11.幸せかどうかは、自分次第である①
リーダーと翠ちゃんの三人で、オーケストラ通りを調査して回って解散した後、僕はちょっと鼻歌交じりで、もう少しと、学校と家の間を遠回りしながら帰っていた。
──ここ、ラーメン屋さん無くなってる。
──あれ?誰も住んでない。
──空き家になったんだ。
──駐車場があったよね。
保育園に通ってた時に使った道、記憶も薄いけど、思っていたのと違和感が半端ない。
こんな所を一年生が通るとも思わないけど、分からない、通るかもしれない。それ以前に面白い。懐かしい道がノスタルジックとデジャブを伴って、面白いと感じている。
なんか、学区の不思議な場所、危険な場所ってよりも、ただの近隣地図になってる感じだけど、気にしない。
そして、ラーメン屋跡の真新しい家の横の路地に入ったところで不思議なモノを見た。
丸?
大球?
まぁ、ちょっとよく見たら分かるんだけどね。大きな肥った人。しゃがみこんで、フェンス越しに誰かの家の庭を見つめている。
昔の探偵ドラマで、地元の刑事さんや扇子を持って『暑いですね~』と言いながらやって来る町長さんみたいなシャツ。首元がルーズで、薄くてテロンテロンで涼しそうな真っ白いカッターシャツみたいなの。開襟シャツっていうんだよね、うん、小学生では僕だけが知ってるに違いないシャツを着た男の人。
大人の人みたいだけど、ちょっと若い。大学生の人かな?
僕は、後ろからそっと、その人が何をしているのか確認した。
ただ座り込んで、お菓子──袋入りのスナック?──ポップコーンを食べながら、庭の中に繋がれている犬を見ている。
「あ〜あ、ポップコーンでも手が汚れるんだな。バターか?バターが原因なのか?」
男が指先を舐めながら呟いている。
不意に男が振り向いた。
「ん、なんだ少年、この家に用事か?」
「い、いや、ううん、何してるの?」
吃驚して質問しちゃったよ。
僕の質問に、男は家を指さして示した。
「この家さ、婆さんと犬が住んでいたんだけどよ、先月くらいに婆さんが施設に入ったんだよ。で、残されたのが、あの犬」
指先がズレて犬を指す。
「置いていかれちまったんだよな。婆さんの息子だか娘だかが餌だけは、置いていってくれてるみたいだけど」
膝下位まで伸びた雑草の向こう。
庇の下、影になった所にリードで繋がれた犬がいる。でっぷりと太った犬が、大袋のドッグフードからこぼれたドッグフードを一粒一粒舌で絡めては、口にしている。
「酷い……」
つい口から溢れた言葉を、男が拾い取る。
「な、酷いだろ。たまに見に来ているんだけどな、散歩に出された形跡はない。でもな、元々キレイ好きな犬なんだろうな、ウンチやシッコはな、動ける範囲のギリギリ遠くでしてるんだ。ほら、あの辺りだよ」
指差したのは、庭の端付近の茶色い土。
そこだけ草がなく、掘り返されたような跡が見える。
「結構長いリードみたいでな、おそらく庭の殆どの場所には行けるんじゃないかと踏んでいる」
「水は?」
「水は、ここからは見えにくいけど、家の横に水道がある。立水栓──分かるか?」
「分かる。四角い棒みたいなのに蛇口が付いてるやつ」
「その立水栓の蛇口を器用に前足で回して水を飲んでる。この間は、自分で行水してるのを見たぞ」
「行水?」
行水って、犬が自分から体を水で流すの?
普通の犬は体を洗われるのが嫌いだと聞いたことがある。婆ちゃん家のマイケルだって、体を洗われるの嫌がるんだよ。そのくせに水溜まりがあったら自分から突入するから雨上がりの散歩について行った時は、僕まで泥だらけにされるんだ。
「賢い犬だろ。だから俺はあの犬をジョセフと名付けた」
「ジョセフ?」
「ほら、昔あっただろ、テレビ番組で、名犬ジョセフってのが」
「名犬ジョセフ?」
ん~~確か、NHKで再放送してるのを観たような気がするけど、名前がちょっと違うような……。
ちなみに、NHKは、日本放送協会の略。これは、殆どの小学生でも知ってるか。
僕の疑問に気付くでもなく、男は言葉を続ける。
「それでなジョセフは、それ以外の時間、ずっとああやって一粒づつドッグフードを食ってる」
「可哀想……。他にする事がないんだね。こんな狭い世界に閉じ込められて。おじちゃんが散歩とかに連れてってあげられないの?」
「おじちゃんって……。俺はまだ二十一だ。せめて『お兄さん』と言えよ」
「ゴメン。じゃあ言い換えるね。お兄さんは散歩に連れ出してあげられないの?」
「素直だな──でも、連れ出してあげられない。人ん家の犬だからな」
「そうだよね……でも、可哀想」
言葉を無くした僕に、お兄さんは犬を見つめたままで言ったんだ。
「でもな、俺はあの犬が不幸せそうに見えないんだ」
「幸せかどうかは自負次第である」
これもアリストテレスの言葉です。
言われてみて、そうだよなぁって思う言葉ですよね。
老子的に言うと、「足るを知る」になるのかな?




