15.我々の性格は、我々の行動の結果なり
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
「失礼します」
雅が研究室に顔を出すと、入れ替わりに出ようとする後輩達から挨拶を受けた。
奥の会議テーブルには、涼太が見飽きた漫画雑誌を退屈そうにめくっている。
「どうしたの、あの子達?」
いつもなら講義の時間で研究室に顔を出す時間ではない後輩達を訝しんで、涼太に理由を知っていたらと聞いてみた。
「下着が無くなったんだそうな」
興味なさげに口を返す亮太。
「りょ、亮太、あんた、なんてことを!」
「イヤイヤイヤイヤ、俺じゃねえよ。下着泥棒なんてしてねえよ」
「情けない!下着が盗まれたから、返してくれって言いに来てたんでしょ」
「違うって!どうしようかって聞きに来たから、警察に届けなってアドバイスしたんだよ」
「どの子よ」
「真純ちゃんだよ。飯田真純。ほら、あの小柄で眼鏡掛けた」
「ああ、亮太が可愛いって言ってた子ね」
「うっ!」
「ほらやっぱり、亮太が犯人じゃない!」
「違うって!」
「昔からそうよね。亮太はあの手の子が好きよね」
「一般的に見て、可愛いタイプだろうが」
「ええと、斉藤さんに、小溝さん、吉川さんに、そうだ、伊藤の香ちゃん」
「うっ…………」
中学以来の亮太ヒストリーを連ねると、途端に顔色を変えて小さくなっていく。
そう大体にして、亮太は小柄で眼鏡を掛けた上目使いが似合いそうな、庇護欲を掻き立てる気の弱そうな女の子と近付く事が多かった。そして、いつの間にか女の子はトンゾウ行っちゃうんだよね。でも、トンゾウって、女の子に対して淡白だから告白されても付き合う事はないんだ。んっ、でもトンゾウは高校の時、圭ちゃんと付き合ってたっけ。つまりは、女の子に興味がない訳じゃないと。友情をとったか。
それにしても、別に亮太がモテナイって事はないんだよね。実際、友達の中でも亮太が良いっていう子はいたし。亮太の好きになるタイプが問題なんだよね。亮太ってば、定期的に壊れるから。壊れるって言っても、物理的じゃなく、急に極端に無気力になったり、我が儘になったり、だらしなくなる。そんな不安定な男を、庇護欲掻き立てるか弱い女の子が耐えられる訳がないんだよ。淡々として包容力を感じるトンゾウに行くよねぇ。トンゾウって、意外とマメで空気読むし。
でも、私はこの時は知らなかった。
いつもにこやかでマメな琢三は、その手の女の子に人気。琢三に近付きたい女の子が、琢三と仲が良い亮太に相談していただけと言う事を。意外と世話焼きな亮太が、頑張って二人の仲をとりもっていた事を。
可哀想な亮太。亮太が好きなのは、ずっと雅だと言うのに。世話焼きな性格が禍して勘違いされている。
その事を私が知る事は今のところないし、知るつもりもない。
それにしても、下着泥棒かぁ。男って、下着好きだねぇ。人の使用済みだよ。ありえない。だったら、自分で買えばいいのに。意外と高いんだぞ。
でも、自分の下着を知らない人が持ってたら嫌だな。知ってる人でも嫌だけどさ。
「ねえ亮太。下着なんて盗って嬉しいの?」
「知らないって。俺じゃないから!」
「いや、そうじゃなくて。男の人って、下着に興奮するの?中身じゃなくって」
「中身って⋯⋯」
「学び舎で話す内容ではありませんね」
不意に声がした。
「「服部教授!」」
亮太の肩に手を乗せて言ってきたのは、服部教授。
小柄なお爺ちゃん先生だけど、不思議なくらい気配が無い。足音は勿論、ドアを開け閉めする音すら感じさせる事なく、いつも気が付いたら後ろにいる。そして、それを愉しんでいる風ですらある。
生徒達の一部では、その苗字から忍者服部半蔵をもじって、『半蔵爺』とすら呼ばれている。
「でも、いけませんね。下着泥棒は犯罪ですよ。自分の研究室から犯罪者を出すなんて⋯⋯」
「先生〜、違いますって。俺は『中身派』です!」
バカ亮太!何言ってんのよ。
赤面する。
赤面してしまう。
教授相手に何言ってんのよ。
でも、だよね~、普通は中身だよねぇ。下着と出来るわけないし。
それにしても、男には『下着派』と『中身派』があるんだ⋯⋯。
知らなかったよ。
──ギャアアァ
声がした。
服部教授は表情を変えて、私を見る。
声は奥から。
イブの檻のある部屋から。
慌てて奥に行くと、イブが泣いていた。
座り込んだままで天井を見つめ、流れる涙を流れるままに、両手を上下に振り回しながら、ギャアギャアと泣いていた。
泣いている?
何故?
初めての事だった。
そもそも猿は泣かない。生理的に涙を流す事はあっても、人間のように感情的に泣いたりしない。
チンパンジーだと、フィンバーと呼ばれるか細い声を不安な時にか細い声を出すこともあるそうだけど、カニクイザルは泣かない。
亮太は急いで動画を確認し、檻に入ろうとした私は、教授によって止められた。興奮状態の動物に近寄ろうとするのは間違いだと分かっていたけど、一歩でもイブに寄り添いたかった。
檻の外から観察しても、どこか怪我をしたようでもない。
動画を確認した亮太も、突然泣き出したようだと言っていた。
「何なんでしょうねえ」
やや熱の籠もった教授の声が聞こえる。
イブは泣いている。




