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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
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第4話 第一階梯、念動(七)

 スマートフォンを十円玉から離し、膝の上で横から撮った映像を一度だけ再生した。

 机に戻せば、現物と見比べてもう一度やりたくなる。

 だから、手元の画面だけを見る。

 画面の中で、十円玉は小さい。

 十円玉の下端は、離れたようにも、映像が揺れただけにも見える。


 音は入っていた。

 ちり、という最初の音。

 その後の、落ちる音。

 僕の裏返った声。


 僕はメモ帳に書いた。


 『横からの映像確認。

  映像だけでは浮上を確定できない。

  肉眼では一ミリ浮いたと判断。

  音あり。

  単独確定不可。

  再現性確認は必要。

  次回は牧野同席。

  今日は追加試行しない。』


「そろそろ水を飲んだ方がいいんじゃない?」


「急に生活用AIみたいに言うな」


「手が震えているもの」


 言い返す気力はなかった。

 キッチンに行き、水を飲む。

 コップを持つ手はまだ震えていた。


 机に戻ると、十円玉はさっきと同じ場所にあった。

 机の上には、十円玉と、録画を終えた二台の端末と、僕のメモだけが残っていた。


 十円玉に触りたくなる。

 触った瞬間、触る前の状態は終わる。

 そこから先は別の記録になる。


 僕はメモ帳を、十円玉の手前に開いたまま置いた。

 もう一度手を伸ばす前に、『今日は追加試行しない』の一行が目に入る。


「今のが、第一階梯か」


「ええ。今のが、第一階梯の念動よ」


 僕の目には、十円玉は浮いた。

 でも、映像だけでは確定できない。

 何もなかったとも、もう言えない。

 それでも、見えたものをなかったことにはできない。


 再現性の確認は必要だ。

 ただ、今すぐ同じ手で繰り返せば、成功したい気持ちと震えが入る。

 二回目が出ても、出なくても、僕は都合よく読む。

 だから、次の一回は牧野に見てもらう。

 今日はもうやらない。


     ◇


 次は、契約写しだった。


 僕はファイル名を見て、すぐには開けなかった。

 十円玉の録画なら、映ったものを一つずつ疑えばいい。

 契約写しは、映像のように影や揺れのせいにできない。

 開けば、木曜深夜に僕が何を読んで署名したのかを見ることになる。


 読んだ時に何も見落としていないとは、今は言い切れない。

 牧野に見せる前に、そのことだけは自分の言葉で書いておきたかった。


 契約写しは、個人用スマートフォンの保護フォルダに入っている。

 保護フォルダを開き、ローカル保存のコピーを表示する。

 外部同期は切ってある。

 スマートグラスはかけたまま、表示だけを消した。


「読むのね」


「読むだけだ。ここで解釈し直さない」


 画面の明るさを落とす。

 最初に目に入ったのは、第一条だった。


 『甲は乙へ、魔術、境界、観測、契約の扱いを教える。』


 十円玉を浮かせたことは、この条文から外れてはいない。

 それでも、この条文だけで今日の試行が安全だったとは言えない。


 次に第三条を見る。

 木曜深夜に、僕が広すぎると言って書き直させた条文だ。


 『甲は乙の許した端末および表示環境に限り、

  表示、音声応答、入力補助を行うことができる。

  ただし、送信、署名、削除、購入、契約、他者への命令を、

  乙の明示なしに実行してはならない。』


 読める。

 だから、見落としがあっても文字化けのせいにはできない。


 最後に、署名欄の下に残っている確認文を見る。


 『上記の契約を読み、乙の理解した範囲において承諾する。』


 十円玉が浮いたことと、契約文を正しく押さえられているかは別の話だ。


 契約写しのファイルには書き込まない。

 画面の横に置いたメモ帳に書いた。


 『契約写し再確認。

  契約文は読んだ。

  見落としの有無は牧野と確認する。

  アゼルの説明を契約文そのものとして扱わない。

  十円玉が浮いたことを、契約が安全だという証拠にしない。』


 左手を見る。

 契約印は薄く残っている。

 視認上は増えていない。


 僕は余白に足した。


 『左手の印、視認上の増加なし。

  契約写し確認。

  契約範囲の解釈はしない。』


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