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第28話

少女の母は自由を欲しがっていた。

月の『表』に突き立った星条旗のように。

金持ちに身体を売って、金蔓の為に孕んだその子供を、しかし、彼女は愛してしまった。

悲しい人だった。

いつだって、彼女の心は何かに奪われていた。

自由とは程遠い人。



……。

少女と対峙した少年は、月夜に浮かぶ真白い裸身に目を奪われた。

薄らと桜色の乗った関節の色付きも、呼吸と共にゆっくり上下する乳房も、夜の闇の中で幻想的にすら思えた。

ゾッとするような美しさ。

しかし、その中で鮮やかに目を惹くのは、下腹部に刻まれた大きな古い傷跡だった。

「月の向こう側では、みんな自由を求めてました」

少年は言葉を返せない。

その白くしなやかな肢体に圧倒されて。

「この身体の全部、頭から爪先まで、全部私のものです。誰にも渡さない。誰のものにもならない。私だけのもの」

笑っているような、泣いているような、溢れそうなはち切れそうな、そんな表情だった。

「その傷、自分で?」

「……そうです」 

「良かった」

「?」

「誰かのせいだったら悲しいだろうから」

「……そうですね。自分で選んだから意味がある傷です」

『激しさ』が、『苛烈さ』が、この地球で少女を苦しめていたのだ。

優しさに触れるたび、暖かさを覚える度に。

自分が捨てて来たものの重さを理解してしまいそうで。

「朝顔ちゃんを、あの子を見ていると――」

言い淀んで、言葉に詰まる。

それは優しさだろうか、未熟さだろうか。

「痛みまで、」

言葉が溢れていた。

文脈も何も無い、抱えていた言葉達が歯止めの効かない雪崩のように溢れ出していく。

「痛みまで否定されたら、私達の人生は――月の向こうの世界ってなんだったんですか⁉︎」

ほとんど泣き叫んでいるようだった。

透明な声が、白い裸身が夜の中に震えている。

人は『痛み』の中に意味を見出さずにはいられない。

『教訓』を、『歴史』を、『強さ』を見出さなければ、失ったものへの釣り合いが取れないから。

「……帰りたい」

そんな呟きが漏れる。

…どこへ?

少女は、崩れるように闇に身体を投げた。

手を引くことは、少年には出来なかった。

月の裏側など、少年は見たこともない。

迷子の子供の、その痛みに共感するなんてことは、その少年にはできない。

迷い子の手を引くなんていう選択肢は、少年には無いのだ。

いつかの会話を思い出す。

『苦しみますよ、あなたの大事な人』。


澄んだ水面は、鏡のように月夜を写している。

身を投げる。鏡の宇宙へ溶ける。

重さの無い世界へ。

生まれ育った故郷へと。

月明かりの静かな夜。

後には、波紋を一つ残すだけ。


そのはずだった。

少年は、少女の手を掴んだ。

少女は目を見開く。

浮遊感は消えない。

一緒に、だ。

落ちて行く。

落ちて行こう。

その時、最後まで手を握って。

少年はそう思った。

ドボン、と間の抜けた音がして、月夜の水面は少年と少女を飲み込んだ。

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