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その猿はハハハと嗤う。  作者: 昊ノ燈


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00.囚われた猿

 一言で言えば、古い洋館のようである。

 よく見てみれば、格式の高いホテルのエントランス部のようでもあるし、病院のように見えないこともない。ただ、おしなべて言えるのは、枯れているという事。

 石造りの広間を外界と隔てる重厚で古めかしい木製の両開き扉は、巨大な門のような威容で閉じられていた。灯る火のない扉の両横の豪奢な燭台には、女神を模った彫刻。天井からは綺羅びやかであったろうシャンデリアが闇に沈み込むように吊るされている。微かに舞い落ちる埃が、明かり取りからの光に反射した宙を舞う。キラキラと瞬いているそれだけが空間に時間があると教えてくれる。

 奥に続く廊下の先は暗くて見えない。

 このフロアだけが世界から切り取られたかのよう。


 シャンデリアの真下、石床の中央にはノートパソコンを抱えた小さな猿が座す。その肩には一羽のオウム。猿の抱えるノートパソコンを覗き込むようにと佇んでいる。

 その猿の正面には、闇に沈む階上へと続く大階段。その中程にもう一体の猿が座っている。フロアに座り込む猿と種類が違うのか、身体つきが若干大きく、毛色も違う。


「ウキィウギィギャギャウギィギャホッホッホウホォホウホウホウギャ──」


 突然、大階段の猿が語りかけるように口を開く。

 床に座る小猿が慌ててノートパソコンをカチャカチャと打ち始める。

 それをオウムが読み上げる。


「やはり、感情というものは広がっていく。伝染し、精神を侵食するウイルスのようなものなのだ」


「ギャギャウギィギャアアァウキィウキウキウキィ──」

 大階段の猿は続ける。

 小猿も必死に打つ。

 そして、オウムが語る。

「野生の我等にこんな感情があっただろうか?いや、正しく言うと、野生の頃なんて無かった我等かもしれないが、分かる。目的の為の感情はあったかもしれないが、感情から目的が生まれる事はなかったはずだ。我等の心に感染した感情は、ゆっくりと、いや、爆発的に、いや、緩やかにか、いや、時として、あ」


「ギャギャウギィギャギャウギィギャギャウギィ──」

 ──カチャカチャカチャカチャカチャ⋯⋯

「いや、ここは、やっぱり感染病のようにが良いか。あっ、さっきのところは消しておいてくれ。【BS】というキーがあるだろう。それを押すんだ」

「ギャギャギャアア──」

 ──カチャカチャカチャカチャカチャ⋯⋯

「こら、今のところを打つんじゃない」

「ウギィギャアギャア──」

 ──カチャカチャカチャカチャカチャ⋯⋯

「分かってやってるだろ。こんなところを打つんじゃない。会話なんて打つな」

「ギャギャウギィギャギャウギィ──」

 ──カチャカチャカチャカチャカチャ⋯⋯

「つまりだ、感情とは、心に感染するウイルスのようなものなのだ」

「ウキィウキウキウキィ──」

 ──カチャカチャカチャカチャカチャ⋯⋯

「ん、結局、主題を繰り返すだけになってしまったのか?ちょっと見せてくれ」

「ギャギャウギィギャギャギャ──」

 ──カチャカチャカチャカチャカチャ⋯⋯

「だから、こんな会話まで打つんじゃない。プリントアウトだ。プリントアウト」


 小猿のキー操作で、大階段脇の箱型の機械が甲高い音を上げて、紙を排出する。

 それを、どこのいたのか九匹の鼠が運ぶ。

 一匹目の鼠が紙の端を咥え、二匹目からが辺を咥えていく。五匹目がもう一方の端を咥えると、六匹目が咥えられずに転ぶ。続けて7匹目と八匹目も同じように転ぶ。それを見た九匹目が腹を抱えて笑っている。


「ウキッ」

 ──カチャカチャ

「ありがとう」


 こんなことまで打つなとばかりに、大階段の猿がオウムを睨むが、オウムの目はノートパソコンの画面に釘付けであるし、小猿も必死にキーボードを睨んでいる。


 大階段の猿にプリント用紙を渡した鼠達は、再び大階段脇の陰に消えていく。


「ウキッキイ──」

 ──カチャカチャ⋯⋯

「まとまらんな」

 猿はプリント用紙に目を通すと、溜息混じりの一言を吐いて、階下に紙を落とす。

 再び現れた鼠達がその紙を拾おうとして──慌てて逃げていく。

 猫だ。トラ猫が反対の階段脇から顔を出したのだ。

 鼠に気取られたトラ猫は、猿を見上げると、鼻で笑うようにニャッと一声上げて、去っていった。


「ウギャギャギィギィウキャ──」

 ──カチャカチャカチャカチャ⋯⋯

「忌々しい猫だ。迷い続ける迷路猫が」


 猿はそう言うと、思考の中に入っていく。


 再び、空間が静かになった。


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