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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
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第3話 悪魔はパーソナルAIのフリをしている(七)

「止まった後も使う可能性があるものは、

 検証を始める前に一覧へ出します。

 モデル本体と評価ログは、その一覧に入ります」


「外部評価者のコメントも成果物ですか」


「原文ではなく、要旨として残す想定です。

 誰のコメントか分かる形では外へ出しません」


 僕は、牧野の方を見なかった。

 顔色を確かめれば、次の質問を自分で止める理由にしてしまう。


「未選択候補の分析結果は」


「分析済みの集計だけです。

 個人や評価者をたどれる形では使いません」


 答えは、雑ではなかった。

 現実的だった。

 初期検討の条件としては、珍しくないのだろう。


 だからこそ、質問は抽象論で終わらない。

 その条件なら、僕の名前がどこに残るかまで聞く必要がある。


 カナメの共有作業欄に、牧野が許可した項目だけが増える。

 僕にも見える。


> 質問者:三嶋玲央

> 関連項目:検証終了時の利用範囲

> 評価ログ/外部評価者コメント


 質問者。

 三嶋玲央。


 そこに、アゼルの名前はない。

 アゼルの声もない。


 僕が聞いた。

 僕の口で。


 CVC室の担当者は、最後にこう付け加えた。


「もちろん、これらは検証を止めるための条件ではありません。むしろ、継続できるようにするための整理です」


 代表はうなずいた。


「私たちは、ユーザーの選択を奪いたいわけではありません」


 その言葉を、嘘だとは思えなかった。

 だから、メモ欄に不正とは書けなかった。

 メモ欄に残ったのは、もっと扱いにくい問いだった。


 奪うつもりがなくても、先に並べることはできる。

 押すつもりがなくても、押しやすい位置は作れる。

 失敗を責めるつもりがなくても、検証を止めた後のデータの扱いは条件で決められる。


 日曜の机の上で、アゼルは、十円玉だけを見ていると押し上げる動きが混ざる、と言った。

 見るべきなのは、十円玉そのものだけではなかった。

 机との境目。

 指先に残った薄い感覚。

 横に置いた透明定規と、録画の向き。

 直接押さなくても、見ようとする場所を変えれば、結果の見え方は変わる。


 Lattice Mindの画面も、本人に命令しているわけではない。

 候補を上に出す。

 長い説明を畳む。

 検証を止めた後のログの行き先を、事前の条件に入れる。

 どれも、負担を減らすためだと説明できる。

 だから、止めるなら「悪いから」では足りない。


 僕はメモ欄へ、短く書いた。


 命令ではない。

 選ぶ前に何を変えたか。

 止めた後に何が残るか。


 メモの三行は、質疑応答要旨に載せるほど整った言葉ではなかった。

 でも、あとで自分がどの返答で言葉を失ったかを忘れないためには必要だった。


     ◇


 休憩ラウンジは、会議室より明るかった。


 窓の外に、丸の内のビルが並んでいる。

 下の通路では、昼前の人の流れが始まっている。

 柱の案内表示に、混雑の少ない出口を示す淡い矢印が出た。


 僕は紙コップを持ったまま、座れずにいた。


「座ってください」


 牧野に言われ、腰を下ろす。


「質問、まずかったですか」


「必要な質問でした」


「でも、僕の中に答えがありませんでした」


 言ってから、声が落ちた。


 補助を使うこと自体は、この場では問題ではない。

 僕は、アゼルの仮説候補を見てから、自分の仮説をその場で作ろうとした。

 その間に、相手の説明は先へ進んだ。

 結局、何を確かめたいのかを自分の言葉で置けないまま、質問だけを会議室へ出してしまった。


「次は、弱い仮説でもいいので、先に置いてから聞きます」


 牧野は紙コップを置いた。


「それでいいです」


「外れていても、ですか」


「外れたら、代表の答えで直せます。

 一回の質問で正解を取るより、何が外れたかを残す方が次につながります。

 CVC室が何を支援条件にするかも見えます」


 牧野の説明を聞いて、ようやく自分のメモ欄へ残せる文になった。


 僕はメモ欄に一行だけ足した。


> 弱い仮説を置く。外れたら、次の質問で直す。


     ◇


 後半の質疑では、Lattice Mindの代表が巻き返した。


 ユーザー開示のロードマップ。

 削除要求への対応予定。

 説明可能性の外部監査。

 保険・医療・資産領域への適用制限。


 代表は、本人向け開示画面の試作も見せた。


> あなたの選択理由

> 表示順の変更履歴

> 非表示にした候補

> 次回から表示を減らす項目


 まだ粗い画面だった。

 商用の美しいUIではない。

 だからこそ、指摘を受けて作りかけている段階が見えた。


「ここを標準機能にすると、ユーザーの不安を増やす可能性があります」


 代表は言った。


「ただ、今日のご指摘で、監査画面を本人向けにも用意する必要はあると感じました」


 事業開発側は、すぐに数字の話へ戻した。


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