190・隠し扉の三悪魔
オオオオォォォォォ〜〜……
そいつらを目の当たりにしてすぐ、漏れ出す『気』の正体が分かった。
異質な気配、異質な声、そして異質の存在感。
発しているのは魔力でも妖気でもない。
魔族だけが纏う異界の暗黒ーー瘴気だ。
『そんなトコにつっタッてないでよぉ〜〜もっとハイッてコイよおぉ〜〜……』
悪魔が誘う。黄泉の部屋から。
何があるか分からなかった。そもそもここが現世かすら怪しかった。
しかし、今は進むしかない。誘いに乗るしかない。
背後に目をやった。ロメウが、マリリアが、グラスが、そしてビョーウが、揃って頷いた。
頷き返す。そして、踏み出した。
と、それが合図だったかのように照明がついた。
照らし出されたのは、何もない広大な円形の大部屋。
そして……
「キキ……キキキキキィ〜〜……」
フードとマントで全身を隠した、三人の異形だった。
その内の一人、右端で笑っている悪魔が指を鳴らした。
ゴ……ゴリ……
「えっ!?」
ゴリゴリゴリゴリゴリ……
「と、扉が、閉まって……!?」
マリリアの声に、擦れる石の音が重なる。すぐに、退路を塞がれたのが分かった。
ゴオオォォ……ンン……!!
「あ〜〜ぁ……ニゲられなくなっちゃったぁ〜〜……こりゃオワッタなぁ〜〜ニンゲンん〜〜……キキキキキ……」
語尾を伸ばすしゃべり方。金属を擦り合わせたような笑い声。煽るようないい回し。いちいち不快な奴だった。
しかし、それを補って余りある危険な気配に、本能が警告を発しているのが分かった。
気づけば、剣を握る手にじんわりと汗が滲み出していた。
「……お前らが、ここの守護者か?」
違うのは分かっていた。迷宮核が操れるのは知能の低いモンスターまで。魔族を使役できるはずがない。
しかし今は、情報が欲しかった。
迷宮核の在処。守護者の居場所。こいつらの立ち位置。目的。そして、あの男と呼ばれていた謎の人物。
あまりにも不確定要素が多すぎる。このまま闘うのは得策ではない。
探りを入れるための愚かな質問ーー返って来たのは、侮蔑混じりの返答だった。
「……キ! キィッキキキキキィ〜〜……!! このオレがイシコロのミハリぃ〜〜? んなワケねぇだろバァ〜〜カ!!」
予想していた通りの反応だった。
過剰にマウントを取りたがるこの手のタイプは、常に相手を見下している。舐めてかかっている。
ゆえに、手の内を隠すという意識がない。情報を明かさないという考えもない。
強者であるがゆえの奢りーー後は水を向けてやるだけで、ベラベラとしゃべり出すだろう。
「違う? なら、どこにいるんだよ」
「どこにもいねぇよマヌケヤロォ〜〜……さっきテメェらでヤッちまっただろうがぁ〜〜……」
「……そうだったのか。あのガラナマダラ、エリアボスじゃなくて守護者だったんだな……じゃあ、お前らはなんなんだ? こんな所で何をしている?」
「マッテんだよぉ〜〜……オマエらニンゲンをコロシまくれるスペシャルイベントのぉ〜〜……カイサイをなあぁ〜〜……」
「なんだと? それはどういう……」
「余計な事をしゃべるな、ソドミー」
口にしかけたオレの問いが、途中で遮られた。
強い口調で釘を刺したのは真ん中にいる悪魔だった。
「軽率に過ぎるぞ。貴様の悪い癖だ」
「オイオイオイオイぃ〜〜……カタすぎるぜプロメステインん〜〜……どうせコイツラはシヌんだからよぉ〜〜……ナニをいおうとモンダイねぇってぇ〜〜……」
「黙して語らざるを以て秘匿とす。舌をぴったり下顎につけ、口を閉じろ。さすれば沈黙以外、何も出てはこぬ」
「おタノシミがナクナッちまったんだぁ〜〜……ちょっとトークするくらいカンベンしろよぉ〜〜……なぁ〜〜? ニンゲンん〜〜……」
