第3話 悪魔はパーソナルAIのフリをしている(九)
CVC室の担当者は、会議室を出る前、僕と牧野へ向き直った。
古賀マネージャーのメールで名前は見た。
顔を合わせるのは今日が初めてだった。
「今日はありがとうございました。
次に進める場合、支援条件案は整理して、
古賀マネージャーのスレッドへ戻します」
担当者は言った。
牧野はうなずいた。
「MIRAI-09側の技術確認メモは、こちらでまとめます。
三嶋さんの質問も含めます」
そこで、CVC室の担当者は僕を見た。
「本日の質疑応答要旨は、後ほど共有します」
「共有対象は、正式な質疑応答の要旨だけにしてください。
デモ概要は事前共有分を参照します」
「承知しました。共有先は古賀マネージャーのスレッドに限定します」
「外部評価者コメントの扱いも、契約草案上の定義を確認します」
「はい。追記します」
やり取りは淡々としていた。
短い確認の中で、質問がどこに残るかが決まっていく。
僕はそこで、うなずいた。
保存先や共有範囲は、牧野に任せた。
僕の仕事は、質問者として残る自分の問いを見失わないことだった。
◇
会議室を出て通路に入ると、牧野は僕の横に並んだ。
歩幅を落として、僕を待ったわけではない。
声を落としても届く位置へ、半歩だけ寄った。
昨日の皇居ランの時と同じように、そうした理由を言葉にはしない。
ビルの出口を出る前に、僕は朝作った相談項目のリストだけを牧野へ渡した。
外部ストレージは出さない。
ここで中身まで開けば、預かりではなく、その場の聞き取りになる。
帰り道で始める話ではない。
牧野は受け取った。
開こうとはしない。
紙の表面だけを確認し、別のクリアファイルに入れる。
「このリストは、私が預かります」
「中身は見ないんですか」
「今は見ません。明日の確認枠を取るために、受領時刻と未確認状態だけを残します」
牧野は、クリアファイルの端に付箋を貼る。
そこには、日付と僕の名前だけを書く。
十円玉とも、契約とも、微小浮上とも書かない。
日付と名前だけなら、今はまだ中身を開かずに済む。
日曜の十円玉についても、最初に分けるべきだったのはそこだった。
机の上にあるという事実と、動いたかどうかはまだ確かめていないという事実。
牧野が残したのも、相談の内容ではなく、預かった時刻と未確認状態だけだった。
「中身は、明日の枠で確認します」
「お願いします」
今は開かない。
でも、捨てるわけでも、なかったことにするわけでもない。
明日の枠へ回す。
ただ、一つだけ残っていた。
デモ中の質問が、自分の相談を正当化するための質問になっていなかったか。
「牧野さん」
「はい」
「今日の質疑応答要旨には、僕の質問も残りますよね」
「残します。Lattice Mindへの質問としてです」
「僕の相談に引っぱられていたとしても」
「その動機は、明日確認します。
今日の要旨には、相手に聞いた内容と回答だけを残します」
外部評価ログに残るのは、Lattice Mindへ投げた質問と相手の回答だけだ。
その質問を僕がなぜ選んだのかは、明日の相談枠で見る。
同じ問いを扱っていても、置き場所は違う。
分ければ安心、ではない。
僕がその分け方を、自分に都合よく使おうとしたかどうか。
それも明日、牧野の前で言葉にしなければならない。
僕が黙っていると、牧野が横で言う。
「疲れていますね」
「はい」
牧野は端末を開く。
僕には画面を見せる。
ただし、編集している欄そのものは牧野の手元だ。
「明日の確認枠を押さえます。
内容は開きません」
「今、決めるんですか」
「今です。
研究所へ戻ると、外部評価ログの整理が先に入ります」
時間を押さえることは、朝の「戻ってから」よりも一段具体的だった。
逃げ道が細くなる。
同時に、開く順番ができる。
牧野は候補を三つ並べ、端末をこちらへ向けた。
> 第一候補:本日夕方、MIRAI-09評価室、牧野同席
> 第二候補:明日午前、MIRAI-09評価室、牧野同席
> 第三候補:外部評価ログ整理後、別日調整
夕方は近い。
近すぎて、さっきの質疑の流れで契約写しまで読んでしまいそうだった。
明日午前は、一晩置ける。
置けるぶん、都合のいい説明も作れる。
外部評価ログ整理後は、遅い。
遅いぶん、外部評価の記録と僕の相談をつなげる理由が増える。
牧野は推奨をつけなかった。
文字の大きさも、色も変えない。
「牧野さんなら、どれにしますか」
「今は答えません」
僕は端末画面を見た。
牧野は続ける。
「私の答えを先に聞くと、あなたはそれを理由にできます」
「牧野さんが言ったから」
「はい。あるいは、私が止めなかったから」




