からの映像、契約写しのローカルコピーを、小さなスティック型SSDにまとめてコピーした。

 同じ内容を、もう一本のスティック型SSDにも複製する。

 どちらも元データは消さない。

 最終更新時刻もメモ帳に写した。


 荷物をまとめている間、姿のない声だけでは落ち着かなかった。

 枕元のHoloDock miniの電源を入れ直した。


 イヤーカフはケースに戻したままだ。

 台座の光の中に、部屋着姿の小さな輪郭が立った。

 黒いゆったりした上着に、深い赤の細い紐が一本だけ垂れている。

 袖口と裾にも、同じ赤が細く入っていた。

 外向きの黒衣より柔らかいが、色だけはアゼルのままだった。


 光の中に小さく立っている方が、まだ誰と話しているのか分かる。


 メモ帳とは別に、紙を一枚出した。


 月曜の朝、牧野に渡す五行。


 『一、木曜深夜、MIRAI-09の件を、すべて伝えてはいません。

  二、土曜、アゼルがパーソナルAIとして生活圏に出ました。

  三、日曜、自宅で単独確認しました。

  四、十円玉が一ミリ浮いたように見えます。

  五、契約は読みましたが、見落としの有無と、写しが最新かを確認できていません。』


 五行目を書いた時、手が止まった。

 十円玉が浮いたかどうかは、まだ疑える。

 映像の錯覚、影、机の揺れ、表示干渉。

 疑う余地はいくらでもある。


 でも、読んで署名した契約文の条件を読み落としているかもしれないことは、僕自身の問題だ。

 牧野に怒られるなら、たぶんそこだ。


 僕はその紙を一度裏返した。

 五行は見えなくなる。

 裏返したままなら、まだ鞄に入れずに済む気がした。

 そう思った自分に気づいて、すぐ表に戻した。


 動画を先に出したくなる。

 その方が、口に出しやすい。


 五行を書いた紙は、折らずにクリアファイルに入れた。

 クリアファイルは、鞄を開けた時に最初に目に入る手前側へ立てる。


 スティック型SSDは二本とも、小さな透明ケースにまとめた。

 赤い印をつけた方が確認用、青い印をつけた方がバックアップ。

 ケースはクリアファイルの内ポケットに留める。

 スマートフォンと古い端末は、仕切りの奥へ入れた。

 スマートグラスとイヤーカフは側面ポケットへ回す。


 スマートフォンで、明日の起床時刻、家を出る時間、牧野が出勤しているはずの時間を確認した。


     ◇


 夜になった。


 照明を落とすと、机の中央だけが目についた。

 十円玉はまだそこにあり、暗くても丸い輪郭だけは分かる。

 鞄に入れないと決めたせいで、十円玉の場所だけがいつもと違って見える。


 僕はメモ帳をもう一度開いた。

 朝に書いた三行が、ページの一番上に残っている。


 操作前の手を見られた。

 ログではない。

 でも、見られた。


 その下に、今日の記録が増えている。

 道具、録画、失敗、成功したい気持ち、一ミリ、契約写し。

 どれも明日には、自分を守る言い訳にできてしまう。


 僕は余白に一行だけ足した。


 『明日、今日の記録を言い訳にしない。』


 鞄のファスナーを閉める。

 玄関には置かない。

 朝、机の前に戻ってから持って出る。


 僕はHoloDock miniへ目を向けた。

 台座の光が一度だけ淡く強まり、部屋着姿の輪郭がこちらを向いた。


「おやすみなさい」


「……おやすみ」


 短い挨拶のあとで、HoloDock miniの電源を切る。

 部屋着姿の輪郭は、台座の光と一緒に消えた。

 スマートグラスも起動しないままにした。


 今日の一ミリを、夜のうちに確かな話へ変えない。

 浮いたとも、見間違いとも決めない。

 未確定の記録として、牧野のところへ持っていく。


 机の中央には、十円玉とメモ帳だけが残った。


 日曜が終わる。


 明日の朝、僕は牧野に会う。


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