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191・オノノケ①

 まるで、振りまかれた呪詛だった。

 ソドミーの一言で、漂う瘴気が濃さと暗さを増した。

 それは、己が人類の敵対者であり、恐怖をばら撒く存在なのだという宣言に他ならなかった。


「さぁ〜て! 組み合わせが決まった所で始めましょ〜〜! ほいほい、っと!」


 しゅ……おおおぉぉ〜〜……


「!?」


 シリーが(ステッキ)を振り上げると、オレの身体が黒い(もや)に包まれた。

 五体を覆うそれは、絡みつく悪意ででもあるかのようだった。


「な、なんだ、これ……?」


「だぁ〜いじょ〜ぶ。身体に害はないから安心してねぇ。さぁ、これで外に出られるわ!お二人とも! カモーーンっ!!」


 半信半疑のまま、結界に触れてみる。

 すると、何もないかのように手を外へ出せた。


「弾かれない……」


「どうやらその(もや)が、結界(これ)を無効化してるみたいだな」


「あっ! アイツはもう出てきてるわよ!」


 見ると、ソドミーはすでに結界の外にいた。ゆっくりとシリーの元へ歩み寄っている。

 振り返って後ろに声をかけた。


「よし。じゃ、行ってくるよ」


「ル、ルキト様……どうか、ご無事で……」


 心配顔のグラスに、親指を立てて見せる。

 結界を出ようとした時、隣から声がした。


「助言はいるか?」


 ビョーウだった。

 腕を組み、蒼い瞳をソドミーに向けている。


「そうだな。せっかくだからいただこうか」


「行って叩きのめして帰ってこい。わらわの分は残さずともよい」


「了解した」


 苦笑まじりに頷いた。

 なんともらしい『助言』だった。


 ボゥッ……ン……


 結界を出ると同時に、脱ぎ捨てるように(もや)が消えた。

 待ち構えるソドミーに歩み寄った。


「キキ……キキキキキイイィィ〜〜……」


 待っていたのは、笑う忌避(きひ)ーー凶々しい姿の異類異形(いるいいぎょう)だった。


「ではでは第一試合! ソドミー様vsルキト! いってみよ〜〜っ!! 」


 無邪気な悪魔が、死闘の始まりを告げる。

 両手持ちの直剣(ショートソード)を正面に構えた。


「レディ……ファイっっ!!」


 開始の合図と同時に、シリーが後ろに跳び退いた。

 構えた剣の先。両手をぶらりと下げて悪魔が立っている。

 その姿を、改めて観察した。

 腰まである赤毛のロングモヒカン。額に生えた二本の角。長く尖った耳。広い額。高い鉤鼻(かぎばな)。大きく裂けた口。鋭い牙。

 豹柄のベストと黒いひざ丈のパンツを履いただけの肌色は青白く、赤い血管が皮膚を埋めている。

 異様に長い手足と爪。細く筋張った筋肉。猫背の長身。ひと目で分かる人外の風貌(ふうぼう)

 しかし、何よりも異様だったのはそのどれでもなかった。

 不自然なまでに存在を主張する、あるパーツーー


「キキ……キ……キ……」


 カメレオンのようにせり出した、巨大な両目だった。


「さあぁ〜〜……コイよぉ〜〜……ニンゲンんん〜〜……」


 目玉が不規則に動き回る。奴もまた、オレを観察しているんだろう。


「…………」


 誘っているにもかかわらず、構えるどころか武器を持ってすらいない。

 オレを()めつけながらブラブラと両手を揺らす立ち姿が、ただただ不気味だった。


「……ん?」


 気づいた事があった。

 対峙した時から感じていた違和感の正体だった。

 誘いに乗る事ができなかった。

 姿形よりも不気味なそれを、無視できなかったからだ。


「おいおいどうしたぁ〜〜……? キキキ……エンリョはいらねぇぜぇ〜〜……」


 瘴気に混じった殺気から、明確な殺意が分かる。漲る自信から、くぐって来た場数も推測できる。

 しかし、今のソドミーを見てオレは困惑していた。

 なぜなら……


「……お前……」


 隙だらけだったからだ。闘いなど知らないど素人そのものだったからだ。

 恐怖心がない。警戒心もない。緊張感すらない。


 こいつは、なんだ?


