18.真理は、子供の口から出る②
マキちゃんがスナック菓子を食べ終わるのを待ってる間、お父さんはレジ横で亮太兄ちゃんと話をしている。
かすかに聞こえてくる声からして、事件の話をしているらしい。
「──ら、客が少ないんだ」
「ええ、現場も近いですから、日が暮れてからは、人通りも──」
「──は複数犯なんだろ──な」
「恐いですね」
「──だな。でも、それにしては警察が少な──」
「いや、日中は多かった──すよ」
「食べ終わった〜。翔くん帰ろ」
食べ終わったことをコールしてくるマキちゃんに、油の付いた手を洗ってくるように言った時だった。
ズンズンドォンズンズンドォンズン──
重低音のBGMと共につり上がったような目つきの悪いライトの黒い車が商店街の中を走ってきた。商店街の中を車が入ってくる事は偶にある。でも、それは朝早くの花屋さんの入荷とか、深夜の店舗掃除屋さんくらい。あんなヤンチャな兄さんが乗るような車が入ってくるのは珍しい。
僕たちは、コンビニの窓越しにそれを眺めている。
ああいう爆音の車はたまにいる。たまにと言うか、結構いる。でもそんな時、お母さんの言葉を思い出す。『そんな大きな音だと、耳が悪くなるわよ』僕がを動画を観てたら、いつもそんな事を言う。だから僕はテレビの音量を7にしてやるんだ。お母さんは聞こえないみたいに言ってるけど、僕には聞こえるから、ちょっとした意趣返し。
それはそうと、テレビの音量って不思議だ。別に規格で決まっていないのに、7と言ったら伝わるし、大体どの友達の家でも20くらいになってる。色んなメーカーの人達で話し合って決めてるんだろうか?じゃなかったとしたら、イデア論みたいだ。イデア論って言うと、プラトンの──
って、その車が止まった。
場所は、シャッターの閉まったカードショップの前。
中から出てきたのは、七人の男達。全員が雨が降っていないのにレインスーツを着込み、目深にキャップを被っているので、確実にそうとは言えないけど、多分男達。手には各々バールを握っている。
亮太兄ちゃんが、慌てて警察に通報する。
その間にも、男達はバールを振りかざし、シャッターを破壊し、店舗へと侵入していく。ガシャンガシャンというガラスの割れる音が商店街に響いている。
お父さんは、僕とマキちゃんを庇うように、コンビニの奥、トイレの方に移動すると、中に入って鍵を締めるように促した。
お父さんは、トイレの前で守ってくれているんだろう。
マキちゃんが、震えるような小さい声で、怖いねって言った。僕は何も言わず、マキちゃんの小さく震える手を握った。
とにかく、僕も怖かった。素直にこれが恐怖と言うんだろう。夜のトイレとか、お祖母ちゃん家の仏間とかの恐さじゃない。人による怖さ。お母さんが怒ったら怖い、指導の先生が怖いというのはあるけど、それとは次元が違う。僕たちの存在すらも無価値と断ずるような無視による恐怖。もし、男達の目が僕たちに向いた瞬間、彼等は極単純なロジックで、僕たちを殺しにくるんだろう。いや、それは既にロジックと言えるものではないのかもしれない。シュプランガーの六つの価値観のどこにも入らない、他者の生命、人生、価値観、将来、その全てを無視するような価値観。ただ彼等にとって面白いかどうかで、殺される気がして、怖かった。
僕の足は関節が外れると感じる程に震えていた。泣き叫びたい。でも、それをマキちゃんの震える小さな手が、微かな男らしさを僕の心に残してくれていた。それは、格好悪いところを見せたくないという、エゴなのかもしれない。けど、それだけで僕は、マキちゃんにぎこちない笑顔を向けることができた。
⋯⋯
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯⋯⋯⋯
どのくらい経ったのだろうか。
勢いよく車のドアを閉める音がして、ズンズンドォンというお腹に響く音が遠ざかっていった。
ホッとしたところで、パトカーの音が聞こえてくる。
「ねぇ、もう大丈夫なのかな?」
マキちゃんが安堵した表情で呟いた。
トイレのドアを内側からノックすると、お父さんが『出てもいいぞ』と言ってくれたから、ソッと顔をのぞかせる。
お父さんは僕たちの顔を見ると、トイレ横のジュースの冷陳のガラス扉にもたれたまま、ズルズルと腰を落として、床に座り込んだ。片手にはスマホ、もう片手にはコーラの大きなペットボトルを握っている。
後で聞いたら、もしも男達がコンビニに入ってきたら、ペットボトルを武器にしようとしてたんだって。バールVSペットボトル──絶対に勝負にならんやつだ。ん、でも、もしも叩き合いになった時に、ペットボトルに穴があいて、中のコーラが相手の顔にかかったら、目とかに入って『痛い!』って、相手が怯んでくれるのかな?でも、僕なら武器にペットボトルは選ばない。
そんな事を考えてる間にも商店街の中にパトカーが集まり、コンビニの中にも警察屋さんが入ってきた。事情聴取?ドラマとかでするやつ。僕がちょっとワクワクした感じで見てると、マキちゃんも『ねぇ、あれが事情聴取?事情聴取でしょ』って、興奮していた。さっき迄、トイレの中で震えていたのに、子供だな〜って、僕も一緒だな。
レジの前では、亮太兄ちゃんが警察屋さんと話をしている。あれが事情聴取なんだろう。
いつの間にかバックヤードから出てきていたベヴさんも、警察屋さんとお菓子の列で話をしている。あ、ベヴさんは小柄な女の人で、どっかの国から来てる留学生。どっかの国がどこの国かは、僕は知らない。前に聞いた気もするんだけど、忘れちゃったんだ。どうもさ、僕は地理に弱いみたい。国名とか県名とか覚えるのが下手なんだ。この前のテストにも出てたはずなんだけど、福島と福岡の区別がついていない。あっ、今は分かるよ。福島が九州で、福岡が栃木の上。ん~~、違うか⋯⋯。
「怖かった?もう大丈夫だからね」
声をかけてきたのは婦警さん。ちょっとエラが張ってるけど、優しそうな雰囲気を持ってる。そんな婦警さんに挨拶をして、お父さんはスマホを差し出す。『店内からですが──』と。お父さんは、ここからガラス越しに動画を撮ってたらしく、動画を渡す為に婦警さんについてパトカーの方へと歩いていった。
「格好良かったね。婦警さんて格好良いよね。私も婦警さんになろうかな。惚れちゃあ、ダメだぞ♡」
「だったら、マキちゃんも柔道するの?」
「何で?」
「だって、あのお姉さん、耳が潰れてたよ」
「柔道したら、耳が潰れるの?」
「聞いた事がある」
「あ、嫌だなぁ」
作中に出てくるプラトンのイデア論
は、この世のあらゆるものには完全で永遠のイデアが別次元に存在するという思想で、人は生まれる前にイデアに存在していたから、現世で色々なものを認識できるという思想です。




