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その猿はハハハと嗤う。  作者: 昊ノ燈


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21.あなたの悲哀がいかに大きくても、世間の同情を乞おうとしてはならない。

 亮太は困っていた。

 アルバイト先であるコンビニ。深夜に差し掛かろうとするも、かろうじて今日という時間。幸い(?)にして、最近の不穏な事件の連続の為、お客は少ない。でも、その少ないお客が問題であった。


「ヒックヒックヒック⋯⋯⋯⋯」

「グスッグスッグスッ⋯⋯⋯⋯」

「シクシクシク⋯⋯⋯⋯」


 泣いている女性が三名。その後ろでは、困った顔のトンゾウがいる。


「ソレデ、オマエガペットボトルヲ投ゲテ、オマエカ゚棒デ叩イテ、オマエカ゚殴ッタ。ソシテ、オマエハ太ッテイル」

 亮太と一緒にバイトに入っていたベヴさんが鼻息を荒くして話をしていた。正直、ベヴさんは関係ないし、トンゾウが太ってる事はもっと関係ない。

「太ッタノ、アナタ、マルデ観客(オーディエンス)ノ息切レミタイネ。分カル?『観客(オーディエンス)ノ息切レ』。コレネ、息切レスルノハ、全力デ走ッテイル選手ノハズナノニ、座ッテイルダケノ観客(オーディエンス)カ゚息切レシテルッテ意味ヨ」

 お前は関係ないのに、何でそんなに狼狽える必要があるのかと言いながら、ベヴさんは視線を変える。

 個人的には、応援している観客も一生懸命応援しているんだから、息切れをしても良いと思っているんだけど、そんな事を言うと、ベヴさんの逆鱗に触れてしまうのは分かっているから、言わない。前は確か『高所恐怖症ノ棒高跳ビ選手カ』って、訳のわからない注意を受けた事があるから、亮太は絶対に言わない。

 さぁ、今度は、女の子たちだ。

「アナタ達モ、何故二ココニ来テルネ。マルデ『方向音痴ノ短距離走者ヨ』。分カルカ、目指スベキ場所(ゴール)カ゚見エテイルノニ、別ノ所二行ク。ソレハ変ダロウ。アナタ達カ゚行クノハ、警察ネ。コンビニトハ違ウ」


 その通りだと思う。ただ、一々不思議な例を、まるで格言のように出してくるのは、分からない。一つ分かるのは、ベヴさんが陸上競技を好きだって事。絶対に好きだと思う。


 ホッと一安心をする間もなく、ベヴさんは亮太へとターゲットを移す。

「アナタモアナタネ。マルデ『ゴールヲ譲ル千メートル走者ヨ』。分カルカ、レースハ真剣勝負ヨ。中途半端ナ優シサデ、ゴールヲ譲ルノハ正シクナイネ。チャント警察二行クヨウ二話スベキヨ」


 ベヴさんが言わんとする事は、何となく理解できる。そして、ベヴさんがトラック競技が好きなのも理解できた。


「アア、ワタシハ『タスキヲ繋ゲナイ選手バカリノ駅伝監督ノ気持チ』ヨ」


 駅伝もありなんだ⋯⋯⋯⋯。



 話を整理する。

・泣いている三人の女性の内の一人は大学のゼミの後輩。この間、下着泥棒にあったと悩んでいた子。残り二人は同じ寮に住んでいる友達で、この二人も下着泥棒の被害に遭っていたらしい。

・その日は三人で集まり、相談しあっている内に、下着泥棒を捕まえようと言う話になった。

・そこで囮の下着を他の洗濯物に隠すように干し(下着だけを干すと囮だと勘付かれるかもしれないから)、様子を覗う。

・夜中一時過ぎ、ベランダに人影。揺れる洗濯物から下着泥棒と断定。

・女性①(後輩女子)が飛び出して、下着泥棒の顔面にグーパン。

・狼狽える下着泥棒に、女性②が準備していた木の棒で一撃。

・逃げだす下着泥棒に、女性③が中身の入った(開けていない)お茶のペットボトルを投げる。

・下着泥棒が逃げた後、追いかけようと考えたが、途端に怖くなってきて、部屋で震えていた。

・翌日、ニュースで下着泥棒が死んだ事を知る。

・警察に行こうかとしたが、犯罪者になるかもしれないと思うと怖くて怖くてたまらず、トンゾウに相談した。

・コンビニにて亮太に話している最中、乱入してきたベヴさんに怒られている。



 順序立てて考えてみると簡単だ。

 ベヴさんの言う通り、三人は警察に行くべきだ。大体が、三人が殴ったり、叩いたり、投げつけたりした後、下着泥棒は走って逃げてるんだ。三人が殺した訳ではない。それに亮太が聞いた話では、下着泥棒は複数人からリンチを受けて殺されたようだ。三人の話を信じるに、リンチには参加していないようだから、過剰防衛でもないと思う。

 巻き込まれたトンゾウは可哀想だけど、コンビニに連れて来るよりも、警察に連れて行くべきだった。

 自分も巻き込まれたけど、まぁ、それはそれ。


「それにしても、飯田さんが殴りかかったんだ」

 飯田さんは、後輩の子の苗字だ。飯田真純。小柄で眼鏡の一歩引いたような妹属性。どうしても、下着泥棒に殴りかかれる雰囲気じゃない。怒ってるイメージすらもわかない。

 でも、こういうタイプの子って、やっぱりトンゾウに行くんだよな。昔からそう。だいたいがトンゾウと接点なんて、そんなに無いだろ。それこそ、トンゾウが俺の所に遊びに来る時くらいだろ?でも、トンゾウのところに相談に行ったんだよな。

 何気にモテる腐れ縁の親友が恨めしい。

 いや、俺は雅一筋だけど⋯⋯何の脈もないけど。


「えっ、あの、あの時は、なんか必死で⋯⋯」

「そうそう、なんかムカッ腹が立ったのよね」

「うん、すごくイラッてきて、すごく怖くなった」


 真純ちゃんは、チラチラとトンゾウの方を見ながら言葉を濁して、名前を聞き忘れた二人が続けた。


 正直、情緒不安定か?

 下着泥棒に殴りかかる程の怒り。

 殴った後は追いかける事もできない程の怖れ。

 警察に行くことを躊躇する程の不安。

 トンゾウに向ける、ワザと庇護欲を掻き立てるような視線。

 亮太の瞳には、彼女に対するか弱いイメージは既になくなっている。

 怖いな⋯⋯⋯⋯。女は怖いよ⋯⋯⋯⋯。


 そんな事を思いながら、警察に向かう三人と付き添うトンゾウを見送る。 


 横でベヴさんが『決勝ヲ見レナイ観客(オーディエンス)の気持チネ』と不満気にこぼしていた。


『あなたの悲哀がいかに大きくても、世間の同情を乞おうとしてはならない。

なぜなら、同情の中には軽蔑の念が含まれているからだ』

 この言葉もプラトンです。

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