10.垣根は相手がつくっているのではなく、自分がつくっている③
中田さんが連れてきたのは、見えない壁があった空き地だった。
確か、トラ猫が見えない壁の上で寝てたって、騒がれた場所だよな。僕は見てないけど。
「噂だけど、明くんだよね。一番最初にトラ猫を見つけたの」
へ〜、知らなかった。でも、黒……翠ちゃん、僕と中田さんのことは呼び捨てなのに、田中さんのことは『明くん』なんだ。
「ここで見たんだ…………」
今まで、無言だった中田さんが──中田さんのことも下の名前で言った方が良いのかな?でも、下の名前知らないし──中田くん──これぐらいで──ん、イヤ、ここは『リーダー』くらいにしてみようかな?自転車軍団のリーダーだし──と、リーダーが言葉を洩らした。それは、いつも見る彼とは印象の全く違う姿だった。
「ここで見たんだよ──笑うネズミを」
んっ!
「ふ〜ん、それで?」
「それでって……。笑ったんだそ、ネズミが」
「鼠がチャープ音で笑うのは知られたことだし、別に可笑しい事じゃないじゃない」
翠ちゃんが、馬鹿にした目で言っている。
それにしても、鼠の笑い声はチャープ音なんだ……知らなかった。
後で調べたら、チャープ音って、人の耳では聞き取れない超音波なんだって。
「そんな事は、僕だって知ってる」
知ってんの?リーダーも知ってんの?
「調べたから。でも、笑ってたんだよ。思いっきり笑ってたんだ……」
調べたんだ。
「だからさ、アキラが一緒の班だって知った時は嬉しかったんだ。あいつ、壁猫を最初に発見した奴だろ……。だから……、あの笑うネズミも見つけてくれるかなって…………」
俯くリーダーに翠ちゃんは、呆れたように、バーカ、バーカと言っていた。
確かに気持ちは分からないでもないような気もしないではないけど、今日、田中さんは来てない。なのに何故?今日、来ちゃったの?
そんな事よりも──
僕はリーダー田中さんに近付くと、両手で彼の手を握り、全力でキラキラとした目を向けた。
リーダーは、手を取られたまま半歩後ずさりながら、『なんだよ』と反応する。
「リーダー、僕も見た」
自分でも分かっている。行動が怪しいって。普段と違う僕の行動に戸惑いながら、中田さんは言葉を返す。
「……見たって…………何を?」
「笑う鼠に決まってるじゃないか!」
「へッ……お前も見たのか?」
「ここじゃないけど」
「どこで?」
僕が塾に行く途中で見た、大爆笑する鼠の事を伝えると、リーダーも僕の手を握り、キラキラ視線を返してきた。
「友よ!」
横で翠ちゃんが白けた顔をしているけど、今は無視。リーダーと鼠の情報交換。
リーダーが見た鼠も十匹くらいが一列になって歩いていたそうだ。そして、一匹が転んで、後ろの鼠が大爆笑。
僕が見た状況と同じ。
笑う鼠がいるとして、転ぶ鼠もマストなの?あまりの似た状況に作為的なモノを感じる気もしないでもないけど、鼠が僕達にそんなアピールをする理由も分からない。
「ところで、何でリーダーなん?」
「それは私も気になった!」
リーダーと翠ちゃんが、ぼくを覗き込む。
「だって……、黒瀬さん…翠ちゃんが、『さん付け』は一年生みたいだって…………」
「……だからって、あんた、リーダーって、行き過ぎじゃない。中田くんぐらいで良いじゃない」
「……あ…………、やっぱり、そのくらいで良かったんだ……」
「リーダーか──。リーダー。ん、良いな。いいぜショウ、リーダーと呼びな」
「あ〜ぁ、バカが頭に乗っちゃった。山田のせいだからね」
意外と中田さんは上機嫌。翠ちゃんには怒られたけど、確かに目に見えない壁が無くなった気がする。
「だったらショウ、お前には『会長』の席をやるよ」
何?『会長』?何の会長?
笑顔のリーダーが、僕を会長と呼んだけど、なんか会長って嫌だ。
「副会長くらいが良い」
「だったら私は、副総裁!」
翠ちゃんは副総裁に立候補。文句言いながらも乗り気。
でも、班の班長がいないのに『リーダー』と『副総裁』と『副会長』が決まってしまったのは変と言ったけど、誰も『班長』の呼び名は嫌だって。だから、『班長』は田中さんに勝手に決定。でも、後から田中さんも『班長』はイヤということで、『副班長』に決まった。
まあ、仕方ない。
でも、これで、僕達の班はこうなった。
班名 :サンタクローセ
リーダー:中田 晋也
副班長 :田中 明
副総裁 :黒瀬 翠
副会長 :山田祥太郎
何故『サンタクローセ』かって?
三人の田と黒瀬だから。
春のサンタは、少し慌てんぼすぎるけどね。




