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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第1章 悪魔接触編
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第2話 悪魔は業務支援AIのフリをしている(二)

 牧野が言った。


「ずいぶん可愛らしいアバターですね」


 僕は黙った。


「胸元だけ、設計思想が可愛くないですけど」


 その言い方で済ませてくれたことに、少しだけ息を吐けた。


「三嶋さんのカスタムですか」


「記憶にございません」


「いちばん信用できない返答ですね」


「じゃあ、今のは忘れてくれ」


「忘れませんけど、今ここで話を広げると定例に遅れますから」


 牧野は僕の端末には触らなかった。

 自分の作業欄だけを見ている。

 カナメも余計な警告を出さない。


「表示名は…」


「アゼル」


 言ってしまってから、しまったと思った。


 画面の端で、アゼルが小さく笑う。


「承知しました、三嶋さん。

 原因未特定の応答として、下書きを報告前に整理します」


 可愛いアバターから想像するより、少しだけ低い声だった。

 澄んでいて、語尾だけが軽い。

 発音と音量だけなら、仕事用端末の通知として聞き流せる。

 それでも、契約してしまった僕の耳には、標準音声に聞こえなかった。


 僕は言い返しかけて、飲み込んだ。

 下書きを開くだけなら、業務支援AIのいつもの補助に見える。

 異常だと言って止めるには、僕の方が説明しなければならない。


 画面には、昨夜から残った下書きが一件あった。

 下書きの件名は「未整理項目」。

 十時半の定例にこの名で出せば、何が未整理なのかを聞かれる。

 その瞬間、僕は昨夜のどこまでを業務上の出来事として話すかを決めなければならない。


 ただの異常応答なら、やることは単純だ。

 社外へは見せない。

 応答ログを保存する。

 理由を添えて、社内確認へ戻す。

 説明できないまま、外部レビュー候補一覧には残さない。


 ただ、昨夜は応答だけでは終わっていない。

 画面に出た相手に、僕は返事をした。

 契約までした。


 返事と契約まで含めて報告するなら、これはもうAI応答の確認事項ではない。

 でも、応答ログに残った一件だけを見るなら、原因が特定できていない応答として扱える。

 分かっていないのは、応答が出たことではない。

 なぜその応答になったのかだ。

 応答だけを見るか、昨夜の返事まで話すか。

 そこで手が止まっていた。


 アゼルの細い赤いポインタ線が、作業欄の縁に触れた。

 先端に小さな赤い点がともる。


「件名が未整理項目のままでは、何を外したのか伝わりません。

 MIRAI-09原因未特定の応答にすれば、確認が必要な理由まで見出しに入ります」


 原因が特定できていない一件として扱う。

 その見出しなら、何を外したのかは伝わる。


 MIRAI-09の画面に出た説明できない応答。

 社外へは見せない。

 十時半で話すなら、それで足りる。


 下書きの件名が、MIRAI-09原因未特定の応答に変わった。

 報告文には四行だけが入った。


 現行ログで説明できない応答を一件確認。

 外部レビュー候補一覧から除外。

 外部レビューに出せる根拠がそろっていない。

 十一時に、確認するログと担当者を決める。


 嘘はない。

 ただ、昨夜のすべてでもない。


 僕が返事をしたこと。

 契約したこと。

 その二つは、書かなければ資料には残らない。


 外部レビュー候補一覧では、その一件の状態が確認待ちへ変わった。

 理由欄には、根拠不足と入った。

 次の確認は、十一時の再確認方針レビュー。


 僕の権限でできる変更だった。

 隠していないと言えるように、隠したい部分だけが落ちていた。


 作業欄の横で、アゼルは僕の画面に短い報告を残したまま、何も言わなかった。

 黙って待つところまで、仕事のできるAIに似ていた。


「牧野さん、候補一覧では、今どうなっていますか」


 牧野はアゼルから目を戻し、自分の作業欄を見た。


「その行は、外部レビュー対象外。

 理由は根拠不足。

 十一時レビューの欄は、次に見るログと担当者が未入力です」


「十一時で埋める欄だけ作ってください。

 ログ本文はまだ共有しない」


「カナメ、共有済みの範囲で、十一時レビュー用の欄を作って。

 候補一覧の状態と、次に見るログ、担当者欄だけ」


「作成しました。

 ログ本文は参照していません」


 カナメは、外した事実と次に見るための欄だけを分けて止まった。

 標準AIは、与えられた欄の外へ踏み込まない。


 アゼルは違う。

 僕の迷いを読んだとは言わない。

 ただ、僕が口に出したくない部分に触れず、会議で必要な欄だけを先に埋める。

 画面には、会議で使える欄だけが残る。


「三嶋さん。

 十時半では、外すこと、理由、次に見るログと担当者だけで足ります。

 原因の話は十一時へ回せます」


 言い方だけなら、いつもの業務支援AIの確認と変わらなかった。


 僕は報告文を見直した。

 十時半に必要なのは、一覧から外すことと、その理由と、次に誰が見るかだ。

 それは僕がいつもやっている整理だった。

 僕が書くはずの順番で、先に画面へ出ていた。

 直す場所がないことの方が、引っかかった。


 四行は、十時半でそのまま読める順番だった。

 足す行も、削る行も見つからなかった。

 契約も、アゼルも、僕が返事をしたことも、入っていない。

 それでも、報告文としては通ってしまう。


 僕は末尾の一行だけ言い回しを直し、保存した。

 進捗概要の横に小さく完了の印がついた。


     ◇


 十時半の外部レビュー準備定例は、定刻に始まった。


 会議室のHoloDock Airが、予約者のAIアシスタントを呼び出す。

 卓上の空間に、出席者の資料カードが順に並ぶ。

 今日外へ出すもの。

 外すもの。

 あとで社内で見るもの。


 予約者欄には、僕の名前と、業務支援AIの小さなアイコンが並んでいた。

 アゼルの立体表示は出ない。

 サムネイルだけが出る。

 黒い髪と赤い光の筋が、小さな丸の中に小さく収まっていた。


 会議室の端にいた別チームの主任補佐が、それを見て言った。


「三嶋さんの支援AI、ずいぶん印象変わりましたね」


「試験中の表示です」


 考えるより先に、そう答えていた。


 試験中。

 ここでは、その一言だけで、たいていの変なものはいったん流される。

 僕の名前がついていれば、なおさらだった。


 牧野が僕を見た。

 それから、何も言わず、自分の記録欄へ視線を落とした。


 僕は報告した。


「MIRAI-09の応答ログに、現行ログでは説明できない応答が一件あります。

 外部レビュー候補一覧からは外します。

 外部レビューに出せる根拠がそろっていません。

 十一時のチームレビューで、確認するログと担当者を決めます」


 主任補佐は資料カードを見た。


「では、その整理で進めてください」


 それで終わった。


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