第8話 蒼穹の彼方からの来訪者
蒼穹の彼方から、八騎の翼竜が織りなす完璧なひし形の陣形で飛翔するのは、神聖エストラント公国女王エザベラアルーシャから転生者百瀬琉人の捜索の命を受けた近衛翼竜聖騎士団アマゾルダルであった。
剥き出しの柔肌な肢体に白銀の胸当て、力強く手綱を握る籠手、そして翼竜を抑え込む足の装甲を身に纏い翼竜に跨ったその姿は、八人分の剥き出しの柔肌が陽光に照らされ、白銀の装甲が太陽を反射し、八条の白いマントが尾を引くようにたなびき、空に巨大な白銀の矢印を描き出しながら、大空を滑空していた。
「団長、ここから降下すれば魔物の森バァグーガです」
先頭で翼竜を駆る団長エリザベータへ到着位置を知らせたのは、右後方で翼竜を駆る団員セルシアが他の団員へは三時の方向へ自らの剣を抜き下に指し示した。
「皆っ!ここから降下し魔物の森バァグーガへ降り立つ」
「はっ!」
ひし形陣形で飛行している近衛翼竜聖騎士団アマゾルダルの翼竜らが降下し始めたその時だった。
降下の号令が、断末魔の叫びへと変わった。
陣形の左翼を担っていた一騎に、不可視の「何か」が激突した。いや、団長エリザベータには、何者かが凄まじい力で叩き落としたと見えた。
「なっ!?」
一瞬にして打撃を受けた団員メリッサは、白銀の胸当てが凄まじい衝撃に軋み、彼女の細い肢体が翼竜の鞍から浮き上がった。必死に手綱を握り直そうとする白銀のガントレットも空を切り、彼女の白いマントは無慈悲な重力に引かれ、乱気流の中に飲み込まれ、何者かに叩き落とされた翼竜は、無残に翼を折られ、錐揉み状態で雲の下へと消えた。
「メリッサを追う!皆っ!急降下っ!」
先頭の団長エリザベータが号令と共に翼竜を垂直に反転させると、残る団員も迷うことなくその影を追い、彼女たちは一斉に急降下へと転じた。
団長エリザベータは出発するあの時、メリッサと同じく抱いた何とも言い難い違和感の胸騒ぎは、この事だったのかと、後悔の念が入り混じる思いで胸が締め付けられた。
翼竜の手綱を強く握りしめ、翼竜に命を出す。
「リュカオウ!さらに疾風の如く速度を上げろっ!」
リュカオウと呼ばれし翼竜はそれに応え嘶き、急加速的に凄まじい速度を上げ急降下した。
「あの子を死なせはしない……っ!」
団長エリザベータの凛とした声が、激しい風の唸りに掻き消される。彼女の瞳は一点、空中で力なく舞う団員の背中だけを射抜いていた。
乱れる銀髪をなびかせ、彼女は翼竜リュカオウの頸に深く身体を沈める。
重力から解き放たれたような猛烈な落下速度。視界の端で流れる雲が、まるで鋭い刃のように彼女の頬をかすめていった。
「メリッサっ!掴みなさいっ!」
地上まで残り数十メートル。激突寸前の絶望的な距離で、団長エリザベータは翼竜の背から身を乗り出し、細く、けれど誰よりも頼もしいその手を、必死に虚空を落ちるメリッサへと伸ばす。
メリッサとの指先が重なり、力強くその腕を引き寄せた。
直後、翼竜リュカオウが悲鳴のような羽音を立てて翼を全開にする。大気を力一杯に掴む衝撃が彼女の肩を軋ませたが、その腕が離れることはなかった。
「もう大丈夫」
腕の中で震える団員メリッサの体温を感じ、彼女は荒い息を吐きながら、不敵に、そして慈しむように微笑んだ。
「団長。あの子は、シゲマルは」
メリッサは自分よりも先に堕ちた愛竜シゲマルの身を案じた。
「シゲマルは、激突の寸前、他の団員の手によって回収され手当てを受けておる」
団長エリザベータの言葉に、メリッサの瞳から溜まっていた涙が溢れ出した。相棒が無事だった安堵と、自分を救ってくれた団長の体温。震える手で、彼女は団長の鎧の隙間にしがみつこうとした。
