表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
18/52

第2話 悪魔は業務支援AIのフリをしている(八)

 眠る時間も、食べるものも、もう候補として並べられている。


     ◇


 最寄り駅を出ると、空は濃い青になっていた。


 駅前のコンビニは、半分が無人店舗になっている。

 入口の上に、ウォークスルー決済対応、と表示されていた。

 店員はいない。

 入店ゲートにスマートフォンを近づける必要もない。

 店に入るだけで、端末IDと決済設定がひもづく。


「寄らない」


 僕は言った。


「冷蔵庫に何があるの?」


「知らない」


「では寄るべきね」


「なぜお前が僕の夕食を決める」


「帰宅後に倒れられると困ります。

 契約履行の効率が落ちます」


「業務支援AIのフリは終わったんだろ」


「これは生活支援よ」


「もっと嫌だ」


 結局、入った。

 反論より空腹の方が早かった。


 無人コンビニの中は明るすぎず、棚の端に細い光が走っている。

 入口のゲートは、僕を客としてではなく、支払い可能な端末として認識する。

 天井には目立たないカメラが並び、棚板には重量センサーが入っている。

 冷蔵棚の扉は、僕が近づくと少しだけ曇りを消した。


 店内に店員はいない。

 いらっしゃいませ、という声もない。

 代わりに、床の端に小さく、入店処理完了、と出る。


「挨拶も省略か」


「店員がいないからな」


「契約相手が見えないのは、面白いわ」


「不安になる言い方をするな」


「相手が見える方が安心するの?」


 僕は答えかけて、やめた。

 悪魔のアバターを連れたまま帰っている人間が、相手の見え方で安心を語れる立場ではなかった。


 手に取った商品は、すぐに僕の仮想カゴへ入る。

 戻せば消える。

 買う、という動作がない。

 選ぶだけで、支払いの半分が終わっていく。


 アゼルは画面の中で、棚を見ていた。


「この店は、客に商品を取らせながら、同時に契約を進めている」


「買い物だ」


「買い物は契約でしょう」


「そうだけど」


「ここでは、店員も署名も声もいらない。

 棚を見た。

 手に取った。

 戻さなかった。

 出口を通った。

 それで成立する」


「いちいち不穏に説明するな」


「私は順番を読んだだけよ。

 そういう店でしょう」


 棚の一つが、僕の前で少しだけ明るくなった。

 疲労時おすすめ。

 高タンパクのサンドイッチ。

 温め不要のスープ。

 カフェインなしの飲料。


 僕は眉をひそめた。


「お前か」


「店の推薦です」


「店と話すな」


「話していません。

 あなたが買いそうなものを、店が先に出しただけ」


「それも嫌だ」


「今日は嫌なものが多いわね」


「誰のせいだと思っている」


「睡眠不足」


「お前だ」


 画面の中で、アゼルは少しだけ笑った。


 僕はサンドイッチとスープを取った。

 ついでに水を一本取る。


 菓子棚の前で、アゼルのコードが小さく揺れた。


「それも」


「いらない」


「糖分」


「医療助言か」


「一般的な生活提案です」


「業務支援AIみたいな逃げ方をするな」


「あなたたちのAIは、そう逃げるのでしょう」


 否定できなかった。

 僕は小さなプリンを一つ取った。


 出口を通る。

 音は鳴らない。

 レジもない。

 ただ、スマートフォンに購入完了の通知が出る。


 サンドイッチ。

 スープ。

 水。

 プリン。


 合計金額と、栄養バランスの短いコメント。

 その下に、次回来店時のおすすめを表示するか、という設定がある。

 初期値は、表示する、だった。


 僕は出口を出たところで立ち止まり、「次回来店時のおすすめ」をオフにした。


「読んだわね」


 アゼルが言った。


「読むようになった」


「いい傾向ね」


「お前に言われると、やめたくなる」


 通知の下に、もう一つ小さな行があった。

 購入履歴を健康管理アプリへ連携するか。

 初期値は、連携しない、だった。


 その初期値は、意外だった。


「連携しないんだな」


「何が?」


「健康管理アプリ」


「この店は、健康情報との連携には慎重なのね」


「褒めてるのか」


「ええ。珍しく」


 僕は設定をそのままにした。

 全部が悪いわけではない。

 全部が安全なわけでもない。

 読むしかない。


 その当たり前の作業が、昨夜からただの確認で済まなくなっていた。

 読めば遅くなる。

 遅くなれば、便利さから少し外れる。


 出口脇の棚には、買い忘れ候補が小さく出ていた。

 割り箸。

 紙スプーン。

 保冷剤。


 僕は紙スプーンだけ取った。

 プリンのためだ。


「読みながら買うと、時間がかかる」


「契約とは本来そういうものよ」


「人間の生活に向いてない」


「だから読まない者から奪う」


 その言葉は、もう脅しではなかった。

 駅でも、店でも、研究所でも、読まない方が早い場所ばかりだった。


 読まなければ速い。

 読めば遅い。

 速い方へ、世界は少しずつ傾いている。


 店の外に出ると、夜風が少し冷たかった。


 コンビニからマンションまでは、歩いて六分だった。


 駅前の広場では、宅配ロボットが三台、充電ポールの前に並んでいる。

 それぞれの上に、小さな配送予定が浮かんでいた。


 食品。

 日用品。

 医薬品。


 医薬品のロボットだけ、通行人から少し距離を取っていた。

 誰かが近づくと、柔らかく横へずれる。

 プライバシー配慮、と側面に小さく出ていた。


「配慮も表示されるんだな」


「表示しないと、配慮したことにならないのでしょう」


「ひねくれている」


「観察しているだけ」


 歩道の角には、無人のレンタル傘スタンドがある。

 天気予測を読んだのか、傘の一本に予約中の小さな明かりがついていた。

 まだ雨は落ちていない。

 それでも、誰かはもう濡れない選択をしている。


 次の角では、夜間配送用の小型ドローンが、ビルのベランダへゆっくり上がっていった。

 音はほとんどしない。

 代わりに、壁面に飛行経路の注意だけが細く出る。


 街は静かだった。

 静かなまま、誰かの予定を先回りしている。


「研究所より、よく働くな」


「研究所は働いていることを隠さない。

 街は、働いているところを見せないのね」


「その言い方は嫌だ」


「でも、便利でしょう」


 また、その言葉だ。


 大きく拒むほどではない。

 いちいち立ち止まるほどでもない。

 だから、読まない。


 今日の僕も、同じだった。


 仕事が進むから止めなかった。

 予定通り帰れるから使った。

 結果が合っていたから、途中の気味悪さを後回しにした。


 街の光を見ながら、それを自分で認めるのはきつかった。


     ◇


 マンションの入口も、鍵を出さずに開いた。


 共用玄関のカメラが住人IDを照合し、宅配ボックスの有無を端末へ出す。

 エレベーターは、僕の階をもう選んでいた。


「家まで、ゲートなのね」


「便利だからな」


「ええ。便利」


 アゼルは、その言葉をゆっくり言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