4.我は孤独である、我は自由である、我は我、みずからの王である①
「なぁ、やっぱり時間って可哀想だと思うんだよな」
週間の漫画雑誌が乱雑に積み上げられた会議テーブルに手をつきながら、 高遠亮太は、不満気な感じで話し始めた。
「真面目にコツコツと時間は働いているのにさ、割られるんだよ。可哀想だろ時間割なんて…………」
よく分からない愚痴を吐きつけられてる富島琢三は、チラとも亮太の方を見ることなく、言葉を返す。
「小学校の頃からそれだよな。それと、今、亮太がここにいる事の関係が分からないんだけど……。今、第二外国語の時間のはずだろ?」
「あ〜。あ〜。忘れてたんだよ。すっかり忘れてたんだよ」
亮太は、よくわからない言い訳をする。それも、言い訳をする必要がない相手に対して言うのである。
今回も、時間が可哀想云々は、授業を忘れた言い訳としては成立する事はなく、言い訳相手としても、教師ではない相手にしても意味をなさない。
「なんで三回生にもなって、必須の第二を残してるんだよ」
「フッ、カ…………これでよい(Es ist gut)」
亮太は、カントに憧れてドイツ語を履修したけど、そもそもが外語が苦手なんだから仕方がないと、言おうとしたが、『これでよい(Es ist gut)』で終わらせた。
イマヌエル・カント。18世紀の西洋哲学の重鎮であり、『純粋理性批判』を筆頭とする三批判書が有名である。『これでよい(Es ist gut)』は、彼の末期の言葉として知られている。
「良くないだろ」
「あ〜。あ〜。我は孤独である、我は自由である、我は我──」
「なんで、カントシリーズなんだよ」
「王なのだ〜〜!」
「王なのだ、じゃねぇよ」
王が進級の危機に瀕してるんじゃねぇよと、言いながら、琢三はPCを開き自分の課題をこなしている。
そもそもが、カントの『我は孤独である、我は自由である、我は我、みずからの王である』は、人は人生に於いて、自ら選択をしていかなくてはいけない。その選択は各人の自由であり、自分自身で責任を負わなければならない。つまりは、自らを律していくことが大事なんだという意味であり、亮太の開き直りには適さない言葉なのであるが、その事は亮太も知って発言しているのだろう。琢三もそれ以上は言わない。
ここは、亮太が属している動物生態学部の研究棟。本来なら学部が違う琢三が居るのは変なのであるが、毎日のように亮太のゼミに顔を出して、準備室のこの席で自分の事をしている。
「まあ、第二はいいとする」
「いいのか?」
「ああ、それよりも、何故お前がここにいるかだ」
亮太の視線に目を合わす事なく、琢三はポテトチップを取り出すと、器用に箸で食べながら、コーラを口にする。
「それはな、ここにお菓子があって、コーラがあるからだ」
「俺のだよ!」
いつもこれである。琢三は基本的にマメで優しく、いらない事をしない紳士的なおデブである。しかし、亮太に対して、いや、お菓子に対してだけは傍若無人なジャイアニズムを発揮するのだ。
「あ、トンゾウ来てたんだ」
準備室の奥の部屋から声がした。
長い茶髪をポニーテールにした白衣の女性。ローヒールのパンプスに、それを白衣に合わせるか?というロング丈のオレンジ色の紋様が入ったギャザースカートを纏ったスラリとした女性である。
「おう、マサいたんだ」
トンゾウと呼ばれた琢三は、マサと返した。
女性の名前は、後藤雅。亮太、琢三とは中学からの付き合いだ。琢三は雅をマサと呼び、雅は琢三をトンゾウと呼ぶ。〝琢〟という字が〝豚〟に似ているからである。ちなみに、どちらも最初は亮太が言い間違えたところから始まっている。
「あっ、そうだ〝王様〟、教えたから」
「んっ、何?雅」
「先週、この時間は第二外国語だから教えてくれって言ってたでしょ──教えたから」
「って、え、遅いよ。もう授業始まってるし」
「知らないし」
「奥に居たんなら教えてくれよ」
「だから教えたし」
「遅いよ」
「知らないし」
そうだ、と琢三に向かって言葉を続けた雅は、何処となく元気が無かった。
「トンゾウ、暫くは、この研究棟に来ない方がいいよ。あなた、部外者だから」
雅が、そう言った理由は分かっている。琢三も理解しているのだろう、何も言わずPCを閉じる。
割り箸をゴミ箱に捨てると、コーラを持って部屋から出ていく。
琢三は、PCを使う時、ポテトチップを食べるのに割り箸を使う。亮太的には何となく嫌な行為だから、以前理由を聞いたことがある。『ポテトチップの油でキーボードが汚れるから』と言うのが琢三の回答。だったらポテトチップを食べなければ良いのではと思うのだが、亮太がポテトチップを買い置きしているのが悪いと言う。亮太が亮太の為に買い置きしているお菓子に何の文句があるのだと言い返す事もできたのだが、そのままにしている。今更な付き合いだ。
琢三が出ていくのを見送った後は、亮太と雅の二人きり。通常なら何でもない普通の事なんだが、今は気不味い。
亮太は、置き去りにされたポテトチップに手を伸ばしながら、何度も読んだ古い週刊の漫画雑誌を手にとった。
雅も亮太の正面に座り同じポテトチップの袋に手を伸ばし、食べ始めた。
不機嫌な顔のままポテトチップを食べる雅を雑誌の陰から見ながら、ゆっくりとポテトチップに手を伸ばす。
「ねぇ、亮太。コーラもうないの?」
「琢三が最後の一本飲んだ。でも、まだ炭酸水があるだろ」
「ん、これ?『超絶高濃度炭酸水──絶対5℃以下で保管してください』って、誰が飲むのよ」
「雅」
「いらないわよ、こんなの」
「我は孤独である、我は自由である、我は我、みずからの王である」カントの名言ですね〜。自分を律し続けたカントらしい名言。
ちなみにカントの言う『批判』は、苦情とかではなくて、疑ってみる、深く考えてみるという意味ですよ。