 仮に相手が格下であったとしても、ここまで無防備でいられる訳がない。

 攻撃を躱す自信があっても、勝つ自信があっても、闘いである以上は無意識に緊張し、警戒するはずだ。

 そんな当たり前が一切ないのだ。

 リラックスしきっている姿はまるで、親しい友人を前にしてでもいるかのようだった。


「なぁんだよぉ〜〜……コネェのかぁ〜〜……ならばぁ〜〜……オレからイッテやるよぉ〜〜……」


 ソドミーが動いた。


 来る!


 緊張が筋肉を引き締めた。柄を握る手に力が入った。

 しかし、宣言したソドミーが取ったのは思いもかけない行動だった。


「キィッキキキキキキキキキィ〜〜……」


 ゆっくりと、歩を進め始めたのだ。

 笑いながら、ぷらぷらと歩き始めたのだ。

 まるで、散歩でもしているかのように。

 その間も、オレの攻撃に対する備えは一切ない。

 本当に、ただ平然と歩いて来る。


「……くっ!」


 頭の中で警報が鳴った。本能の警告を受け入れた。

 詰められた分、後ろに下がる。

 変わらずにソドミーが近づいて来る。

 その足取りに躊躇はない。顔つきにも、変化はない。

 ただ、殺意と黒い悪意だけは、一歩ごとに濃く重くなっていた。


「ビビッてんじゃねぇぞニンゲンん〜〜……ニゲてるだけじゃあ〜〜……」


 バッ!!


「!!?」


「ショウブになんねぇだろうがぁ〜〜!!」


 叫びながらソドミーが跳んだ。瞬時に距離がなくなる。広げた両手。左右から爪が襲いかかってくる。


「シャアッ!!」


「くっ!」


 ボボヒュッッ……!!


 咄嗟に頭を下げた。交差する凶爪が掠めた髪を舞わせた。オレを飛び越えたソドミーが背後に着地する。身体を反転させた。眼前に爪。ヘッドスリップ。左の貫手だった。頬から血の感触。僅かな痛み。


「ちぃっ!」


 剣を振った。がら空きの左脇腹へ。ソドミーが貫手を引いた。肘で刃が落とされる。衝撃でバランスが崩れた。背筋を走るものがあった。


 ゾクッ……!!


 悪寒が知らせてくれた。下。迫ってくる。襲ってくる。開いた悪魔の爪が。猛禽類の鉤爪が。すくい上げるような一撃。目一杯上半身を後ろに反らした。


 ザシュウウウゥゥゥーー……ッ!!


「……っぐ!!」


 後方に回転した。石床に左手を付き、バク転の要領で着地した。


「キキキ……なかなかやるじゃねぇかぁ〜〜……」


 胸元(むなもと)に目をやった。

 皮の胸当てが五本の爪でザックリと裂かれていた。もしこれがなかったら、オレの身体に刻まれていたであろう傷痕だった。

 冷たい汗が背中を伝った。


「だぁがぁ〜〜……キキキ……ヨケてるだけじゃあオレはヤれねぇぜぇ〜〜……」


 長い舌がベロリと爪を這う。血を舐める。目玉がギョロギョロと動き回る。

 実態化した怪異のように、ソドミーが愉悦を浮かべた。


「……あぁ。確かに、その通りだ」


 手を合わせて分かった。

 速度、筋力、身体能力、動体視力、そして、反射神経。

 こいつのベースは武術だ。しかし、生粋(きっすい)武闘家(マーシャル・アーティスト)ではない。

 攻撃が全て大振(テレフォン)りになっている。軌道が雑になっている。

 速度と筋力に頼っただけの、磨かれていない技術体系ーーつけ入る隙は十分にある。

 ならば今度は、こちらから仕掛ける番だ。

 一つ。深呼吸をした。


「ワカッテんならコイよぉ〜〜……オレをタイクツさせるんじゃねぇぜぇ〜〜……」


「そうだな。なら……」


 ボッッ!!


