26.子供と動物はずいぶんよく似ています①
「何だコレ⋯⋯」
データ入力をしながら、点けっぱなしになっていたテレビを観ると、見慣れた風景が見慣れない様相となっていた。
幾つも立ち上がる黒煙。画面に映し出されているだけでも十本以上はあるだろう。アナウンサーの語気は荒く、コメンテーターは泣いている。切り替わった画面上には、乱闘する人々。
「はあ?」
乱闘を中継しているリポーターは笑っている。カメラマンがリポーターからカメラをずらすと、乱闘している人々がピックアップされる。昔のプロレスでしか映されることの無かった流血の様までが放映されている。
「あの子何してんだ?」
その中には、呆然と立ち尽くす少年が左端の方にいる。大人達の乱闘は、少年を避けるように広がっている。
リポーターでもカメラマンでもいいから、誰かあの子を助けろよ。そんな言葉をテレビに向かって呟こうとも、届くはずもない。ただ、映っていないリポーターの笑い声がテレビから聞こえてくる。
亮太は入力する手を止めて、テレビに見入っていた。
「素数を数えたまえ!」
急に開かれたドアから叫ばれた声に、体をビクッと震わせる。
テレビから目を離すと、そこには良兼准教授と雅の姿があった。その後ろには、翔太郎。知らない女の子と手を繋いでいる。
「これ、現実ですか?」
雅、良兼准教授を捕まえられたんだとか、良兼准教授、いきなり素数って何とか、何で翔太郎少年がいるのかとか、関係者以外をここに入れては駄目ですよとか、翔太郎、新しい彼女かとか、色々と言いたい事はあったけど、先ずはこれだ。
良兼准教授は、その質問に答える事もなく、『高遠君だけか。高遠君なら大丈夫だろう』と、勝手に人を値踏みするような、意味不明な言葉を吐いて、最後に少女が入った準備室のドアを閉めて、内鍵を掛けた。
「良かった〜。亮太は普通だ」
「亮太兄ちゃんなら影響ないって信じてたよ」
「ふむ、高遠君は感情が薄いというか、どことなく達観してるからな」
「達観ってより、亮太の感情って嘘っぽいよね。なんかミュージカル俳優みたいな怒り方する時もあるし」
「あっ、亮太兄ちゃんは笑う時もそんな感じ。なんかテレビドラマみたいに笑う」
「ふむ、つまりは、作り物の感情には影響しないということかね」
「へ〜、このお兄さん、そんな感じなんだ。って、あ、翔くんの知り合い?あっ、私は黒瀬翠といいます。お邪魔します」
「あ、高遠亮太です。お構いもできませんが。って、何でいきなりディスられてんですか?」
取り敢えず、挨拶をしてくれた女の子に挨拶を返すと、亮太は不満を漏らした。
あっ、これも芝居じみてる?とか、軽く自分を客観的に判断しつつも、意味が分からない。
「いいかね、高遠君。今は、君をディスるとか、君の感情表現が怪しいとか、絶対に二面性があるタイプだとかという事態ではないのだよ。これを見たまえ」
何気に更にディスる上に人格否定までしてくる良兼准教授が差し出した一枚の紙を目に通す。
それは、『やはり、感情というものは──』から始まる文が印字されたコピー用紙。
痛む心を抑えながら読んでいく。
「キャッ!」
黒瀬翠と名乗った少女が叫んだ。
「フフォフォフォ、驚いた?吃驚したじゃろ。フフォフォフォフォフォフォホッハッハッ」
いつの間にか室内にいた服部教授が、少女を驚かした後、笑い始めた。それは、今まで見たこともないような大爆笑。
教授を冷めた目で見る雅が数字を数え始める。
「1.1.2.3.5.8.13.21」
何?フィボナッチ数列?何故?
それにしても、いつも驚かされてきた服部教授の気配の無さは、ワザとだったんだ⋯⋯。でも、この教授の様子は何だ?さっきのテレビレポーターみたいな⋯⋯。
そこまで思って、視線をテレビに戻す。
テレビは、先程のまま町の乱闘を映している。
「あっ、明くん!」
「えっ、本当だ明くんがいる」
翔太郎と黒瀬翠ちゃんがテレビを覗き込んで、話をしている。
テレビと服部教授を交互に目に入れながら、二人の話を聞いてみると、どうもテレビに映っていた呆然と立っていた少年は、二人の同級生で、普段から影が薄いようだ。
「でも、さすが明くんだね。あんなに皆んなで殴り合ってるのにあの距離で巻き込まれていないんだよ」
「えっ、明くんって、そんなキャラ?」
「え〜、知らないの?いつも気が付けばそこにいる。イジられる事もなければ、イジることもない。でも、仲間外れという訳でもなければ、友達が多い訳でもない。田中明は、そんな男の子だよ。マキちゃんだけを見てるんじゃなくて、もう少し色んなクラスメイトにも目を向けようよ、キミはさ」
そうか、翔太郎のクラスでの立ち位置って、そんな感じなんだ。確かに翔太郎って、どことなく子供っぽくないっていうか、自分以外に興味がない感じがあるよな。
この紙の通りだとすると、翔太郎も感情が揺れ動く影響がなさそうだ。雅は雅だし、良兼准教授は意外と怒りっぽいし。その意味では、俺も影響は薄いか⋯⋯。トンゾウはどうしてんだろ?今ここにいないけど、あいつって見た目に反して、感情の起伏が激しいんだよな。本当に顔には出ないけど、よく怒るし、泣くんだよな。
向こうでは、爆笑し続ける服部教授に、良兼准教授と雅の二人で『素数を数えてください』とか『フィボナッチ数列を』とか言っている。
──ドンドンドンドンドン!
ドアを叩く音がした。
子供と動物はずいぶんよく似ています。
どちらも自然に近いのです。
でも子供が狡猾な猿よりも良く理解する事が一つあります。
それは偉人の立派な行為のことです。




