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その猿はハハハと嗤う。  作者: 昊ノ燈


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2/11

1.笑いは消化を助ける 胃散よりはるかに効く①

ここから本編です。


でも、ジャンルってSFで合ってます?

ジャンルがよく分からないんです⋯⋯。

スイマセン

 僕の名前は山田祥太郎。一昨日、『コギト・エルゴ・スム(我 考える故に我在り)』の意味を知った小学六年生だ。


 前々から『コギト・エルゴ・スム』という言葉は、センテンスとして知っていたけど、哲学的な意味のある言葉として知ったのは、一昨日のこと。

 爺ちゃんの集めていた漫画の中で使われていたパスワードだったんだけど、何となくセンテンスのリズムが気に入ったから、覚えていた言葉だ。特別に教えると、最近の自分の中でのリズムの良いセンテンスのトップは、『ブルジョワジー』。意味はよく分からないけど、『ハイソサエティー』とか『お金持ち』みたいな意味だと思ってる。

 でも、『ハイソサエティー』は、何かリズムが淡白だから嫌い。リズムは大事なマイルール。


「ねぇ、(しょう)くん。小谷さんって凄いんだよ〜」


 声をかけてきたのは、吉岡真希。同い年の幼馴染で、一緒の塾に通ってる。

 親同士も仲が良くって、吉岡さんが塾に通うのも、僕が塾に通うようになったから。吉岡さんが『私も通いたい』って言った時に、吉岡さんのお母さんが『祥くんが通うところならOK』と許可したからだと聞いた事がある。

 そんな吉岡さんは、何でも『凄い凄い』と言う。けれど、そんな小谷さんよりも、『コギト・エルゴ・スム』を知った僕の方が凄いと思う。でも、僕は『コギト・エルゴ・スム』を知った事を彼女には秘密にしている。

 何故って?それは、僕だけが知ってるって事が凄いから。おそらく、日本中の小学六年生の中で、『コギト・エルゴ・スム』を知ってるのは、僕だけだからと思うから。教えちゃったら、僕だけにならない。だから教えないのだ。

 でも、聞かれたら教えると思う。僕は、自分自身がそこまで心が狭い男の子じゃないって、知ってるから。


「ショウ、おさき〜〜」

「塾でな〜〜」

 学校から帰って、二人で塾への道を歩いて行く途中、自転車に乗ったグループが横を通り過ぎていく。

 軽く手を振って挨拶。

 塾に行っても、同じ学校の子が多い。当然、全員が全員通っていると言うわけじゃないけど、同じ学年の子で十人以上、同じ学級でも四人(僕と吉岡さんも含めて)もいる。後は別の学校の子。

 これについて、ちょっとイヤ。だってそう、折角、学校じゃない所で特別な事を教えてもらっても、学校で『僕だけが知ってる特別な事』にならないんだから。

 僕には、『僕だけが知ってる事』が大事なんだ。

 だから、いつも考えてる。狼男に襲われたときにどうすれば良いのかとか、ゾンビがいたときの対処方法とか、宇宙人と仲良くなる方法とか、僕だけが知ってる事。でも、幽霊はムリ。あれはダメ、怖いから。


「──で、聞いてる〜?小谷さんって凄いでしょ」

 ゴメン、聞いて無かった。


 吉岡さんは、いっつも勝手に話して、同意を求めてくる。たいてい僕は聞いてないんだけど、それに対してプリプリ怒る。でも、正直に謝るとヘラッとして赦してくれる。

 ヘラッとした顔は、とてもブサイクになるけど、僕はこの顔が好きだ。だって、吉岡さんが僕だけに向けてくれる顔だから。

 ちなみに、吉岡さんは、僕の事を『祥くん』と呼ぶ。友達達は『しょう』と呼ぶ。でも僕は、吉岡さんを『吉岡さん』と呼び、他の子達の事も名前を『さん』付けして呼ぶ。これは、小学校一年生の時に、先生がそう呼びなさいと教えてくれたからだ。その時から、吉岡さんの事は、『マキちゃん』から『吉岡さん』に変えた。吉岡さんは、僕が『吉岡さん』って呼ぶと、寂しそうな顔をするけど仕方ない。僕だって、小さい頃から呼んでいた『マキちゃん』から『吉岡さん』に変えるのに違和感があったんだから。

