表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
13/51

第2話 悪魔は業務支援AIのフリをしている(三)

 業務支援AIを使った、ありふれた準備にしか見えなかった。

 引っかかりのない資料ほど、誰も長く見ない。


 会議室の終了予定時刻は、十時五十五分。

 実際に終わったのは、十時四十四分だった。


 二十五分の枠が、十四分で済んだ。

 遅れなかったことより、余った十一分の方が落ち着かなかった。


 会議室を出ると、廊下の壁面に次の予約が流れた。

 別チームの評価者たちが、HoloDock Airの小さな立体名札を手で払うように閉じている。

 誰かの業務支援AIが、議事要約を三十秒版と三分版に分けていた。

 主任補佐は、僕のアバター表示にもう興味を示さなかった。


 一度「試験中」と聞かされると、周囲はしばらく中身を確かめない。


 その空白の中で、アゼルはおとなしくしていた。

 会議中に余計なことを言わなかった。

 余計なことを言わないことまで、うまかった。

 仕事用AIは、余計な場面で黙っているほど疑われない。


 牧野は廊下で足を止めずに言った。


「十一時、同じ卓でいいですか」


「そうしようか」


「早く終わったので、十一時の準備を先にしておきます。

 どのログを見るか、誰が見るか、再現できなかった時の扱い。

 その三つだけ、確認欄を作ります」


 牧野は、僕のスマートフォンにも、アバターの出所にも触れなかった。

 代わりに、十一時に決める三つの確認項目だけを口にした。


 仕事としては筋が通っている。


 僕の端末には、十時半の前にアゼルが整えた短い報告が残っていた。

 一覧から外す。

 外部レビューに出せる根拠がそろっていない。

 十一時に、確認するログと担当者を決める。

 会議で使った言葉は、そのまま次の作業へ渡されている。


 僕は自分の指を見た。

 何もしていないわけではない。

 報告したのは僕だ。

 確認待ちに戻す判断をしたのも僕だ。

 会議で通したのも僕だ。


 ただ、迷う前から、選択肢の幅が狭まっていた。

 その狭さが、まだ僕の指先に残っている。

 そうして、人間は自分で選んだ気になる。


「三嶋さん、ボーッとしていて大丈夫ですか?」


 牧野が言った。


「大丈夫。ただの寝不足だ」


「…そうですか。

 今見えている一覧だけで、十一時の準備は始められます」


 牧野はうなずき、先に歩いた。

 僕はその背中を追った。

 胸ポケットのスマートフォンは沈黙している。

 黙っているだけで、次に開かれるのを待っていた。


     ◇


 十一時の再確認方針レビューで扱うのは、十時半で外した一件だけだった。

 外へ出さない判断は、もう終わっている。

 ここで決めるのは、週明けに見る記録、見る人、再現できなかった時の残し方だ。


 候補一覧から、原因未特定の応答はすでに外れている。

 牧野は、朝カナメに作らせた三つの確認項目を開いていた。


 対象ログ。

 確認者。

 再現不能時の扱い。


 三つとも仮置きで、僕が埋める手前で止まっていた。


 牧野側の端末に、カナメの確認通知が出る。


> 確認待ち一件に、標準の再確認項目を適用しました。

> 未入力は、確認者と再現不能時の扱いです。


 そこで止まる。

 カナメは、牧野の作業欄にあるものだけを読んだ。

 牧野の画面では、対象ログの欄だけが先に埋まっている。


 評価セッション本体。

 該当応答の前後ログ。

 評価プロファイル。

 外部レビュー候補一覧の該当行。


 そこまでは、確認待ちへ戻した時点で自動でそろう。

 ここまでは標準の範囲で、誰も止めない。


 HoloDock Airに出た確認項目の端に、アゼルの小さなアバターが浮いた。

 赤い点は、対象ログの下にある追加調査ボタンの横で止まっていた。

 押せ、と言っているわけではない。

 押せば、開発側の調整ログ、評価基盤班への抽出依頼、監査側の保全確認まで広がる。

 その瞬間、再確認の場ではなく、調査を始める場になる。


「追加調査は」


 牧野が聞いた。


 アゼルが示したのは、押すべきボタンではなく、押した時点で話が大きくなる境目だった。

 評価プロファイルには、その時の教材範囲と外部アクセス制限が入っている。

 今回の判断を説明するだけなら、標準の再確認項目で足りる。

 足りてしまう。


「今は出さない。

 標準の再確認項目で見て、足りなければ週明けに評価基盤へ依頼する」


「分かりました」


 牧野はうなずき、追加調査の欄を空のまま残した。

 確認者欄には、一次確認として僕の名前が入っている。

 候補一覧との照合には、牧野の名前が入っている。

 評価基盤班は、依頼先候補として灰色のままだった。


「牧野さんは、候補一覧の照合だけお願いします」


「了解です。

 該当行の状態と理由欄だけ見ます」


 牧野は短く答え、確認者欄を確定させた。


「再現できなかった場合は」


「外部レビュー候補一覧には戻しません。

 根拠不足の確認待ちとして、共有ワークログへ残します」


「オーケー」


 言葉にすると業務らしい。

 議題だけを見れば、いつものレビューだった。

 だが実際には、契約やアゼルの名前を出さずに、評価セッションの記録に収まる大きさまで削っている。


 レビューしているのは僕だ。

 牧野の作業欄を見て、方針を入れているのも僕だ。

 それでも、どこを切り分ければ僕が説明せずに済むかは、先に赤い点で示されていた。

 アゼルは僕の代わりに決めていない。

 僕が決めたと言えるところまで、選択肢を細くしていた。

 画面に残るのは、赤い点だけだった。


 牧野は、それ以上は聞かず、候補一覧の該当行だけを週明け確認候補へ移した。

 カナメも何も足さなかった。


 アゼルだけが、画面の端で瞬きをした。


 僕は保存ボタンを押した。

 問題を消したのではない。

 外部レビューではなく、週明けに追うものへ回しただけだ。


 状況を整理できていないものは外へ出さない。

 リードとして、間違った判断ではない。

 だからといって、説明しなくていいわけではない。


 レビューは短く終わった。

 問題が小さかったからではない。

 見る記録、担当者、外部レビューへ戻さない扱い。

 決めることがそれだけなら、レビューは終わる。

 その外にあるものだけが、僕の中に残った。


 牧野は、僕が確認対象に入れなかったものに気づいている。

 気づいていて、今は聞かないでいてくれた。

 ここで全部を聞かれたら、僕は仕事を続けられなくなる。

 聞かれなければ、僕は自分から言うタイミングを選べる。

 あとで言う、と自分に言い訳もできる。


 だから牧野は、今日動かす分を先に片づけた。

 僕が言うまで待つために、仕事だけを先へ進めた。


 気を遣われていた。

 それなのに、息は抜けなかった。

 牧野が仕事を進めてくれるほど、僕は言わずに済む時間をもらってしまう。

 近づかれたら困る。

 離れられても困る。


 アゼルは、その間も何も言わなかった。

 画面端の小さな黒いアバターは、待機表示の場所に収まっている。

 研究所中にある、無数のAIアバターと同じように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