「メリッサっ!聖騎士たるもの泣くではないっ!その思い、剣で晴らせっ!」
「はっ!」
団長の鎧の隙間にしがみつこうとした己を恥、メリッサの瞳に戦士としての光が戻り、自分たちを蹂躙した見えない敵へ怒りの矛先を向け、聖騎士としての矜持を剣に宿して奮い立った。
「一騎の翼竜を叩き落としんだけど、他の翼竜も降りてくると思うよ」
赤毛で左側サイドポニーテールのメイド姿をし指あき黒革手袋を両手にはめたラルシルは、大きく手をふって姉の青髪右側サイドポニーテールのセルシルに駆け寄る。
「何も考えず飛び出すのよしなさいラルシル」
「その方が早いよ」
「いいえラルシル。姉のセルシルの言う通り、命令は聞くべきです。マスターからの排除命令です。その命令遂行にはチームワークが大事になってきます」
緑髪のポニーテールしたミフラシュラは、赤毛のサイドポニーテールしたラルシルに姉のセルシルより手厳しく諭した。
「はぁい、以後気を付けて行動しまぁす」
「ほら、早く隊列を組んで、ラルシル、セルシル、ミフラシュラ。空からのお客様です」
空からの来訪者に気づいた銀髪ツインテールのリファーダが見詰める先には、翼竜の翼が巻き上げる土煙の中、八騎の翼竜が各々地上に舞い降りてきた。その内の一騎の翼竜は深い傷を翼に負って手当されていた。
「私たちは美少女ゴーレム兵団ヴァルキルウス。マスターの命により、翼竜と共に排除します」
金髪セミロングのハスウールが、地上に舞い降りてきた翼竜を駆る聖騎士へ力強く告げた。
「我々は神聖エストラント公国女王エザベラアルーシャ近衛翼竜聖騎士団アマゾルダルである。神聖エストラント公国女王エザベラアルーシャの命により、転生者百瀬琉人を探索し報告する任を預かった次第である。貴公らの排除を強行するならば、我々の遂行する命を妨げるものとみなし、我々は妨げる者を排除する」
近衛翼竜聖騎士団アマゾルダル団長エリザベータは、負けじと声を張り上げ、投げかけに答えた。
一時の間、張り詰めた空気の中、両者の睨み合いが続き、一陣の風が両者の間に強く吹いた。
その張り詰めた空気を打ち破ったのは、赤毛サイドポニーテールのラルシルであった。踏み込みの一歩で距離をゼロにする俊足で、団長エリザベータの懐に入り、爆ぜるような一撃が、咄嗟の反応で防いだガントレットごと揺さぶった。
「この貴公の拳は、メリッサとシゲマルを叩き落とした拳であろう」
「叩き落とした。それがどうした」
「メリッサ!こやつが戦う相手だ!」
「はっ!先程のお返しをいたします!」
団長エリザベータと交代応戦したメリッサの細き剣先が、ラルシルの赤毛サイドポニーテールを少し切り落とした。斬られた赤毛色の髪の毛が空を舞う。その隙間を縫うようにラルシルの健脚が顎先を正確に跳ね上げた。
エリザベータは女王エザベラアルーシャから授かった宝玉を手に周囲を隈なく、宝玉から放たれる光の一筋の行先を見定めようとしていた。
「よそ見は厳禁ですよ」
黒髪三つ編みおさげのロニハが赤ぶち眼鏡をかけ、指あき黒革手袋を嵌めた拳を繰り出した。
「神に知らせなければならぬのでな」
「神様嫌い」
ステップの残像を残したまま、繰り出すロニハの拳は最短距離を真っ向から撃ち抜いていった。
「土人形無勢で、エルフ種族に敵うとつけあがるな」
「マスターが造った私たちを土人形というな」
エリザベータの耳朶に悲鳴が劈いた。それは一人の団員が戦き命を断った最後の叫びだった。
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