第22話 二人は戦う。二人は見詰め合う
耳朶を劈く声にならないリファールの悲鳴が、月夜の乾いた大地に響いた。
ヌロニハールの後を追って病室から外に出たリファールの目に飛び込んできたのは、小さな胴から切り離され、地べたに広がる鮮血の海で転がる琉人の首だった。
「うっ嘘じゃろ‥嘘じゃろ琉人ッ!」
リファールの目に映る凄惨な光景の中に、止めを刺そうとする紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルが振り下ろす大鎌ギザヴァールガの刃を、指二本で受け止めるヌロニハールの姿がそこにあった。
「貴様ッ!貴様が殺ったのかラミリアッ!!紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルッ!!」
あれほど取り戻すべく待ち焦がれたリファールこと創造神メヨーテセシュルの叫び声は、今の紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルの耳に届いていなかった。
「放せ、放さぬか小娘ッ!この一振りで終わるッ!放せッ!!」
ヌロニハールの二本の指で掴まれた振り下ろした大鎌ギザヴァールガの刃は、渾身の力で押しても引いても、梃子でも動かなかった。
刃を受け止めたヌロニハールは、まだ深い眠りから覚めていないのだろう、瞼を閉じたままで表情一つ変えていない。
「ええいッ!鬱陶しい小娘がッ!セト・アスベルの件は後じゃッ!まずは、貴様を消し去ってやるッ!!」
大鎌ギザヴァールガを諦め手から放し、愛剣である真紅の神剣クゥルトルフヴァルータを出現させ手にしたラミリアシャルファースフルは、まだ大鎌ギザヴァールガを掴んで離さないヌロニハールへ横軸一閃で斬撃を喰らわした。
ヌロニハールは瞬時に、指二本でつまんでいた大鎌ギザヴァールガの持ち手を変え、真紅の神剣クゥルトルフヴァルータの刃を受け流し、刃に触れた大鎌ギザヴァールガは消えてなくなった。
真紅の刃を切り返し翻して、ヌロニハールの頭上から縦軸一閃、振り下ろした真紅の神剣クゥルトルフヴァルータは、ヌロニハールの胸を切り裂いた。
真紅の神剣クゥルトルフヴァルータに切れて触れたヌロニハールの衣服の端切れが消える。だが、白い柔肌の胸を晒すヌロニハールは消滅していなかった。
ヌロニハールの白い柔肌から真っ赤な鮮血が、顕わになった乳房を濡らす。
真紅の神剣クゥルトルフヴァルータに触れても消滅しない目の前の光景に、驚愕し狼狽える紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルの剣筋が乱れた。
「この世に存在するものすべて、斬られ消し去るクゥルトルフヴァルータに斬られても消えぬ貴様は何者だッ!」
尋常じゃないヌロニハールを肌で感じ取る紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルは、ふと気付き確信した。
「貴様、この世界の存在ではないな。どこから来たッ!この四天王である神みぞ知らぬという事はあり得ぬッ!!」
それでもまだ、深き眠りから覚めないヌロニハールの口から返答の言葉は無かった。
「何も答えぬという事だな。いいだろう、消滅はしないが斬れる貴様を、一思いに切り刻んでやるッ!!」
疾風の如き一閃。返す刃で連続斬撃が瞬きすら許さぬ超高速の連撃が、閃光の線となって虚空を切り刻む。
赤い残像を残して繰り出される真紅の神剣クゥルトルフヴァルータを防ぐのみのヌロニハールの黒き拳は、縦一閃を撥ね退け、すぐさま襲い掛かる返し刃も黒き拳の甲で弾き、右、左、袈裟斬り、すべて黒き手甲で阻み続け、一瞬の隙を狙った閃光の黒き正拳は、紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルの鼻先をかすめただけだった。
「守る一方では、埒が明かないぞ小娘ッ!地べたに転がる百瀬琉人の首のように、その細い首を刎ねてやる覚悟しろッ!!」
