20.愚者は、話さずにはいられないから口を開く。
教室の中を見回して、同じ塾の人を探す。
中田さんをロックオン。ゆっくりと移動を開始。かすかに眠そうな素振りをしながら、視線をチラチラと向ける。そして、周囲にアピールするように、ほぼ棒読みでセリフ。ここからも聞こえるよ。『あぁなんか眠たいなぁ、昨日は大変だったんだぁ』ってね。そして、待ってる。ターゲットが反応してくれるのを。ターゲット以外の誰かが反応してくれるのを。でも、皆の視線は別の方を向いている。まだ来ていないクラスメイトの机。ちょっと頬を膨らまして、もう一度同じセリフを繰り返す。そして、少し涙目で僕の席の方に来る。
何がって?
今日のマキちゃん。
昨日のコンビニから見たカードショップ強盗の事を、誰かに聞いて欲しいみたい。でも自分から話すのは、何となく面白くないから、誰か気付いてって感じなんだろう。
ほら、僕の席の前に来てからも、周りに目をやりながら話しかけてくる。
「ねえ翔くん、あれから眠れた?こっちはなんか眠れなくて。やっぱり怖かったよね」
僕が返事をしても、僕の方を見るでもなく、やっぱり頬を膨らませてる。
こういうのを、何失敗って言うんだろうか。マキちゃんって、そういうところがあるよね。
でも確かに、普段経験できない事を経験したんだから、皆んなに『どうだったの?』『怖かった?』とかって聞いて欲しいよね。それは、分かる。でも、タイミングが悪いよ。タイミングっていうか、相手が悪いっていうか、レベルが違い過ぎるんだよね。
そんな事を考えながら、僕も皆んなと同じように、まだ来ないクラスメイトの席を見る。
席の主は、田中明。そう、僕たちの班『サンタクローセ』の一人、田中さんだ。いや、今はもう、『明くん』って呼ぼう。
昨日、僕とマキちゃんがであったような、強盗事件が市内で三件も起こったらしい。そして、それよりももっと全国ニュースで流れた事件があったんだ。
警察官による発砲。
強盗事件の犯人を追っていた警察官の数人が市内で拳銃を発砲したんだ。数発は犯人に当たったけど、そのうちの何発かは、民家に向かっていった。そして、その何発かの一発が、明くんの家の玄関ドアに。
明くんの家は、マンションの二階。発砲があった場所のすぐ近くだったけど、玄関ドアの前は通路、そして塀のような柵がある。柵の隙間を上手に通って、玄関ドアに弾丸が当たったのだ。ニュースに出ていたマンションの金属のドアには、小指程の凹みがあって、拳銃の威力の凄さを語っていた。
明くんのマンションの前を通って来る同級生も、通路いっぱいに黄色いテープが張ってあって、通れなかったから遠回りしてきたと言っていた。
カードショップ強盗の目撃者と銃撃事件の被害者(玄関ドアだけど)では、そりゃあ注目度に差が出るよ。こちらは霞んじゃうよね。
幸いにも、死亡者はでなかったらしいけど、一晩中パトカーと救急車の音が鳴り響いていたって言う声も聞こえたから、明くんは寝不足で今日は来ないんじゃない?
案の定、明くんは休み。
そして、学校も午前中での休校になると聞いた。先生達も授業どころじゃないってところだろう。
それにしても、明くんはスゴイ。ん、いや、明くん自体がスゴイって言うよりも、明くんの遭遇率がスゴイ。確か、『見えない壁のトラ猫』の発見者も明くんだって話だし、今回の発砲事件の被害住宅も明くんの家だ。
「ショウ、アキラの家スゲーよな。今度、銃弾の跡、見に行こうぜ」
「そうそう、奇跡の弾道とか言われてるんだって」
話しかけてくるリーダーに追従するように別のクラスメイトも話してくる。
マキちゃんの不機嫌がマックスに到達してしまって、もはや無言だ。
『奇跡の弾道』って、ケネディ大統領暗殺事件か?あれは『魔法の銃弾』だったっけ?『奇跡の弾道』って言葉もあった気がする。
ケネディ大統領は、三五代アメリカ大統領で、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ。あってるよね。
「ねえねえ、あんた達も事件に遭遇したんでしょ」
翠ちゃんが聞いてきた。
『えっ、知りたい』から始まったマキちゃんの話は、怒涛の如くと言うか、留まるところを知らず、今までの鬱憤を晴らすかのような熱量。ところどころで僕の名前が出る度に、引き攣るような相槌を打つ羽目になった。
ちなみに、羽目とは、の口に噛ませる『馬銜』という説と家を造るときの『羽目板』の説の二つがある。馬銜が外れると馬が制御不能になるから、『はめを外す』が『度を過ぎて調子に乗る』という意味で使われるようになったというのと、羽目板をはめてある壁を外すと家が台無しになるっていう意味らしいけど、僕的には、馬銜の方が上だと思っている。
『僕だけが知っている事』だけど、これからは多数の説がある時は、どれが正しいと思っているかを告げていきたいと思う。
それにしても、警察屋さんも可怪しくなっちゃったんだ。
何故か僕の頭の中には、昨日の男達の笑顔と、怒りまくって拳銃を撃ちまくる警察屋さんの姿が浮かんでいた。
マキちゃんが、怖かったよねぇって、言ってきたので、『本当に怖いね』と返しておいた。
『愚者は、話さずにはいられないから口を開く』は、プラトンの言葉のですが、正しくありません。半分だけです。
本当は、
『賢者は、話すべきことがあるから口を開く。
愚者は、話さずにはいられないから口を開く。』
が正しいです。
あと、別にマキちゃんが愚者というわけではありません。ただちょっと空気を読めないと言うか、まぁ、そんな感じです。




