8.垣根は相手がつくっているのではなく、自分がつくっている①
僕には気になっている女子がいる。
だから、休憩時間も本を読んでいるフリをして、彼女をチェックしている。
本当なら、この間買った『百の不思議な雑学』を読んでしまいたいんだけど、中田さんたちが休憩時間にマンガを読んでたのを先生に見つかってから、学級図書以外の本を持ってくるのは禁止になってる。だから、理科の教科書を眺めている。だって、学級図書の本って幼いんだもの。
「──でね、とにかく格好良いの」
「──だから、とにかく観て。今日の八時からのドラマ」
「──あぁ、今日の水泳教室サボっちゃおうかな〜」
彼女の周りには、いつも数人のクラスメイトの女の子がたむろって、話しをしてる。彼女は、専ら聞く専門みたい。
あっ、彼女は当然ながら吉岡さんのことじゃない。彼女は黒瀬さんという。下の名前は、覚えていない。
見てると、黒瀬さんは会話の中の変わったところで小さなリアクションをとってる。
『とにかく』のところで、変な顔をしたり、小さく笑ったり。
『サボる』のところで、小さく足で床をノックしたり。
とにかく、変だ。
けど、おそらく色んな事を知ってるんだ。
僕が黒瀬さんを気にし始めたのは、六年生になってから。それまでは一緒のクラスになったことがなかったし、黒瀬さん自体、そんなに目立つ方でもないから。当然、僕自身も目立つ方ではないと自負している。
髪が短くて、小柄な、運動ができそうな女の子。と、いうのが、最初の印象。
でも、僕は聞いてしまったのだ。
あれは、この間のクラスの係決めの時だった。
お掃除係を決める時、古木さんが立候補。ちなみに、お掃除係って言っても、係の人だけが掃除をするわけじゃない。お掃除の時間に、クラスの皆んなに『掃除の時間です。みんな掃除をしましょう』って言うだけの係。古木さんは、リーダーシップを取りたがるけど、面倒くさがりの男子だから、この係が似合ってると思う。
でも、お掃除係は二人でする事になってるから、先生が言ったんだ。
「他にしたい奴はいないか?古木と──」
図書係に決まってた僕は、関係ないと、窓の外を見てた。
その時、横の席から小さな声が聞こえた。
『古木とエルゴすむ』
コギト・エルゴ・スム?
僕は耳を疑ったよ。
僕だけが知ってるセンテンス。
横の席を見ると、すました顔の黒瀬さんがいた。
聞き違いだろうか。
いや、もしかして僕と同じ漫画を読んだのかもしれない。だから、センテンスとして知ってたんだろう。でも、意味は知らないに違いない。だって、僕だけが知ってる事だから。
でも…………。
僕だって、意味を知ったのは一昨々日。哲学者デカルトの言葉だったって、係決めの時は知らなかったんだから。
「ショウ、今日、塾とか無い日だろ」
中田さんが声をかけてきた。
振り向いて頷くと、言葉を続ける。
「五時間目の自主学習が終わったら、調査に行くぞ」
「ん?」
調査?
何を?
僕の学校では、六年生が学校や地域の事を調べて、新しく入った一年生に教えてあげるというイベントがある。だいたい四人くらいに班分けされた六年生が、同じく四人くらいに班分けされた一年生に教える。
僕の時は、学校の先生の特徴を描いた一覧表を貰った。正直、吉岡さんのいた班が教えてもらっていた『図書館のオススメ本。学年別人気ランキング』の方が良かったけど、コレばかりは仕方がない。まだ、平仮名しか読めない一年生の為に漢字より大きいルビが書かれた一覧表は、A四サイズの五枚組でパソコンと手描きが混ざったもので、手間がかかっただろう事は、一年生だった僕にも理解できた。ちなみに、その時の六年生とは、運動会でも班で手を繋いで入場する。保護者に向けての、頼れる先輩と可愛い後輩のアピールだと思う。
更にちなみに言うと、漢字の上に書いてある小さな平仮名、これをルビといって、語源は宝石のルビーなんだ。これもおそらくは、小学生では僕だけが知ってる事。
えっと、五時間目の自主学習の時間に班ごとに集まって、一年生に何を教えるかを決める事になっていて、それから各班で調べたりするんだけど……。
「アキラもミドリも大丈夫だよな」
僕の疑問に応える訳もなく、中田さんは他の班員の二人にも声を掛ける。
僕の班のメンバーは、僕を入れて四人。さっきからリーダーっぽい雰囲気を出しまくっている中田さんと、アキラと呼ばれている田中明さん。そして、ミドリと呼ばれた黒瀬さんだ。この班分けはくじ引きで決まったから、どうしようもない。天の采配と言うやつだ。
それにしても、中田さんはいつも一緒にいる自転車軍団と離れたから大人しくなるかと思ったけど、いつも以上に横暴だ。
田中さんは塾だから駄目だと言ったけど、黒瀬さんは『何?』とか言いながらも了承した。
軽い言い合いをする中田さんと黒瀬さんは、僕と黒瀬さんよりも仲良しに見えた。
「垣根は相手がつくっているのではなく、自分がつくっている。」は、アリストテレスの言葉です。