防戦一方の黒い拳を構え、深き眠りから覚めないヌロニハールは、瞼を閉じたままで表情一つ変えず、彼女の唇は閉ざされたまま、人間味の消え失せた機械的な音声が、メッセージを淡々と読み上げた。
「主の生命反応を検知しました、主の生命の危険が回避されたと判断、ソブリン・シールド(君主の盾)を終了します。主から戦闘の継続命令がなければ、30秒後、スリープ回復モードへ移行します」
そのメッセージは今しがた病室から外に出たばかりの琉人の耳に届いていた。
防戦一方のヌロニハールはまだ深い眠りから覚めていないと琉人は気付いた。
紺のブレーザーに灰色チェックのスラックスといったいかにも男子高校生姿の琉人は、紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルとの交戦で防戦一方のヌロニハール
へ命令を叫んだ。
「ヌロニハールッ!戦闘を継続ッ!!そのまま、目を覚ませッ!命令だッ!ヌロニハールッ!!」
ヌロニハールの瞼が開き、顔色が変わった。
「かしこまりました、マスター。戦闘を継続いたします」
ヌロニハールの口が開き、琉人の命令を実行に移したことを告げた。
突然、ヌロニハールへ命令した若い男性の太い声を耳にしたリファールは、その声の方向へ振り向いた。
「おぬしは…異世界姿の琉人ではないかッ!」
リファールは創造神メヨーテセシュルとして天界にいた時の記憶が甦り、天界に来た時と同じ、身長180cm余りある琉人の高校生姿を思い出した。
リファールから声を掛けられ振り向いた琉人は、リファールの潤んだ瞳を愛おしく見詰めた。リファールは潤んだ瞳で懐かしそうに見詰め返した。
「じゃあ、あそこで地べたに転がっているのは、琉人ではないのか?」
リファールから思わず声を掛けられた琉人は、リファールの元へ駆け寄り、躊躇いもなく抱き寄せて優しく抱きしめ、リファールの耳元で囁いた。
「あれは俺じゃないリファール。この体でもう一度、きちんと向き合って抱き締めたかったんだ‥リファール」
優しく抱きしめられるリファールは抱き返して、琉人の逞しい胸に顔を埋めた。
「我もじゃ‥琉人。心配させおってからに」
「悪いリファール」
二人だけの静かな時間が少し流れたのも束の間、ヌロニハールと紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルが交戦する激しい爆音が響いてその時間は終わりを告げ、二人は地べたに転がる首と胴が切り離された少年、セト・アスベルへと意識を向けた。
「おねしでは無いという事は、セト・アスベルそのものという事か」
「そう、最高神アビゼビュートを復活させる鍵となるセト・アスベルだ」
「セト・アスベルは死んだのか」
「いいや、万象の聖刻神イシュリシアフォーヌが大鎌ギザヴァールガで俺の魂魄を切り離した結果が、セト・アスベルの首が斬り落とされた。まだ、セト・アスベルの魂魄は、そこにある」
「万象の聖刻神イシュリシアフォーヌが来ておるのか。大鎌ギザヴァールガは、時を断つ大鎌。おぬしのセト・アスベルとの時を断ち、セト・アスベルの首は、もう既に元に戻っている事じゃ。琉人、大変じゃッ!セト・アスベルを万象の聖刻神イシュリシアフォーヌの手に渡してはならんッ!」
リファールが気づいて地べたに転がるセト・アスベルへ目を向けた時には、すでに遅かった。万象の聖刻神イシュリシアフォーヌの腕には、すでに彼の身体が抱きかかえられていた。
「残念でした、創造神メヨーテセシュル神。あの方を復活させ、この世を終わりにしてあげましょ‥その時まで‥ごきげんよう」
そう言い残し、万象の聖刻神イシュリシアフォーヌは忽然と姿を消した。
「何という事じゃッ!こんな戦いしている場合ではないぞ琉人ッ!直ぐにヌロニハールと紅蓮華の断罪神ラミリアシャルファースフルの戦いを止めさせるのじゃッ!!」
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