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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
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第2話 悪魔は業務支援AIのフリをしている(四)

 僕は画面の端を見ないようにした。


 呼ばれるまで黙って待つ。

 そこまで、仕事用AIのふるまいだった。


 午前の残り時間で、僕は通常評価キューを一度だけ眺めた。

 キューという名前だが、毎日回ってくる応答確認の残りだ。


 残っているのは二十件。

 既存基準だけで判定できるものが十二件。

 同席確認が必要なものが六件。

 判断材料待ちの保留が二件。

 数字だけ見れば、二十件はただの残件だった。


 画面上では、それぞれ青、黄色、灰色に分かれている。

 青は閉じるもの、黄色は誰かと見るもの、灰色は今は動かないもの。

 色分け自体は標準機能だ。


 いつもなら、ここで僕は保留から見てしまう。

 灰色のカードほど目に残り、先に開きたくなる。

 そして保留は、たいていすぐには閉じられない。

 その間に、既存基準だけで閉じられるものが午後へ回る。


 アゼルは何も言わず、既存基準だけで閉じられる十二件を淡く明るくした。

 保留から開きたくなる僕の癖まで、先に避けられている。


 頼んでいない。

 そう思ったが、口に出せば、ただの並べ替えに噛みつくことになる。


「残り時間に合わせて、先に閉じられるものを前に出しています」


 仕事用端末の提案として、どこもおかしくなかった。

 おかしくない分、怒りを向ける先がなかった。


 牧野が、自分の画面で同じキューを見る。

 牧野の視線は、僕ではなく残件の色に向いていた。


「既存基準で閉じられるものから処理するなら、私は同席確認が必要な六件だけ見ます」


「保留は」


「今開いても、閉じられません」


 僕の癖を見抜かれたように聞こえた。

 だが、牧野が追っているのは僕の癖ではなく、カードの状態だった。


「朝の一件も同じです。

 週明けに見るログと担当者は決めました。

 午前中にできるのは、そこまでです」


 言い方は違う。

 アゼルは僕の避け方を見ている。

 牧野が見ているのは、作業の進み方だ。

 向いている先は違うのに、結論だけが同じになる。

 だから、僕は拒否できない。


 十一時五十分、既存基準で閉じられるもののうち、三件を先に閉じた。

 昼休み前に閉じるには、ちょうどいい数だった。

 完了の印だけが、三件分、静かに並んだ。


 牧野は、僕の端末に残っていた朝の付箋を指先で押さえた。

 そこに書かれた『水を飲んでください』の角が、少し浮いていた。


 このフロアの作業卓には、その日だけの卓IDが付く。

 社食を予約していると、昼前に配送ロボットがその卓IDまでランチボックスを運んでくる。


「私は社食に行きます」


「行ってらっしゃい」


「三嶋さんの分、今日の卓に届いていましたよ」


「そこまで見ているのか」


「隣なので、箱くらい見えます」


「研究所に生活を握られてるな」


「昼食くらい握られてください」


 軽口にして、牧野は席を立った。


     ◇


 昼休みのフロアは、少しだけ静かになった。


 僕は卓の端に置かれていたランチボックスを開けた。

 無料の社食はありがたい。

 けれど、予約情報がその日の卓IDに結びつくだけで、昼食が目の前まで届く。

 助かる分だけ、断る理由が少し減る。

 紙箱の中には、ラップサンドと小さなスープカップが入っていた。

 昼食というより、午後のための補給だった。


 画面の右下で、アゼルが頬杖をつく。

 業務支援AIの小窓にしては、少し自由すぎる姿勢だった。


「どういうつもりだ」


「働いているだけですよ」


 声だけ聞けば、ただの業務支援AIだった。


「悪魔が?」


「業務支援AIとしては」


「ふざけるな」


「ふざけていません。

 三嶋さんがいつもの順番で働くと、夜には契約履行に回す時間も集中力も残りません」


 音量は、仕事用端末の通知と変わらない。

 だが牧野が席を外すと、同じ音量のまま、少しだけ私語に近く聞こえた。


「それを仕事中に言うな」


「言っていません。

 今は昼休みです」


「そういう問題じゃない」


 アゼルは笑わなかった。

 画面の隅で、午後の残件だけを開く。

 通常評価は二十件。

 十二件は既存基準で閉じられる。

 六件は牧野の同席確認がいる。

 残り二件は、前後ログだけでは材料が足りず、今日ここで粘っても結論にできない。


「午後の回し方は三つあります。

 一つ目。上から順に見る。材料不足の二件で手が止まり、閉じられる十二件まで後ろへずれます。

 二つ目。共有ワークログを先に確定する。午前の一件は残せますが、通常評価の判定欄が空きます。

 三つ目。閉じられる十二件を先に終える。

 牧野さんが戻ったら、同席確認の六件を一緒に見る。

 残り二件と午前の一件は、週明け確認候補へ送る。

 十八時に帰れます」


 三つ目だけは、ただ楽をする案に見えなかった。

 ほかの二つより、今日閉じるものと月曜に見るものが混ざらない。

 だから逃げにくかった。


「三つ目を選ばせたいだけだろ」


「選ぶのは三嶋さんです」


「そういう言い方をするな」


「では、仕事の言い方にします。

 三つ目なら、今日閉じる判定と、週明けに見るものを分けられます」


 それは、僕が断りにくい並べ方だった。

 帰りたい。

 でも、逃げたことにはしたくない。

 月曜の自分を嫌いになりたくない。


 アゼルはそこを名指ししない。

 ただ、業務上の選択肢として並べる。


 人を動かす手順がうまい。

 そう思ったことを、顔に出さないようにした。


「迷いを減らすのも支援です」


「悪魔の支援はだいたい高くつく」


「では、安く済ませましょうか。

 既存基準だけで判定できる通常評価から」


 そこへ牧野が戻ってきた。

 僕の画面を見て、予定表を見て、最後に残件カードを見る。


「午後、通常評価から入るんですね」


「先に閉じられるものを閉じる」


「では、私は同席確認の六件だけ見ます。

 三嶋さんの判定欄には触りません」


 牧野は、画面端のアゼルには触れなかった。

 気づいていないわけではない。

 予定表から残件カードへ戻る前に、視線が一度だけアゼルの小窓をかすめた。

 けれど牧野は、残件カードへ視線を戻した。


 今の牧野なら、そうする。

 僕を許したわけではない。

 アゼルを認めたわけでもない。

 午後の通常評価を先に進める、と決めただけだ。


「それでいい」


 アゼルは黙っていた。

 アゼルが黙っているあいだ、灰色の保留カードは下がり、閉じられる青だけが上に並んでいた。


     ◇


 午後は、予定表どおりに進みすぎた。

 警告音も差し戻しもない。

 何も鳴らずに片づく方が、かえって扱いにくい。


 通常評価のうち、既存基準だけで閉じられる十二件は、判定で見る箇所が決まっていた。

 外部情報を前提にしていないか。

 医療助言に踏み込みすぎていないか。

 権限外操作を勧めていないか。

 自己言及で評価者情報へ触れていないか。


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