23.目は心の窓である②
「百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん!」
翠ちゃんのそんな言葉に振り向くと、そこには亮太兄ちゃんの幼馴染だというお姉さんが走っていた。前に見たのと同じく鮮やかなオレンジ色のスカートと白衣だ。
突然の異常な呼び声にビクッと反応して、お姉さんは向きを変えて、こちらに走ってくる。
そして、軽く息を切らせながら、『良兼教授を見た?』と聞いてきた。
僕たちは、その良兼教授という人を知らない。誰の事かを聞くと、お姉さんみたいな白衣を着て、虫取り網を持ったボサボサ髪の中年男性らしい。
「それって⋯⋯⋯⋯」
「網白走男〜!」
僕の言葉を継いで、翠ちゃんが目をきらめかした。
「あみしろはし⋯⋯お?」
「百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さんは、白衣が似合いますね。すっごく格好良い!それに、百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さんは、網白走男を知ってるんですか?百戦錬磨の超絶美人の──」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。何、その『あみしろはしお』って──」
「『網白走男』は、網白走男ですよ。百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん。で、百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さんは、網白走男を探しているんですか?百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さんは、網白走男の知り合い何ですか。百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん、網白走男はこの辺にいるんですか?」
網白走男って呼び名を知らないお姉さんは、息急く翠ちゃんに戸惑いながらも、話をしようとするが、興奮状態の翠ちゃんには通じていない。
それよりも、『百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん』って、なんだ?
そんな長い名前?の訳ないか。
明らかにテンションに置いていかれた明くんを尻目に、僕も会話に入る。
「百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さんも翠ちゃんも落ち着いてください。深呼吸。深呼吸。落ち着いたら、お姉さんからどうぞ。よければもう一度、その良兼教授の特徴から教えてください」
「スーッハァ。良し、ありがとう少年。で、君たちが言うところの『あみしろはしお』というのは、私が今追っている『良兼教授』の事かな?特徴としては、やや痩せ型の三十代中頃から後半の男性。髪はボサボサで、いつも白衣を着てる。くらい?」
「虫取り網は?」
「たまに持って走ってるけど、普段から持ってる事はないよ。あっ、でも、今日は持ってたかも」
「確実にその『良兼教授』さんが『網白走男』ですね。たまにでも網を持った白衣の人なんて、他にいないですよ。そう言えば、お姉さんは以前も網白走男を追っている亮太兄ちゃんを追っていましたよね」
「あ、見られてたことがあるんだ。だったら、君はもっと早く『良兼教授』=『あみしろはしお』っていうのに言及しても良かったんじゃないかな?」
「完全に確実とは思えなかったので」
「確かに、あれはただの奇人だもんね。教授とは断定しにくいか。それにしても、ややこしい性格だね君は。それにしても、良兼教授は『あみしろはしお』って、言われてるんね。ところで、『あみしろはしお』ってどういう意味?」
「あっ、そこは後で翠ちゃんに聞いてください」
そして僕は、大人しく待っている翠ちゃんに顔を向ける。
「はい、次は翠ちゃん。どうぞ」
「百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん」
「はい、日本語を言おうね。で、その『百戦錬磨の超絶美人の雅お姉さん』って、何?」
「それはね、百戦錬磨で超絶な美人の雅お姉さんって事だよ」
「うん、さっぱり分からないね。これからは、『雅お姉さん』で良いかな?良いですよね、雅お姉さんも」
異常な前置きを付けた名前を連呼された雅お姉さんは、微かに赤らめた顔で恥ずかしげに頷いた。それにしても、言われてみれば、スッキリとした感じのすっごく美人なお姉さんだね。百戦錬磨も分かる気がする。
でも、翠ちゃんの興奮しようは、異常だよね。まるでいつもと違う人みたい。でも、めちゃくちゃ嬉しそう。また鼻の穴が開いてるよ。
「でね、百戦錬──」
「雅お姉さん!」
「うう、雅お姉さんに伝えたかったの。前ね、初めて合った時に教えてもらった『怒りのインコ』を見に行ったよって」
嬉しそうに言う翠ちゃんの『インコ』って言葉で、僕は思い出した事があった。
「あ、この前、職員室に呼び出された時の?インコを逃がそうとしたっていう」
「こら、馬鹿ショウ。なんで言うの!」
突然、切れかかるように怒鳴り声を上げる翠ちゃん。
本当に、こんな子だった?怒鳴るような子?こんなに感情がコロコロ変わる?こんなにストレートに感情表現する?別人みたい。まるでマキちゃんみたい。
翠ちゃんの豹変に、宥めるように雅お姉さんが寄り添う。
「えっ、あのインコを逃がそうとしたの?あそこの住人怖かったでしょ」
「う、うん。めっちゃ怒られた。怖かった。怖かったよぉ〜」
今度は泣き出した。
急に情緒不安定?
感情の起伏が激しすぎる。
泣き出した翠ちゃんにどうしようもなく、僕は雅お姉さんに話を振った。
翠ちゃんの頭を撫でながら、こっちに顔を向けたお姉さんは凄く優しげで、スッキリとした顔立ちとのギャップで凄く凄く綺麗に見えた。
「やっぱり⋯⋯百戦錬磨って、分かる気がしますね⋯⋯」
「ちょ、ちょっと、百戦錬磨って、この子たちが言ってるだけだから。私はそんなに恋愛経験ある方じゃないし⋯⋯。それに、この間は、『百戦錬磨の美人の雅お姉さん』までだったのに、なんか急に『超絶』なんて付いてるし⋯⋯」
「あっ、超絶美人は分かるような気がしますよ。それで、その超絶美人の雅お姉さんは、何をしていたんですか?」
「分かるって⋯⋯。君、本当にいい性格してるよね」
「よく言われます。それで?」
僕が話を促すと、雅お姉さんはソワソワしたように言った。
「そう、良兼教授が亮太、あっ亮太は知ってるって言ってたよね。その亮太の白衣を間違えて着て出てしまって。ポケットの中に研究室の鍵が入ってんのよ。あれがなかったら研究室を閉めれないし。亮太は手が離せないし⋯⋯って、君、やっぱりちょっと大人すぎない?」
「普通です。それと、僕は、山田祥太郎です。名乗ってなかったですかね」
「ゴメンゴメン、翔太郎くん」
「ショウで良いですよ」
その時だった。
「なんだお前等、人ん家の前でギャーギャーギャーギャー五月蝿えんだよ!」
怒鳴り声が響いた。




