表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
29/102

第3話 悪魔はパーソナルAIのフリをしている(九)

 座席に座ると、身体の重さが一気に出た。

 走っている間より、止まった後の方が疲れる。

 窓に映った目元は、朝よりましだが、まだ眠そうだった。


「帰宅後、二十分の仮眠よ」


「分かってる」


「夕方以降は仕事をしない」


「禁止だと、従っただけになる」


「じゃあ、やめておいた方がいい」


「それならいい」


 電車の中でも、外側ランプ、イヤーカフ、手首端末の光が別々のタイミングで動いていた。

 学生の視線はグラスの右上へ流れ、隣の会社員はイヤーカフに小さく頷く。

 向かいの年配の女性は、次の駅のアナウンスが流れても、すぐには立たなかった。

 手首端末に緑の光が短く灯ったのは、電車が減速し、ドア前の人が一歩詰めたあとだった。

 女性はそのタイミングで、膝の上のバッグを持ち直した。


「忘れ物だけじゃないのね。立つタイミングまで、もう端末が先に知らせてくる」


「言い方」


「忘れ物、道順、立つタイミング。次に、会話、金銭、睡眠。忘れないための補助が、選ぶ前に出てくるわ」


「それは悪いことじゃない」


「悪いとは言っていないわ」


「じゃあ、何が問題なんだ」


「先に楽な方が目に入ることよ。次の駅で立つ、こっちへ行く、この方法で払う。別の選択肢を選びにくくなる」


「それでも選ぶのは本人だろ」


「ええ。だから記録上は、本人の選択になる」


 僕は返事をしなかった。

 断る理由は、画面には出ない。

 次の候補だけが横に並ぶ。


 候補にないものを選び続けるには、思ったより気力がいる。

 朝なら、それを単なる反発だと思えた。

 帰りの電車では、そう言い切れなかった。

 候補を選ぶ前に、一度止まる。その一拍を残しておきたいだけだ。

 牧野の前でも、候補を選ぶ前に何度か指を止めていた。


     ◇


 最寄り駅に着くころには、まぶたが重くなっていた。

 朝よりはましだ。顔色も、人前に出られる程度には戻っている。

 疲れているのに、部屋へ戻る足取りだけは朝より軽い。

 朝の自分には、もう言い訳しにくい。


 グラスは自宅までの日陰が多い道を出した。

 僕は何も言わず、その道を選ぶ。


 細い公園の横を通ると、親子が二組いた。

 子どもの腕には見守り用の細いバンドが巻かれていた。

 母親のスマートグラスの外側ランプが赤く点いている。

 遊具の横には利用年齢と注意事項が薄く浮いていたが、子どもはそんな表示を見ない。

 すべり台を逆から登ろうとして、母親に止められている。


「表示があっても、逆から登るのね」


「子どもだからな」


「大人もやるわ」


「否定できないな」


 ベンチの横では、老人が小さな投影端末を開いていた。

 端末の上で、女の子の立体映像が手を振っている。

 それを見て、アゼルは黙った。


「こういうのも見ておくのか」


「こういうのほどね」


「何を見てる」


「離れていても、同じ場所にいたがるのね」


「……お前が言うと変だな」


「何が変なの」


「お前も離れてないだろ。ずっと右下にいる」


 アゼルは、そこで何も言わなかった。


 家まではもう近い。

 スマートグラスは帰宅後の手順を小さく出した。


> 水

> 入浴

> 仮眠


 朝ほど反発は出なかった。

 帰りは靴を脱ぐ前から足が重い。

 重くなったまぶたも、仮眠を否定しなかった。


「それも、今日外に出た分よ」


「心を読むな」


「口元と歩き方がそう言っているわ」


「そこまで見るな」


 アゼルの声は、先ほどの警告よりやわらかかった。

 疲れている時にどんな声なら聞いてしまうかまで覚えられると、また断りにくくなる。


     ◇


 玄関の前に立つと、鍵が開き、照明と空調が静かに動き出した。

 冷蔵庫の水を飲むよう促す表示が出る。


 僕はスマートグラスを外した。

 予定も、栄養評価も、帰宅ルートも、牧野の名前も視界から消える。

 急に部屋が狭くなる。

 外で見ていた案内線も、店先のカードも、牧野の横顔も消えて、机とベッドと壁だけが残った。


 その代わり、枕元のHoloDockが起動した。

 薄い光の中に、普段着のアゼルが現れる。


「帰ってすぐそこに立たれると、外出が終わらない」


「家ではここがいちばん邪魔にならないわ」


「邪魔かどうかの問題じゃない」


 朝はここから外へ出るのを渋っていた。

 今は、同じ部屋へ外から戻ってきたばかりだ。

 運動用の服は汗で少し重く、スマホには牧野との予定が一つ増えていた。

 研究所、自宅、地下鉄、コンビニ。

 朝、アゼルが並べた移動履歴が頭に戻る。

 たしかに狭い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