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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
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第4話 第一階梯、念動(一)

 日曜の朝、部屋は静かだった。


 枕元のHoloDock miniは、昨夜のうちに電源を落としてある。

 スマートフォンの通知も切ってある。

 生活用AIの朝の提案を切り、天気や予定のカードも出ないようにした。


 机の端に置いた個人用スマートフォンへ、視線を戻す。

 黒い画面には何も出ていない。

 業務プロファイルの通知も、研究所の予定も、牧野からのメッセージも出ていない。


 通知がないから何もない、と言い切れれば簡単だった。


 昨日、仮眠に入る前、僕はHoloDock miniの電源を切ろうとした。

 切れば、少なくともHoloDock miniにアゼルの姿は出てこない。

 そう思って指を伸ばした。


 その直前、右手がスマートフォンに戻りかけた。


 僕は、業務プロファイルを開こうとしていたとは言い切れない。

 開かないつもりだった、とも言い切れない。

 ただ、右手は一度だけ戻りかけた。


 HoloDock miniの電源を落とす前に、アゼルの声が割り込んだ。


 画面を開いた後ではない。

 通知を押した後でもない。

 予定欄にログが増えた後でもない。


 操作前の手。

 言い訳になる前の動き。


 僕はメモ帳を開き、最初のページに書いた。


 『操作前の手を見られた。

  ログではない。

  でも、見られた。』


 字が少し右に傾いていた。

 寝不足のせいではない。

 たぶん、認めたくないことを書いたせいだ。


 このメモを、今日最初の歯止めにする。


 僕はページの下に、もう一行だけ足した。


 『見られたことを、後から都合のいい理由にしない。』


 その一行でペンを止める。

 今日の記録は、端末のメモにはしない。

 スマートフォンに保存すれば、アゼルが入り込んだ端末の中に、僕の記録を残すことになる。

 彼女が端末の中身をどこまで読めるのかは、まだ分からない。

 メモ帳に書いても、僕が見ればアゼルには届く。

 それでも、画面に打ち込むよりは手が止まる。


 仕事なら、ここで見出しをつける。

 項目にすれば、少しは落ち着いて見られる。

 今日はしない。

 名前をつけた瞬間、さっきの嫌な感じまで、始める理由に変えてしまいそうだった。


     ◇


 机の上に、道具を並べた。

 役目は、一つずつ違う。


 まず、十円玉とメモ帳。

 十円玉の横には、録画にも映る物差しとして透明定規を置く。

 スマートグラスの表示だけに頼ると、あとで録画に何が写ったのか分からなくなる。


 横から撮るためのスマートフォン。

 上から撮るための古い端末。

 スマートグラスとイヤーカフ。


 卓上ライト。

 温湿度計。

 机の揺れを見るために、水を少し入れた透明なコップ。


 昨夜帰ってきた時点では、机にここまで並べるつもりはなかった。


 帰宅して、上着を椅子に掛けた時だった。

 アゼルがふいに、木曜深夜の紙コップの話をした。


「明日は、あの夜の続きをしましょう」


「あの紙コップか」


「ええ。今度は君が動かす番よ」


 触れずに動かす。

 その言葉だけが、朝になっても頭に残っていた。


 だから僕は、引き出しを開けた。

 あの時と同じ紙コップは、自宅にはなかった。

 触れずに動かせるなら、浮かせてみたい。


 軽くて、壊れにくく、なくしても惜しくないもの。

 浮いたかどうかを、動画で見返せるもの。

 非常用の小銭入れから、十円玉を一枚出した。


 本来なら、ここで作るのは、牧野に相談するための整理メモだった。

 木曜深夜からのことを、MIRAI-09で起きたことと、生活圏で起きたことに分け、月曜に渡せるようにする。

 そこまでなら、まだ仕事の延長で済む。


 けれど、十円玉を机に置き、触れずに浮かせようとすることは、仕事の延長ではない。

 これは業務の確認ではない。

 僕がひとりで始めようとしていることだ。


 ここにあるのは、自宅の机と、引き出しから出した道具だけだ。


 それでも、片づけない。


 道具を並べ始めた時点で、もう始めるつもりになっていた。


 そのまま、メモ帳に書いた。


 『道具を並べた。

  止まるなら、ここで片づける。

  それでも並べている。』


 書いてから、ペンを置いた。


 言い訳を探せば、まだいくらでも出てくる。

 でも、書き足すほど、「だから始めていい」に近づく。


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