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その猿はハハハと嗤う。  作者: 昊ノ燈


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3.笑いは消化を助ける 胃散よりはるかに効く③

「ねえ、鼠って笑う?」


「あの美人なお姉さんは誰?」


「お腹痛いとき、笑えば良いんだよね?」


「なんで走ってたの?」


 僕と吉岡さんは、コンビニのレジの前で制服に着替えてきたばかりの亮太兄ちゃんを捕まえていた。

 引き継ぎのリストに目を通しながら、緑色の制服の一番上のボタンを留める兄ちゃんは、聞いてないフリをして、僕たちが持ってきた商品をレジでスキャンしようとする。


「前から思ってたけどよ、お前、ガキのくせして、なんでコーヒーなんだ」

「ふふん、珈琲の中にあるカフェインは、眠気を抑えて集中力を高める効果があるんだよ」

「だったら、こんな砂糖がバンバン入った缶コーヒーじゃなくて、あっちをいったらどうだ?」

 亮太兄ちゃんが指差したのは、ドリップコーヒーの機械。レジの横の方にあって、大人が紙コップを買って、出来立て珈琲を淹れる機械だ。

「あれは大人の機械だから、子供は使ったらいけないんだよ」

「コーヒー自体が、大人の飲み物だよ」

 ぐうの音もでない。母さんも珈琲はまだ早いって言って、家では飲ましてもらってない。塾帰りの今だけが、僕の珈琲を飲めるチャンスなんだ。

 ちなみに僕は、父さん、母さんと呼ぶ。パパ、ママは、小学三年生で卒業した。でも、吉岡さんはまだパパママ呼び。ちょっと子供っぽいと思ってるけど、絶対に本人には言わない。多分、怒るから。


「で、お前はスナック菓子か──(ふと)るぞ」

「いいの!いっぱい勉強して来たから、カロリーが必要なの!」

「カロリーとか、眠気を抑えるとか、集中力とか、お前らまだガキなんだから、ガキらしくしろよ」

 そう言って、ズボンのポケットからプチチョコを出して、僕と吉岡さんにニ個づつくれた。

 なんでポケットにチョコが入っているのか疑問だけど、チョコが溶けてないから、僕たちが来たのを見てからポケットに入れたんだろう。いつもの事。


「ありがとう──そんな事より、鼠は笑うの?」

「ありがとう──って、あのお姉さんは誰?」


 せっかく話を逸らしたのに戻ってきた事に面倒くさくなったのか、亮太兄ちゃんは一つ大きな溜息を吐いた。

「答えやすい方から言うと、あれは大学の研究所の仲間だよ」


「名前は?一緒に走ってたけど、アナタとの関係は?」

 レジに身を乗り出して、鼻息荒く息を巻く吉岡さん。


後藤雅(みやび)、中学からの腐れ縁の幼馴染だよ」

「それだけ?──あんな美人と一緒にいて、それだけなの?」

「それだけだ」

「彼女だとか、元彼女だとか、そんなことはないの?マキが男だったら絶対に付き合ってって言ってるよ。それが幼馴染だけって、あり得ない!本当にそれだけなの?」

「そ・れ・だ・け!──それだけだ。おしまい。この話はおしまい」

「根性なし」

 吉岡さんのジト目が亮太兄ちゃんを突き刺す。


「うっせいわ──で、鼠が笑うかって。笑うよ。くすぐられて笑うという実験例もあるし、笑う事で今自分が遊んでると周りに知らせる事もあるらしい。だから、笑う」

「ほら、祥くん、笑うって言ったじゃない」

 吉岡さんのジト目が、僕に向かう。

「でもほら、マンガとは違うし……」

 腹抱えて大爆笑だったんだよ。

「ああ、でも見たかった〜。ネズミってさ、意外と可愛い顔してるじゃない。笑ってたら絶対に可愛い!なんで教えてくれなかったの?」

「だって、一瞬だったし」

「ケチ」

 ケチってなんだよ。ケチの意味知ってるの?

 だいたい、『ケチ』の語源は、『怪事(けじ)』で、不思議で怪しい事を意味してたんだよ。僕からしたら、鼠の大爆笑自体が『ケチ』なんだ。って、また僕だけが知ってる事を披露してしまっちゃったね。

 吉岡さんがケチケチケチとジト目で繰り返す中、亮太兄ちゃんは、リストを持っておにぎりのチェックを始めた。


 コンビニの自動ドアが開き、スーツを着たサラリーマンのお客さんが入ってきた。

 大学通りという名の通りにあるコンビニは、ほとんどのお客さんが大学生みたいで、大体同じくらいの年代の人がやってくる。たまにおじいちゃんやおばあちゃんが来るけど、僕が塾帰りに寄るときは、大学生くらいの人しか見ない。

 僕と吉岡さんは、レジから離れて、雑誌横のイートインスペースに移動。イスに座る前からお菓子の袋に手を突っ込んでいる吉岡さんは、ケチの連打を止めて、サラリーマンをジッと見てる。

「なんか良い事あったのかな?なんかヒニョヒニョしてる」

 ヒニョヒニョの意味は分からないけど、サラリーマンは確かにどことなく嬉しそうに見えた。

「でも、大人の人って大変だね〜。こんな時間まで働いてんだ」

 確かにそう思う。吉岡さんの意見に同意するけど、僕達だって今まで塾だったし、亮太兄ちゃんだって、日中は大学生してて、今はコンビニでアルバイトしてる。同じだよね──とも思う。

 大人だけが使える機械で珈琲を買って出ていったサラリーマン。

 大人だねぇ。


 お菓子を食べてる吉岡さんの横で、僕は鞄から一冊の本を取り出す。『百の不思議な雑学』、先日、父さんにお願いして、ネットで買ってもらった本だ。今日、着いたばかりの本。学校から帰って、塾の準備をしていた時に宅配便で届いたから、小躍りして塾の鞄に詰めて出てきていたのだ。

 吉岡さんは『何の本?』って聞きながら覗き込むと、『祥くんはそんな本好きだよね』って笑った。

 

 亮太兄ちゃんと話がしたかったけど、サラリーマン以降ちょこちょことお客さんが来てるから、話ができない。

 五組目のお客さんのレジをしている時、その人が来た。


「王様〜。雅が来てやったぞ〜〜〜!」

 酔っぱらいだ…………。


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