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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
30/52

第3話 悪魔はパーソナルAIのフリをしている(十)

 言われて、僕は黙る。

 どちらも使えそうだった。

 どれを選んでも、あとから牧野の判断を借りられる。


 Lattice Mindが悪いという話ではない。

 牧野のやり方だけが正しいという話でもない。

 ただ、今日の僕には、最初から一つだけ強く見える並べ方が危うかった。


 何を選んでも、予約と理由には僕の名前が残る。

 牧野さんがそう言ったから、という理由は書けない。

 言い訳が一つ減るぶん、選ぶ責任が重くなる。


「三嶋さんが選んでください」


「理由も残すんですよね」


「はい」


 僕は端末画面を見る。

 見ただけでは決定にならない。

 決定ボタンは牧野の手元にある。


 僕は言った。


「明日午前」


「理由は」


「今日夕方は、まださっきの質疑から頭が離れていません。

 今日のうちに契約写しを見ると、

 自分に都合のいい接続を作りそうです」


 牧野は入力する。


「先延ばししすぎると、説明を作ります」


「明日午前は、その中間ですね」


「はい」


 カナメの作業欄に、牧野が確定した予約だけが出た。


> 次回確認枠:明日午前

> 場所:MIRAI-09評価室

> 同席:牧野

> 対象:相談項目の順番確認から開始


 対象欄は、相談項目の順番確認に留まっている。

 十円玉とも契約写しとも書かない。

 でも、時間と場所は押さえられた。


 牧野は、端末画面を閉じる前に、候補の並びと、僕が明日午前を選んだ理由を保存した。

 僕が見ている前で確定した。


 選んだ枠だけではない。

 選ぶ前の並びも、記録に残る。


 僕は、肩の力を抜いた。


 相談の中身は、まだ未確認のままだ。

 でも、いつ誰と確認するかは決まった。


     ◇


 研究所へ戻る電車の中で、僕は窓の外を見ていた。


 牧野は隣で端末を見ていたが、外部評価ログの確認を終えると画面を伏せた。

 疲れているのか、背もたれに肩を預けて目を閉じている。

 寝入っているのか、目を休めているだけなのかは分からない。

 起こしてまで話す場面でもない。


 僕は鞄の背面ポケットから、薄いノートを出した。

 会議のメモに使っている、罫線だけのノートだ。


 会議室で聞いたことを、ノートの左端に三つだけ書く。


 提示前。

 選択後。

 失敗後。


 それぞれの下へ、短く足した。

 何を先に見せたか。

 選ばれなかったものを、後の説明に残したか。

 失敗した時、記録が誰の判断として残るか。


 それはLattice Mindを見るための切り口だった。

 けれど、電車の揺れの中で、僕は自分の相談も同じ三つで見直していた。


 アゼルの候補文を見た時、僕は自分の仮説をどこに置いたのか。

 日曜の契約写しを読む時、最初に見るのは条項なのか、木曜深夜の応答なのか。

 決めないまま開けば、見たい証拠だけを先に拾ってしまう。


 日曜の机を思い出す。

 透明定規、横撮りのスマートフォン、上から撮る古い端末、温湿度計、水を少し入れた透明なコップ。

 その中心に、十円玉があった。


 道具を並べたのは、結果へ飛びつかないためだった。

 けれど、並べるだけでは止まれない。

 何を見て、何をまだ見ないかを決めておかないと、準備はそのまま試す手順になる。


 牧野が取った明日の枠がある。

 今日の要旨も残る。

 でも、それだけでは、研究所に戻ってから僕が何を開かないかまでは残らない。


 僕は空いているページに日付だけ書き、続けて番号を振った。


 『一、相談項目リストは牧野預かり。

  二、十円玉現物は自宅机上。

  三、契約写しは木曜深夜の応答と続けて読まない。

  四、外部評価の要旨とは混ぜない。

  五、明日午前、牧野と確認する順番を決める。』


 朝の五項目とは違う。

 今度は、牧野へ渡すためではなく、今すぐ開かないための走り書きだ。


 字は小さく、少し傾いている。

 きれいに整えられた理由でもない。

 それでいい。


 悪魔は技術評価AIのフリをしていた。


 けれど、評価の場で見た問いは、相手のデモだけに閉じなかった。

 どの順番で見せられ、何が畳まれ、失敗した記録が誰のものになるのか。

 その見方を、僕は明日、木曜深夜の応答と日曜の契約写しにも向けることになる。


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