第3話 悪魔はパーソナルAIのフリをしている(十)
言われて、僕は黙る。
どちらも使えそうだった。
どれを選んでも、あとから牧野の判断を借りられる。
Lattice Mindが悪いという話ではない。
牧野のやり方だけが正しいという話でもない。
ただ、今日の僕には、最初から一つだけ強く見える並べ方が危うかった。
何を選んでも、予約と理由には僕の名前が残る。
牧野さんがそう言ったから、という理由は書けない。
言い訳が一つ減るぶん、選ぶ責任が重くなる。
「三嶋さんが選んでください」
「理由も残すんですよね」
「はい」
僕は端末画面を見る。
見ただけでは決定にならない。
決定ボタンは牧野の手元にある。
僕は言った。
「明日午前」
「理由は」
「今日夕方は、まださっきの質疑から頭が離れていません。
今日のうちに契約写しを見ると、
自分に都合のいい接続を作りそうです」
牧野は入力する。
「先延ばししすぎると、説明を作ります」
「明日午前は、その中間ですね」
「はい」
カナメの作業欄に、牧野が確定した予約だけが出た。
> 次回確認枠:明日午前
> 場所:MIRAI-09評価室
> 同席:牧野
> 対象:相談項目の順番確認から開始
対象欄は、相談項目の順番確認に留まっている。
十円玉とも契約写しとも書かない。
でも、時間と場所は押さえられた。
牧野は、端末画面を閉じる前に、候補の並びと、僕が明日午前を選んだ理由を保存した。
僕が見ている前で確定した。
選んだ枠だけではない。
選ぶ前の並びも、記録に残る。
僕は、肩の力を抜いた。
相談の中身は、まだ未確認のままだ。
でも、いつ誰と確認するかは決まった。
◇
研究所へ戻る電車の中で、僕は窓の外を見ていた。
牧野は隣で端末を見ていたが、外部評価ログの確認を終えると画面を伏せた。
疲れているのか、背もたれに肩を預けて目を閉じている。
寝入っているのか、目を休めているだけなのかは分からない。
起こしてまで話す場面でもない。
僕は鞄の背面ポケットから、薄いノートを出した。
会議のメモに使っている、罫線だけのノートだ。
会議室で聞いたことを、ノートの左端に三つだけ書く。
提示前。
選択後。
失敗後。
それぞれの下へ、短く足した。
何を先に見せたか。
選ばれなかったものを、後の説明に残したか。
失敗した時、記録が誰の判断として残るか。
それはLattice Mindを見るための切り口だった。
けれど、電車の揺れの中で、僕は自分の相談も同じ三つで見直していた。
アゼルの候補文を見た時、僕は自分の仮説をどこに置いたのか。
日曜の契約写しを読む時、最初に見るのは条項なのか、木曜深夜の応答なのか。
決めないまま開けば、見たい証拠だけを先に拾ってしまう。
日曜の机を思い出す。
透明定規、横撮りのスマートフォン、上から撮る古い端末、温湿度計、水を少し入れた透明なコップ。
その中心に、十円玉があった。
道具を並べたのは、結果へ飛びつかないためだった。
けれど、並べるだけでは止まれない。
何を見て、何をまだ見ないかを決めておかないと、準備はそのまま試す手順になる。
牧野が取った明日の枠がある。
今日の要旨も残る。
でも、それだけでは、研究所に戻ってから僕が何を開かないかまでは残らない。
僕は空いているページに日付だけ書き、続けて番号を振った。
『一、相談項目リストは牧野預かり。
二、十円玉現物は自宅机上。
三、契約写しは木曜深夜の応答と続けて読まない。
四、外部評価の要旨とは混ぜない。
五、明日午前、牧野と確認する順番を決める。』
朝の五項目とは違う。
今度は、牧野へ渡すためではなく、今すぐ開かないための走り書きだ。
字は小さく、少し傾いている。
きれいに整えられた理由でもない。
それでいい。
悪魔は技術評価AIのフリをしていた。
けれど、評価の場で見た問いは、相手のデモだけに閉じなかった。
どの順番で見せられ、何が畳まれ、失敗した記録が誰のものになるのか。
その見方を、僕は明日、木曜深夜の応答と日曜の契約写しにも向けることになる。




