第19話 各国の異常ログ(三)
キリエは、施設名と移動経路を報告へ載せなかった。
支援が囲い込みだった場合、それらを一枚に集めれば、次の所在一覧になる。
比較表には、各事例の確認結果だけが残った。
◇
更新審査の共有画面には、九十日で終了した合同調査班の終了報告が表示されていた。
その隣には、終了後の一年間を引き受けた継続観測の更新案が、別の資料として開かれていた。
更新案の期限は、今日までだった。
合同調査班が存在した事実だけで、継続観測を自動更新することはできない。
次に、`施設-00`と呼ばれていたスマート住宅実証棟の事故が取り上げられた。
合同調査班が動いていたころ、棟の入退館AIに奇妙な指示が届いた。
居住者一人の脈拍が正常に戻るまで、出入口を閉じろという内容だった。
記録上、その指示を出したシステムは存在しなかった。入退館AIにも、人の脈拍を読む権限はない。
入退館AIを停止しても、同じ閉鎖指示は繰り返された。
そのうえ、指示が届いた時刻に、棟内の一人の脈拍が実際に上がっていた。
施設は安全を確かめるため、棟内にいた十一人の通常の出入りを制限した。
制限は六時間で切れたが、透析の送迎と保育園の迎えに支障が出た。
画面には、この実証棟と十一人を追跡対象から外す案が表示された。
[施設-00/審査案]
実証棟と十一人の個別追跡を終了する。
「終了に反対します」
橘が言った。
「指示を出したものも、権限のない入退館AIに、実際の脈拍と一致する情報が届いた理由も分かっていません」
「同じ異常は、その後一年間起きていません」
野島はそう答え、施設側の改訂記録を開いた。
[事故対応手順/改訂済み]
設備を止める判断と、人の出入りを止める判断を分ける。
救急、通院、育児に必要な退出経路を確保する。
出入りを制限する場合は、解除条件と終了時刻を先に決める。
異常の原因は分からなくても、十一人を巻き込んだ手順は改められていた。
橘は、追跡票の「発信元不明」と「追跡対象十一人」を見比べた。
指示の経路は空欄のままなのに、十一人だけが一年間、追跡対象として残っていた。
「再発していないだけです。原因不明のまま、十一人を追跡対象から外すのですか」
橘は、玲央を見た。
「原因は、まだ分かっていません」
玲央は答えた。
「でも、原因が分からないというだけで、十一人を個別に追い続けるべきではありません」
「再発したら」
「その時点で、新しい事故として調べます。再発に備えるために、今回の十一人を監視し続ける必要はありません」
「残すべきなのは、十一人の名前ではなく、再発を見分けるための特徴です」
牧野は、終了案の判定欄へ入力した。
[施設-00/判定案]
原因は未解明のまま。
実証棟と十一人の個別追跡は終了する。
再発時に照合する特徴だけを、比較表へ残す。
[比較表へ残す情報]
発信元不明の閉鎖指示が、入退館AIの停止後も繰り返された。
脈拍を読めないはずの系統へ、実際の脈拍変化と同時刻に指示が届いた。
その後一年間、同じ異常は起きていない。
野島は、比較表から施設の呼称と十一人の情報を外した。
通院と育児への影響は、手順を改めた根拠として、施設の事故記録だけに期限付きで残した。
統括官は、個別追跡の終了を承認した。
画面の個別追跡対象から、十一人の記録が消えた。
比較表に残ったのは、十一人の名ではなく、発信元不明の閉鎖指示だった。
◇
審査は、更新理由の確認へ戻った。
野島は、設定や権限の範囲を外れた応答として、比較表に残った事例を示した。
国も分野も、使われていたAIの種類も違う。
それでも、与えられていない情報を知ったように振る舞う応答が、互いに離れた場所で起きていた。
「同じ原因とは認定できません」
玲央は言った。
「同じ組織があるとも、契約者同士が連絡しているとも言えません」
「それでも、観測を続ける根拠は」
統括官が聞いた。
「権限外の応答が、離れた場所で複数起きています。繰り返されるか、分野をまたいで見ます」
橘は、更新案の情報取扱欄を開いた。
「重大な事故が起きた時だけでも、各機関の原記録をすぐ確認できるようにしてください」
「一律の閲覧権限は認めません」
統括官は即答し、更新条件を画面に表示した。
[継続観測更新案/情報の取扱い]
原記録の確認は、案件ごとに所管機関へ申請する。
氏名や所在地を集めた一覧は作らない。
橘は、反対意見を一行だけ残した。
[継続観測更新案/反対意見]
原記録の確認に時間を要し、重大事故への初動が遅れるおそれがある。
橘は、反対を消さずに署名した。
統括官は、継続観測の更新案を承認した。
[継続観測更新案/決裁欄]
更新期間、一年。
予算、同期間分のみ。
次回失効日――。
画面の次回失効日が、一年後へ更新された。
追うのは、設定にも権限にもないはずのことを知り、人の事情へ介入する応答だった。
その応答に触れた人を、名前ごと抱え込むことではない。
一年後の審査では、異常を追うという名目で人まで追い続けていないか、もう一度確かめる。
◇
会議を閉じる直前、野島が別の資料を開いた。
国内三案件について、それぞれの医療機関が経過報告として提出した要約に、似た変化が記録されていた。
[国内三案件/未確認の身体変化]
傷が、以前より早く治っている。
疲労を示す数値が、以前より早く元へ戻る。
体調を崩しても、炎症反応が大きく動かない。
どれも、それだけなら回復が順調になったように見えた。
問題は数値の良さではない。
けがや疲労があっても、以前ほど数値が揺れなくなっていることだった。
「海外のAI異常と、同じ事例としては扱えません」
野島が言った。
「これはAIの応答ではなく、人の身体の変化です」
「原記録や氏名は集めず、三件に似た変化があるという未確認事項だけを分けて残します」
牧野が言った。
玲央は、三件の要約を見た。
三件を結ぶ線は、まだ引けない。
それでも、世界各地のAI異常を追う比較表とは別に、人の身体そのものの変化が、次の未確認事項として残された。




