192・オノノケ②
向けた刃は、確かに発していたはずだった。
剣気と、殺気。
斬る意志と、殺す意志。
その両方を受けて見せるといったソドミーの能力。絶対の自信。
はたしてそれが本物なのか。
ヒュッッ……!!
真相を、暴いてやる。
「はぁっ!!」
まずは挨拶代わりの一撃。右手の力を緩める。左手に意識を置く。背中まで振りかぶった直剣。腰を入れて袈裟懸けに斬りつけた。
ガッ……ギンッッ!!
「!?」
固い音と共に弾かれる。右へ加重した。腰を切る。左から水平に胴を薙いだ。
ギキンッッ!!
同じだった。防がれた刃が表皮を滑っただけだった。
「しゅっ!」
ならば首だ。
脇を締めた。下半身で生み出した力を剣先に乗せる。体幹を連動させる。直剣を水平に繰り出す。目前に斬撃が迫っても、ソドミーは微動だにしない。それどころか、刃を見てすらいなかった。
ガギュンッ!!
身体と変わらぬ手応え。見る必要すらない攻撃、という訳か。
「斬って駄目なら……」
刃を引いた。もう一つの剣技。刃先を前に向けた。脱力。柄を柔らかく握る。包みこむように優しく。イメージした。流れる軌道。淀みのない連撃。ヴェルベッタの剣筋ーー閃光の突きを。
「シッッ!!!」
ボボボボボボボッッ……!!!
ソドミーが笑っている。微動だにせずに。刃が襲いかかる。棒立ちの身体に。真っ直ぐ走った七つの突き。
しかし……
ギキキキキキキイイィィィーー……ッッン!!!
「!!?」
やはり貫けはしなかった。全てが弾き返され、耳障りな音を立てただけだった。
「ちっ!」
いったん距離を開ける。ニヤつき顔でソドミーがいった。
「キキキ……どぉおしたぁ〜〜……もうオワリかぁ〜〜……?」
「んなわけ……」
再度踏みこんだ。
残る検証箇所はここだけーー大きくせり出した目に狙いを絞った。
「ねえだろっ!!」
ブォッッ!!
ギュキイィ……ッン!!
「……ッキ!!」
「やっぱり、駄目か」
柔らかいはずの眼球が、直剣の直撃に耐えるのだ。視覚と触覚の乖離で、脳がバグりそうになる。
斬撃は通じない。
ならば、次の手だ。
「キィ〜〜ッキキキ!! ムゥ〜ダァ〜だってのがぁ〜〜ワカラね……」
「ついでだ。もう一つ食らってみてくれ」
ダンッ!!
「!??」
踏みしめた。ソドミーの右足を。固定した。身体が浮かないように。
「極武蜃氣流、蹴技、剛式!」
ボゥッッッ……!!
闘気をこめた右掌底が熱を帯びる。顎に向かって真下から突き上げた。
ブォッッ……!!
「裏錨楔……!」
ゴッッッ……!!!
「剥離血花!!!」
ッッバアアアァァァーー……ッッンンン!!!
破砕の血錨が死の花を咲かせた。
掌底で脊椎から引き抜いた頭蓋骨内部を、さらに壊す裏の技。
ソドミーの頭が、闘気の爆発で紅に包まれる。
「どうだっ!?」
もうもうと上がる煙が顔を覆っていた。
表情が見えなかった。
リアクションもなかった。
しかし、やがて聞こえてきた……
「キ……キキキキキィィ〜〜……」
「!?」
低く笑う声が、全てを教えてくれた。
「ちっ……これも利かないか……」
外側が駄目なら内側ーーしかし、それすらも無効化されている。
体内に直接衝撃を加えても効果はない。関節技で関節を外す事もできない。
どうやら、物理全般が通用しそうになかった。
「おいおいおぉ〜〜い……なんだよこりゃあ〜〜……ハナビならホカでやれよぉ〜〜……」
うざったそうに手で煙を払いながら、ソドミーがニタリと笑った。
本来なら顔中から吹き出すはずの血が、ただの一滴すら出ていない。
剥離血花の直撃に笑って耐えた奴なんて、初めてだ。
「でぇ〜〜……? まだやるかぁ〜〜……?」
「……いや。物理攻撃はもういいや」
「キィ〜〜ッキキキキキキ!! アキラメがついたようだなぁ〜〜!! んじゃあコンドはぁ〜〜……オレのバ……」
「迸れ終世の黄光、死に逝く者の嘆きが如く……」
……キッ……
「……ン?」
「グレイン・ゼルガ・ギグ・ジルガ……」
……ィィ……ィ……ィイイ……
「すまない。オレは諦めが悪いんだ」
イイイイイーーッッ……!!