 でも、こうやって皆んなが忘れていく事も覚えている事で、いつかは僕だけが知ってる事になるんだ。


 シャッターの多い商店街を抜けて、大通りに出ると、急に人通りが増えてくる。

 片側二車線の道路は交通量が多くて、渋滞スポットだと父さんが言ってた。


「あっ風船〜」

 吉岡さんの言葉に視線を向けると、中央分離帯に植えられた木に赤い風船が引っかかっていた。

 車の流れに乗って、右に左に揺れる風船を見ながら、『欲しいの?』って言うと、プク〜とほっぺたを膨らませて、『そんな子供じゃないもん』って言う。

 別に子供で良いじゃん。父さんも僕に『まだまだ子供で良いよ』って言ってたし、僕もまだまだ子供で良いと思ってる。何か大人って大変そうだし。


 風船を見ていると、横を白い人が走って過ぎていった。後ろ姿を見ると、虫取り網を持った白衣のおっちゃんだった。ボサボサ髪で背が高い。


「『網白走男』だ〜」

「あみしろはしお?」

「網を持った白衣の走る男」

「なにそれ?」

「有名だよ〜。みんな言ってる」

「皆んなって誰?」

「みんなって、みんな。学校の子とか、クラスの子とか、さえちゃんとか、やすくんとかさ」

 吉岡さんの周りの極一部で使われてる呼称みたい。皆んながいきなり友達二人にまで減ってしまった。

 でも、僕もあの人を見たことがある。確かニュースだったかな。去年、話題になったオーケストラ通りの『見えない壁の猫』。その猫のニュースの時に映ってた。虫取り網を持って白衣で走り回る男。そんな人はそうそういないだろうから、同じ人だろう。


「そういえば、オーケストラ通りって、さっきの商店街の横の筋でしょ。網白走男は、この辺を走ってたんだ〜」


 吉岡さんが意味の分からない感動をしていると、網白走男を追うように、同じような白衣の人が走ってきた。


「良兼センセー、待ってくださ〜い」


 その後ろを、同じく白衣の女の人が追っている。オレンジのスカートが印象的なお姉さん。


「亮太、待ちなさいよ。ちょっと──」


 僕は、亮太と呼ばれた男の人を知っている。近所のコンビニでバイトをしている高遠さん。話しやすいお兄さんで、大学生。何か研究してるって言ってたのを聞いたことがある。普段のコンビニの緑色の制服と違う白衣姿に、ちょっと格好良いと思ってしまったけど、本人には絶対に言ってやらない。何となく悔しいから。


「ねぇねぇ、あのお姉さん、キレイだったね〜」

 吉岡さんが言ってきたけど、顔までは見てなかった。これもちょっと悔しい。


 通り過ぎていった三人を目で追ってから、風船に目を戻すと、その下で鼠が歩いていた。

 真っ直ぐに整列した九匹の鼠。

 運動会の行進かなと思うくらいキレイに揃って歩いている。

 その内の六匹目が足がもつれて転ぶ。

 七匹目と八匹目も真似して転ぶ。

 すると、九匹目が笑った。

 ここから見ても、はっきりと分かるくらいの笑い。腹を抱えた大爆笑。


「鼠って、笑うんだ」

 呟いた僕に、吉岡さんはさっきのお姉さんの綺麗さを語っていた。

「笑いは消化を助ける 胃散よりはるかに効く」は、エマヌエル・カントの言葉です。何となく分かる言葉ですね。

 カントはドイツの哲学者で、ドイツ古典主義哲学(ドイツ観念論哲学)の祖とされている人です。三大批判書が有名ですが、本編には全く関係ありません。

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