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その猿はハハハと嗤う。  作者: 昊ノ燈


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2.笑いは消化を助ける 胃散よりはるかに効く②

「……鼠って、笑うの?」


 腹を抱えてゲラゲラと笑う鼠を見ながら、吉岡さんにそんな事を聞いた。


「笑うんじゃない?◯ッキーだって、◯ェリーだってネズミでしょ。笑ってるシーン見たことあるよ」

「そっか……」

 鼠は笑うんだ……。後から考えてみると、アニメと現実は違うって分かるんだけど、その時は納得してしまっていた。

「そんなことよりも、また私の話を聞いてなかった〜。さっきのお姉さんが凄い美人だったって話してたのに〜」

 頬を膨らませてプンプンと怒る吉岡さん。


 吉岡さんに目を向けた隙に、鼠は消えていた。

 いなくなった鼠に、何となく惜しい気持ちを抱えながらも、吉岡さんに相対し直す。


「ゴメン」

「赦す──ヘラッ」

 相変わらずのヘラッとしたブサイク顔が眩しい。


 その後も、誰々さんが凄い凄いという話を吉岡さんは繰り返していた。正直どうでもいいけど、人の凄いところを見つけて、素直に『凄い』と言える吉岡さんは凄いと思う。

 確か、前に読んだ本に、『ポジティブに活きる為に、人の良いところを見るようにしましょう』って書いてた。吉岡さんがその本を読んでるとは思えない。自然に本に書いてある通りにしている吉岡さんは、本当に凄い。

 ちょっとくどいけど⋯⋯。



 塾に着くと、自転車軍団が入口でたむろっていた。

 この軍団には、僕と吉岡さんが夫婦認定されてるみたいで、極端にくっつけよう(物理的)としてくる。今も開け放たれたガラス扉の一方でニヤニヤとした顔を一斉に向けている。


「ヨッ、ショウ、遅かったな」

「時間には間に合ってるはずだけど」

「ご夫婦での出勤、お疲れ様ですー」

「新郎新婦のご到着で〜す」

 塾の開始時間まで、十五分くらいあるけど、火曜日の今日は前のクラスがあるから、十分前にならないと部屋に入れない。多分、五分間程時間が空いて暇だから、僕と吉岡さんを弄ろうという流れみたいだ。まあ、いつもの事。


「どきなさいよ。入れないでしょ」

「ああ、嫁が怒った〜」

「ショウも大変だな〜、こんな怒りっぽくて、ブスな嫁でよ〜」

「ブ〜ス。ブ〜ス」

「ブ〜ス。ブ〜ス」

 強行突破しようとした吉岡さんが捕まった。

 ブスの合唱で泣きそうになってる。

 ちょっと、酷いな……って思う。

 先生とかも来る気配がないし、他の学校の子達も遠巻きに見るだけで、止める気配もない。仕方ない……のかな。でも、その前に訂正しなくちゃいけない事がある。


「いや、吉岡さんはブスではないと思うよ」

 ここは、ちゃんとしておかないといけない。幼馴染の僕が言うのも何だけど、吉岡さんはブスではない。どちらかと言うと可愛い部類に入ると思う。(『赦す』の時は、ブサイクになるけど)

 そんな事は、皆んな理解している筈だ。


「えっえっえっ…………そんな…………」

 何故か吉岡さんは、急にモジモジし始めて、真っ赤になってる。

 自転車軍団の面々も、何故かモジモジし始めている。ちなみに、自転車軍団のリーダー的な子は、中田晋也。僕は『中田さん』と呼んでいる。


「そ、そんな……可愛いだなんて…………」


 吉岡さん、そこまでは言ってないよ。確かに、どちらかと言えば可愛い部類に入るとは思っているけど。そこまで、可愛いと断言している訳ではない。

 まあ、嬉しそうだから──良いか。


 それより問題は自転車軍団。

 既に自転車から降りてるから、自転車軍団っていうのは可怪しいかもしれないから、中田軍団にしとこうかな。が、モジモジが終わって、ニヤニヤに戻ってる。中田さんは、ちょっと呆然としてるけど。


「あっついな〜」

「ラブラブじゃん」

「ヤラシィ〜」

「ギャハハハ。ショウと吉岡はやらし〜」


「祥くんはやらしくないもん!」


 狙い所を発見したとばかりに、口々に罵声を飛ばしてくる中田軍団に、吉岡さんが言い返して火消しをしようとしているが、モジモジ顔が治まりきっていない。それに、火消しの言葉選びも微妙だ。

 それが、軍団の火に油を注ぐかたちになって、終わりが見えなくなってきた。


 もう、面倒くさいな……。

 でも、『やらしい』なんて、どうしてそこまで飛躍するんだろう。そりゃ僕も、流石に小学六年生にもなったら、『いやらしい』って、どういう事かなんて、理解している。キスをしたり、お尻触ったりって事。爺ちゃんのマンガに載ってた。

 吉岡さんがブスではないという事が、どうしてキスに繋がるのかと思う。もしかして、『越後屋、お前も悪よのぅ──御代官様も』の『いやらしい』なんだろうか?いやらしい企みってやつ?だとしたら、僕は黄金色の饅頭を吉岡さんに贈らないといけないのかな?

 でも、実際には(きん)って重いから、饅頭箱の底に敷き詰めたら、あんなに軽そうに持てないって事を、僕は知ってる。爺ちゃんがそう言ってたから。テレビを作る人は、そんな事も知らないのかな?


 ゲラゲラと笑いながら茶化してくる中田軍団と、照れながら怒る吉岡さんの言い合いがヒートアップしてきた時、塾から僕達よりも年少の子達が出てきた。前の授業が終わったんだろう。周りで傍観していた塾生達が入れ替わりに入っていく。

 僕も教室に入ろうと、吉岡さんの手を取ると、『えっえっえっ』とか言葉にならない声を出しながらついてくる。

 チラと中田軍団を見ると、各々教室に入ろうと準備を始める中、中田さんが立ちすくんでいた。そういえば、途中から中田さんは呆然としたまま何も言ってなかった気がする。

 そんな中田さんが、いきなり。

「トイレ行ってくる」

 そう言いながら、お腹を抱えて中に入って行った。

 お腹痛かったんなら、軍団と一緒に笑っていれば良かったのに……。確か、カントの言葉に『笑いは消化を助ける、胃散よりはるかに効く』ってのがあるって、聞いたことがある。

 実際、下痢の時に笑ってみたけど、下痢は止まらなかったんだけど、昔の偉い人の言葉だしね。

 それにしても、小学六年生にして、カントの言葉を知ってるなんて、僕だけだろう。

 これも、僕だけが知ってる事。

 




カントは、非常に真面目で几帳面な人で、自分のルーティンを大事にして、時間通りに生活していたそうです。

それは、街の人が、カントの散歩に現れる姿を見て、自分の時計の時間を合わせていたという逸話があるくらいです。

あり得ない⋯⋯⋯⋯

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