「まだ切ってないカードがあるんでなぁっ!!」
両手を突き出し呪文を完成させた。
集まり輝く灼光が、熱量を増して解放を待つ。
「光流……」
キュッッッ……!!
笑う悪魔を焼却し、滅殺するために。
「熱却焦破!!」
……ッッッオオオオォォォォォーー……ッッ!!!
「……キヒッ!!」
ドオオオォォォォーー……ッッン!!!
突き出した両手から、高密度に圧縮された光が奔った。
放出されたのは、大気にすら穴を開ける超々高速の魔力光線ーー避ける事も防ぐ事も不可能な、必中必殺の攻撃魔法。
「……ッキキキキキイイィィ〜〜……!! タイソウなマホウじゃねぇかぁ〜〜……だぁ〜〜がぁ〜〜……」
「!!??」
しかし、光流熱却焦破の威力を理論上の話にしてしまう力ーー
「メクラマシにしかならねぇなぁ〜〜……」
それが、悪魔の悪掻恐慌愛撫であるらしかった。
「サイショがハナビでコンドはテジナかぁ〜〜……? でぇ〜〜……? ツギはナニをミセてくれるんだぁ〜〜……?」
あると思っていた反撃すらせず、ヘラヘラ笑って煽るだけ。本当に無抵抗で、全ての攻撃を受けるつもりでいるらしい。
斬撃・打撃・関節・魔法。ここまでの検証で、直接的な攻撃は全てシャットアウトされるのが分かった。
後は、唯一残った可能性……
「そうだな。水芸なんてどうだ?」
「はぁ〜〜……? ミズゲイぃ〜〜……?」
致命的な環境の変化にも耐えうるかどうか、だけだった。
「ロルベイン・キーリオ・クーンド・ルァルオスタ!」
パンッ!!
ヴォッッ……ン……!!
「!!?」
詠唱の開始と同時に、両手を強く打ちつけた。
ソドミーの足元、石床の上に巨大な魔法陣が現れる。
「母なる死海は生命を抱き! 揺らし、守り、育み、逆巻き、荒ぶり、満ちて、再び還す!」
ズ……ズズズ……
古代語を紡ぎながら、合わせた手をゆっくり開いていく。
魔法陣が数を増し、二層、三層と重なっていく。
ズォンッ!!
ズォンンッッ!!!
「あ〜〜ん……? なんだぁこりゃあ〜〜……」
「 汝、邪に濡し咎人よ! 断罪の揺籠を手繰り寄せ! 無垢ならざる魂を贖罪の祈りに捧げよ!!」
ズオオオォォォーーッッ……!!!
さらに数を重ねて完成した四層からなる積層型立体魔法陣が、ソドミーの全身をすっぽり覆い尽くした。
そして、魔力の高まりと共に青く強い輝きを放ち始めた。
「キキキ……ナニしてもムダだってのによおぉ〜〜……ゴクロウなこったぜぇ〜〜……」
「そういうなよ。せっかく蒼い楽園に招待してやろうってんだからさ」
「はぁ〜〜……? ラクエンだぁ〜〜……?」
「お代は見てのお帰りってな。せいぜい……」
徐々に、魔法陣内が歪み始めた。
それは、完成した術式が異なる二つの世界を共鳴させ、重ね、繋げた証。
そしてーー
「楽しんで来てくれっ!!」
オオオオォォォォォーーッッ……!!
開いた異界の扉から、蒼く深い死が手を伸ばす。
「海胎柩籠!!!」
ゴポッッッ……ンンン……!!!