「ご期待に応えようか!!」


 踏みこんだ。右手で直剣(ショートソード)を突き出す。狙いは顔面ーー左に身体を開いて躱された。剣を引いた。同時にもう一歩踏みこんだ。拳が制空圏に入る。腰を切った。横を向いた死角。後頭部めがけて左のフックを振り抜いた。


「シィッ!!」


 ボッッ……!!


「おっとぉ!」


 ッヒュッッ……!!


 拳が空を切った。ソドミーが身体を折っている。前傾姿勢になっている。引いていた刃。切っ先を向けた。眼下にある頭を目がけて突き下ろした。


「もらった!」


 避ける(すべ)のない距離。速度。タイミング。完璧だった。確実に決まる。決着がつく。

 そう確信したオレの目が映したのはしかし、まるで違う瞬間だった。


「キヒッ……!」


「!??」


 目が合った。肩越しにオレを見るソドミーと。

 笑っていた。小さく、しかし確実に。

 鳥肌が立った。得もいわれぬ戦慄を感じた。直後、悪魔が浮かべる笑みに切っ先が届いた。


 ガッ……!


「!!?」


 ツウウゥゥーー……ッンン!!


「なっ……!??」


 剣先が直撃した。無防備な顔面に。

 しかし、伝わってきたのは刺さる刃の感触ではなかった。

 これはそう、まるで……


「ヒャハッ!!」


 ジャウッッ!!


 鋼を突いたかのような、攻撃をはじかれた感触だった。


「っっくっ!!」


 ボヒュウウゥゥゥーー……ッ!!


 背後に向かって掬い上げてきた(クロー)を、紙一重で躱した。後ろに跳び退いて距離を開ける。


「な、なんだ、今の手応えは……?」


 顔を真横にむけ、ソドミーがオレを見ていた。

 浮かべた笑みをそのままに、ゆっくりと身体を起こす。

 頭には、傷一つなかった。

 それどころか、僅かなダメージすら見て取れはしなかった。


「いぃ〜〜いコンビネーションじゃねぇかぁ〜〜……かなりタタカいナレてやがるなぁ〜〜……しかぁしそのテイドじゃあ〜〜……キキキ……」


 頬をポリポリかきながら、ソドミーが笑みを大きくした。


「オレサマはヤれねぇぜぇ〜〜……」


 剥き出しの身体は、硬度があるようには見えなかった。

 むしろ、武闘家(マーシャル・アーティスト)特有の柔軟性が攻撃の端々から見て取れた。

 しかし、突いた刃から伝わってきたのは、鉄壁の守備力ーー


「んん〜〜……? そのツラぁ〜〜……」


 貫ける気がまるでしない、絶対硬度だった。


「ナニがオキタかぁ〜〜……ワカらねぇみたいだなぁ〜〜……」


 ただ硬いというだけが理由じゃない。

 攻撃そのものを無効化されているのが、はっきりと感じられるのだ。

 もしや、これは……


「そうか……お前のスキルか……」


「キッ……! キィッキキキキキイィィ〜〜!!」


 悪魔が笑う。

 嬉しそうに。

 そして、楽しそうに。


「スルドいじゃねぇかニンゲンん〜〜! そおぉだ! これがぁ! これこそがぁ! オレサマの瘴域魔技(デビルズ・スキル)!! 悪掻恐慌愛撫(インヴァルナ・ラブ)!!!」


