14.善良な私人が、善良な公人であるとは、限らない②
引き攣った笑顔を真っ赤にしたまま、挙動不審ばりに身体を揺する雅お姉さんから目を離し、横に並ぶ友達に目を向けた。
吉岡真希ちゃん。
クラスでも珍しいくらいに好き好きオーラを発している女の子。正直、あんなに特定の男子(翔くん)を好きっていうのを前面に出して恥ずかしくないのかなって思う。
そんな真希ちゃんが放課後に一人で居たから誘ってみた。他班の調べ物に付き合わせるんだけど、気持ち良く同行してくれた。
結果、この子は可愛い。
今までちゃんと見てなかったけど、目が丸くて大きい。まさか漫画みたいな『キュルン』っていう表現が出てくる目が本当にあるなんて思わなかったわ。睫毛長いし。
そんな目が、クルクルコロコロと好奇心を伴って、形を変える。キラキラだぁ。
自分でも気付いてる。分かってる。私はツリ目がちだし、あんなに表情を出すのも苦手。どちらかと言うと、いつも不機嫌系?まぁ、いいんだけどね。
だけど、こんなに可愛い真希ちゃんが、なんで翔くんを好きなんだろ?
「──で、君たちは、こんな所を歩き回ってたんだ。だったら、壁猫の空き地とかは?」
「行った」
「じゃあ、表情変えずに喋る、喫茶『暁月』のマダムロッソは?」
「知ってる」
「あ、ママが言ってた、その人、ママが小さい時から見た目が変わってないんだって」
「えっ、そうなの!」
「有名だよ。美人で百戦錬磨の雅お姉さんは知らなかったの?」
「なんか、名前が長くなってるよ…………」
「ん〜、だったら、工場横のめちゃくちゃ吠える犬とかは?」
「あ〜、知ってる。近付いただけで、大きな声で吠えるから小さい時、怖かった」
「それにね、あの犬、二十年以上生きてるんだって」
「うわぁ、怖!」
「あ、長谷さんの家の犬でしょ。あの犬、三代目だよ。毎回、親犬とそっくりな子犬が産まれるんだって、ママが言ってた」
「それなら、横綱弁当の店主は?ハゲなおっちゃんだけど、月曜日だけ髪が生えるんだってよ」
「知ってる〜。カツラじゃん。有名だよ〜」
「えっ、翠ちゃん。違うよ。あそこのおじさん、双子で、月曜日だけ弟さんが店を変わるんだって、ママが言ってた」
「へ、へぇ〜。双子なんだ」
「うん、ママが言ってたの。ハゲたお兄さんの方は釣りが好きで、月曜日はいつも釣りだって。で、弟さんは、隣町で散髪屋さんしてるんだって。月曜日の弁当の方が美味しいって噂なんだって」
「真希ちゃんのお母さんスゴイね〜」
「本当にスゴイわ」
「じゃあさ、じゃあさ、怒りのインコは?」
「知らない」
そう、知らない。真希ちゃんを見ても知らないみたい。ちょっとムキになってた雅お姉さんは、勝ち誇った顔で言葉を続けた。
「オーケストラ通りの裏手のアパートが二軒並んでる所あるでしょ。あそこにいつも窓が開いている部屋があるのよ。そこの窓辺に鳥籠があるんだけど、あまり世話をされていないみたいでね。ハゲたインコが居るのよ。そのインコがね、目を合わせると凄まじい勢いで怒ってくるのよ」
それから、雅お姉さんと別れて、真希ちゃんと二人でインコを見に行った。
場所はすぐに分かった。
二つ並んだアパートは、同じような形をしているけど古さが違う。見た感じ明らかに古そうな方は、何故か駐車場に見たことのあるエンブレムが付いた黒い外車が並ぶ。新しい方は、白い軽自動車がポツリポツリと並んでいる。目的のインコの鳥籠は新しい方に見つけられた。
「ねぇ、翠ちゃん。さっきの男の人って、雅お姉さんの彼氏かなぁ?」
そう言われて、雅お姉さんと別れた時の事を思い出す。
オーケストラ通りでスーツを着た男の人を見つけた雅お姉さんが、『ゴメンね、用事思い出しちゃった』と言いながら走り寄っていった。そして、スーツの男の人に寄り添いながら、一度振り返ると、恥ずかしそうに手を降った。
「うん、大学関係の人かな?だって、歩いていった方向って大学の方でしょ。雅お姉さん、大学生って言ってたし。大学関係の人じゃない?」
「絶対に彼氏よ。だって、優しそうな感じだったし」
「顔見えたの?」
「ううん、見えなかった。でも、白十堂のワッフルの箱を持ってた」
「白十堂かぁ。無難だねぇ。お土産には良いけど、彼女にってわけじゃないかな」
「そっかぁ」
で、インコなんだけど、錆びついた鳥籠。水の入ったプラスチックの皿は、日光でパリパリにヒビが入り、くすんだ水に幾つもの羽が浮いている。山盛りになった餌には、糞が混じる。
──ギャギギギギギギギギギギ
近付くと、インコとは思えない奇声を発して威嚇してくる。
「怖っ!」
「怖いねぇ」
少し離れると奇声は止まる。
どうも、一定の距離があるよう。
暫く見ていると、インコはこちらを気にしながらも、イライラと止まり木の上を左右に移動しながら、自分の羽根を毟り始める。
「ハゲてるね」
「うん、ハゲてる」
元々は黄色い色だっただろうインコは、ボロボロと羽根が抜かれ、痛々しい薄茶色の地肌が見えている。
「可哀想だね」
「うん、可哀想」
私と真希ちゃんの想いは一緒だった。
禄に世話をされるわけでもなく、錆びた狭い籠に閉じ込められたインコ。
その牢獄にも感じられる空間で、イライラして、どうしようもなくて、寂しくて、どうしようもなくて、怒っているんだろう。
ついつい、私たちは鳥籠の扉を開けた。
インコは飛び出すことはなく、ひたすらにギャギギギギと叫んでいる。
そのあまりにも必死な奇声に奥から人が現れる。
「何してんの!」
私たちは、捕まった。