『ッ!!???』
積層型立体魔法陣の内部が、蒼い水で満たされた。
いや、正解には、空間が入れ替わったのだ。
今ヤツがいるのは異界の海ーー水深十万メートルの海底だ。呼吸ができないのは無論、全身に一万気圧以上の水圧がかかっている。
これは、一平方センチメートルあたり約十トンの荷重が身体を押しつぶしている状態で、陸上生物が耐えるのは不可能な極限環境だ。
例え悪魔といえども、生息し続ける事はできないだろう。
『……ゴボッ!? ……ガボボボ……ッッ!!?』
これでノーダメージはあり得ない。生物である以上、生命活動の維持に呼吸は必要不可欠だからだ。
事実、パニックを起こしたソドミーからこれまでの余裕は消えていた。
必死の形相で頭を振り、せり出した目玉が驚愕に動き回り、狂ったように手足をバタつかせている。
『ガボボッ!! ゴポッ……ゴボボボボッッ……!!』
「足掻いても無駄だよ。その柩からは出られない」
全ての生命は母なる海の胎内に宿り、死して再びその身に還る。
ゆえに海とは、幼き日の揺り籠であり、終の柩でもあるのだ。
それを顕現させたのが、この海胎柩籠。
すなわちーー
「五体は水圧に耐えられても、呼吸ができなきゃ生きていられないだろ?」
生命ある者を死につかせる、安息の呪文。
そして、魂を無垢に還す浄化の魔法だった。
「……ゴボォッッ!! ……ゴボボボボボオォォ〜〜ッッ……!!!」
必死で水をかくソドミーから目を切った。
ぽかんと口を開け、見開いた目を深海の柩に向けているシリーに声をかけた。
「この勝負、オレの勝ちだ。文句はないな?」
「はぇ〜〜……スゴいのねぇキミぃ〜……ソドミー様があんな一方的にヤラれるのなんて初めて見たよぉ〜」
「そんな事はどうでもいい。勝ちを認めるかどうかって訊いてるんだ」
「勝ち? 誰が?」
「オレがだよ。見れば分かるだろ」
「ううん。全然わからない」
こちらに顔を向けたシリーが、にっこり笑いながらいった。
仲間の危機に動揺している様子はない。
それどころか、この展開を楽しんですらいるかのようだった。
「……なんだと?」
「いったでしょ? これは殺し合いだって。どっちかが死ぬか戦闘不能になるかしなきゃ、勝負は終わらないの」
「あのザマで続きができるか。よく見てみろよ」
「キミこそ、よく見たら? ソドミー様のザマとやらを、ね」
「……まさか……」
「……キキ……キ……」
「!??」
「キキキキキキキ……」
「ほら。終わってないでしょ♥」
目を疑った。
ソドミーが笑っていたのだ。
大いなる死に揺られているはずの顔が。
蒼い絶望に抱かれているはずの貌が。
邪悪な笑みを浮かべていたのだ。
「……馬鹿な……これも効かないっていうのか……」
『ヒカリだろうがミズだろうがカンケエねぇんだよぉ〜〜……マホウでウミダシたコウカそのものがキカねぇんだからなぁ〜〜……』
これまでと同様の余裕を見せつけながらソドミーがいった。
邪な顔に、愉悦をベロリと貼りつけながら。
『ヒトシバイうってやっただけでまんまとオドリやがってよぉ〜〜……このテイドでオレサマがヤれるワケねぇだろうがああぁぁぁ〜〜……キキキキキィィ〜〜……』
身体が硬直した。
驚愕ゆえに。
そして、それ以上の疑問ゆえに。
百歩譲って、物理攻撃が効かないのは分かる。魔法を無効化できるのも分かる。
しかし、酸素の供給を断たれて生きていられる身体って、なんだ?
「ここまでいくと、悪魔ってより物怪の類いだな……」
こいつの能力は、生命の定義そのものを否定している。世界の理そのものを無視している。
いわば、神の領域に在る力ーー冷たい汗が頬を伝った。
「呼吸器系にダメージが通らないなら、神経系も駄目か。となると、毒や状態異常も効きそうにないな……」
『キイイィィ〜〜ッキキキキキイィィ〜〜!! アタリマエだろうがぁっ!! どんなブキも! ワザも! マホウも! ジュツも! ノロイも! クスリも! ヘイキですらキカねぇんだよぉっ!! イッてんだろぉ!? ムテキだってなあぁぁ!!』
大口を開け、悪魔が笑う。耳障りな声が神経を逆なでする。
「!!? ……そうか……」
今になって気づいた。
ソドミーと、会話ができている事実に。
つまりこれは、奴の身体が魔法の影響を受けていない証といえる。
「そういう事か……」
ようやく解明できた。
『無効化する事』じゃない。
ソドミーの瘴域魔技、その正体とは……
「攻撃を……届かないようにする能力、って訳か……」
『ようやくキヅイタかマヌケヤロォ〜〜……! キキキキキキ……!!』
一度は納めた不快な笑いを、再びソドミーが漏らし始めた。
『そぉ〜〜さ! ナニをしてもこのカラダにはドドかねぇ! イッサイのコウゲキがなぁ! テメェはただ! オソれ! オノノき! ナイて! ワメイて! アガいて! ゼツボウしながら! ブザマにシにゃあいいんだよおおおぉぉぉぉ〜〜っっ!!!』
「ふざけやがって……なんて理不尽な能力だ……」
「そりゃあそうだろぅ〜〜……キキキキキイィィ〜〜……』
甲高い声が、邪悪に響いて勝利を宣言する。
思わず吐き出したオレの言葉を受けて、高笑いを含み笑いに変えてソドミーがいった。
『“理不尽なソドミー”……それがオレサマのぉ〜〜……歪名なんだからよおおおぉぉぉ〜〜……」