 顔中に自信を漲らせ、預言者のようにソドミーはいった。


「どんなコウゲキもトオサねぇ〜〜……ムテキのノウリョクだぜぇ〜〜……テメェじゃゼッテェ〜〜……オレにはカテねぇ〜〜……キキキキキイイィィィィ〜〜……」


 (うつむ)き、上目遣いでこちらを見る顔は、醜悪な笑みで塗りつぶされていた。

 ハッタリじゃない。

 あれは、あの凶々しさは、口先の言葉だけでは醸し出せない。


「どんな攻撃も通さない? 冗談よせよ。そんな能力あるはずないだろう」


 だが、ここは冷静を装い、あえて心にもない事をいった。

 奴のいう『無敵』がどういった理屈で成り立っているのか。解明できなければ戦略の立てようがない。

 そしてその正体を知るためには、口車に乗せるしかなかった。


「あぁ〜〜ん……?」


「察するに、お前のいう無敵って硬さの事だよな? そんなもん、斬る方法はいくらでもあるぜ?」


「ほおぉ〜〜う………いくらでも、ねえぇ〜〜……」


「なんなら比べてみるか? ご自慢の能力と……」


 勿体つけた仕草で、直剣(ショートソード)を持ち上げた。

 切っ先を鼻先に向け、ニヤリと笑ってやった。


「こいつの、斬れ味を」


「…………」


「っていっても、市販の安物だけどな。ま、お前程度が相手なら十分だろ」


「…………」


 この挑発を、奴は聞き逃がせないはずだ。自身の能力が不完全だと認める事になるからだ。

 そして、乗ってきたなら必ず、極端な方法で能力(ちから)を見せつけようとするに違いなかった。

 その方が、より大きく深い絶望をオレに与えられる。


「キッキッキ……オモシレぇ〜〜……ウケてやろうじゃねぇかぁ〜〜……」


 案の定、挑発に乗ってきた。

 ルーレットの時といい今といい、こいつの軽率さは致命的だ。プロメステインが呆れるのも無理はない。

 しかし、闘う側にとっては好材料でしかない。

 なんせ、少しつついただけで不利な条件を飲んでくれるのだから。


「スキなだけキリつけてこいよぉ〜〜……オレはナニもしねぇからよぉ〜〜……」


 両腕を大きく広げ、ソドミーが無防備をアピールしてきた。

 揺らがない余裕から、無敵という言葉に嘘がない事を確信した。


「無理しなくてもいいんだぜ? ハッタリだって認めた方が身のためだ」


「ノウガキたれてねぇでよぉ〜〜……さっさとヤレよおぉ〜〜……」


 しかし、それが真実だったとしても、確認できるのならやってみて損はない。

 通じる攻撃。通じない攻撃。

 本来なら闘いの中で取らなくてはならないデータを、試し、検証できるのだ。

 戦略を練る上で、これほど効率的でありがたい事はなかった。


「ふ〜ん。じゃ、お言葉に甘えるとしようかな」


 ここまでは、思惑通り。

『己の能力をナメてかかっている人間』を演出できるよう、あえて軽い口調でいった。

 しかし、内心は違う。

 ナメてかかれる要素なんてなかった。

 油断できる要素もなかった。

 何より、悪魔(ヤツ)無抵抗(ことば)を信用する理由など、少しもなかった。


「遠慮なく、行かせてもらうわ」


 直剣(ショートソード)を両手で握り直す。スタンスを広く取り、腰を落とす。

 まずは、斬撃だ。

 剣がどこまで通用するのか。あるいはまるでしないのか。

 どの部位なら通用するのか。あるいはそんな箇所はないのか。

 反撃がある前提で立ち回る必要がある。まかり間違えば、カウンターの一発で瞬時に勝負がついてしまう。罠に嵌めたつもりが、嵌められる側に回ってしまう。

 それだけは、避けなければならない。


「すぅ〜〜……はぁ〜〜……」


 呼吸を整えた。

 気を整えた。

 瞳に映った。

 ソドミーの笑みが。オレを嘲笑う顔が。


 上等だ。


 すぐに変えてやる。

 そのにやけヅラを、泣きっツラに。

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