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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
29/53

第3話 悪魔はパーソナルAIのフリをしている(九)

 CVC室の担当者は、会議室を出る前、僕と牧野へ向き直った。

 古賀マネージャーのメールで名前は見た。

 顔を合わせるのは今日が初めてだった。


「今日はありがとうございました。

 次に進める場合、支援条件案は整理して、

 古賀マネージャーのスレッドへ戻します」


 担当者は言った。


 牧野はうなずいた。


「MIRAI-09側の技術確認メモは、こちらでまとめます。

 三嶋さんの質問も含めます」


 そこで、CVC室の担当者は僕を見た。


「本日の質疑応答要旨は、後ほど共有します」


「共有対象は、正式な質疑応答の要旨だけにしてください。

 デモ概要は事前共有分を参照します」


「承知しました。共有先は古賀マネージャーのスレッドに限定します」


「外部評価者コメントの扱いも、契約草案上の定義を確認します」


「はい。追記します」


 やり取りは淡々としていた。

 短い確認の中で、質問がどこに残るかが決まっていく。


 僕はそこで、うなずいた。

 保存先や共有範囲は、牧野に任せた。

 僕の仕事は、質問者として残る自分の問いを見失わないことだった。


     ◇


 会議室を出て通路に入ると、牧野は僕の横に並んだ。


 歩幅を落として、僕を待ったわけではない。

 声を落としても届く位置へ、半歩だけ寄った。

 昨日の皇居ランの時と同じように、そうした理由を言葉にはしない。


 ビルの出口を出る前に、僕は朝作った相談項目のリストだけを牧野へ渡した。

 外部ストレージは出さない。

 ここで中身まで開けば、預かりではなく、その場の聞き取りになる。

 帰り道で始める話ではない。


 牧野は受け取った。

 開こうとはしない。

 紙の表面だけを確認し、別のクリアファイルに入れる。


「このリストは、私が預かります」


「中身は見ないんですか」


「今は見ません。明日の確認枠を取るために、受領時刻と未確認状態だけを残します」


 牧野は、クリアファイルの端に付箋を貼る。

 そこには、日付と僕の名前だけを書く。

 十円玉とも、契約とも、微小浮上とも書かない。


 日付と名前だけなら、今はまだ中身を開かずに済む。


 日曜の十円玉についても、最初に分けるべきだったのはそこだった。

 机の上にあるという事実と、動いたかどうかはまだ確かめていないという事実。


 牧野が残したのも、相談の内容ではなく、預かった時刻と未確認状態だけだった。


「中身は、明日の枠で確認します」


「お願いします」


 今は開かない。

 でも、捨てるわけでも、なかったことにするわけでもない。

 明日の枠へ回す。


 ただ、一つだけ残っていた。

 デモ中の質問が、自分の相談を正当化するための質問になっていなかったか。


「牧野さん」


「はい」


「今日の質疑応答要旨には、僕の質問も残りますよね」


「残します。Lattice Mindへの質問としてです」


「僕の相談に引っぱられていたとしても」


「その動機は、明日確認します。

 今日の要旨には、相手に聞いた内容と回答だけを残します」


 外部評価ログに残るのは、Lattice Mindへ投げた質問と相手の回答だけだ。

 その質問を僕がなぜ選んだのかは、明日の相談枠で見る。

 同じ問いを扱っていても、置き場所は違う。

 分ければ安心、ではない。

 僕がその分け方を、自分に都合よく使おうとしたかどうか。

 それも明日、牧野の前で言葉にしなければならない。


 僕が黙っていると、牧野が横で言う。


「疲れていますね」


「はい」


 牧野は端末を開く。

 僕には画面を見せる。

 ただし、編集している欄そのものは牧野の手元だ。


「明日の確認枠を押さえます。

 内容は開きません」


「今、決めるんですか」


「今です。

 研究所へ戻ると、外部評価ログの整理が先に入ります」


 時間を押さえることは、朝の「戻ってから」よりも一段具体的だった。

 逃げ道が細くなる。

 同時に、開く順番ができる。


 牧野は候補を三つ並べ、端末をこちらへ向けた。


> 第一候補:本日夕方、MIRAI-09評価室、牧野同席

> 第二候補:明日午前、MIRAI-09評価室、牧野同席

> 第三候補:外部評価ログ整理後、別日調整


 夕方は近い。

 近すぎて、さっきの質疑の流れで契約写しまで読んでしまいそうだった。

 明日午前は、一晩置ける。

 置けるぶん、都合のいい説明も作れる。

 外部評価ログ整理後は、遅い。

 遅いぶん、外部評価の記録と僕の相談をつなげる理由が増える。


 牧野は推奨をつけなかった。

 文字の大きさも、色も変えない。


「牧野さんなら、どれにしますか」


「今は答えません」


 僕は端末画面を見た。


 牧野は続ける。


「私の答えを先に聞くと、あなたはそれを理由にできます」


「牧野さんが言ったから」


「はい。あるいは、私が止めなかったから」


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