口元を歪めたソドミーが、オレに同意を求めてきた。
諦めたように、プロメステインが頭を振った。
「ちなみに、そのお楽しみってのはなんだったんだ?」
「あのヘビからニゲマワるオマエらのぉ〜〜……ヒッシなツラだよおぉ〜〜……キキキキキ……」
パックリ開いた口から嫌らしい笑いがこぼれる。
覗いた舌が、生き物のようにチロチロと動いていた。
「アホどもがナキながらションベンちびるのを見たかったのによぉ〜〜……まさかコロシちまうとはなぁ〜〜……キキキ……ヨソウガイだったぜぇ〜〜……」
「そいつはすまなかった。ゲス野郎の悪趣味に付き合ってやれなくて」
大袈裟に肩をすくめて見せる。挑発に、ピクリと反応が返ってきた。
「……あ?」
「他人の小便が見たかったとはな。悪魔ってのはみんな、お前みたいに変態なのか?」
「……なぁ〜〜んかぁ〜〜……ムカつくなぁ〜〜……オマエェ〜〜……」
「奇遇だな。オレもそう思ってたとこだよ」
「キキキ……いぃ〜〜いだろおぅ〜〜……イケンがアッたトコロでハジメるとしようかぁ〜〜……コロシアイをよおおぉぉぉ〜〜〜っっ!!」
ヴォンッッッ!!!
「!!??」
ソドミーが右腕を上げると、オレ達と三悪魔がそれぞれ光に包まれた。
禍々しく赤いそれに、五体が拘束されたような感覚を覚えた。
「な、なにこれ、結界!?」
「……妙な感じだぜ……まるで、赤い光が身体に纏わりついてくるみてぇだ……」
「この世のものではありません。これは、魔界の『瘴気結界』です。身体能力を低下させる効果があります」
「…………」
バチュンッッ!!
無言で振ったビョーウの手刀が、結界に弾かれる。揺らぎすらしない所を見ると、中から破るのは難しそうだった。
「……くだらぬ真似を。で? ここからどうするのじゃ?」
「まさか、にらめっこで決着をつけようってんじゃないだろうな?」
「そうアワテんなってぇ〜〜……ナニごとにもジュンビってモンがあるだろうがよぉ〜〜……」
……ズ……
「……ん!?」
ズズズ……ズズズズズ……
「なに!? 黒い渦が出来てくわ!?」
「なんじゃあれは」
「空間転移です! 誰かが来ます!」
「チッ! 新しい敵のお出ましって訳か!?」
「アンシンしろよニンゲンどもぉ〜〜……アイテはオレがたっぷりしてやるからよぉ〜〜……アリャあただのモリアゲヤクだぜぇ〜〜……」
見る間に大きくなっていく黒い穴の中で、何かが動くのが見えた。
やがて、染み出すように姿を現したのは……
「ハッロおぉ〜〜エブリバディ〜〜!! オールイン・シリーのギャンブルターイム!! はっじまっるよおぉ〜〜!!!」
バニースーツを身に着けた金髪の少女だった。
場違いなテンションで、手にした杖を掲げてポーズを決めて見せる。
「バ……バニーガール……?」
「なんだってまた、あんなのが……」
「ルキト様、彼女は……」
「うん。気配が黒くて重い。人間じゃないな……」
「四人目の悪魔か。助っ人を呼ぶとは、口ほどにもない連中よのう」
「ノンノンノ〜ン。違うよぉ〜おネエさん。あたしはただの立会人。この遊戯を盛り上げるための……ね♥」
シリーがぶらぷらと歩いて来る。杖をくるくる回しながら、ソドミーに声をかけた。
「で? 遊戯の内容はどうします?」
「タイマン・ルーレットだぁ〜〜……オレらとヤツらでなぁ〜〜……」
「ベットは?」
「おタガイのニクタイとぉ〜〜……タマシイだよぉ〜〜……」
「了解。プロメステイン様とルルルゾ様も、それでいい?」
「……好きにしろ」
「わ、わたしは……ぁの……」
「オッケー♥ じゃ、負けたら肉と魂をいただくって事で。ならば早速、は〜じめ〜る……」
「ちち、ちょっと! 待ちなさいよ!!」
「ん?」
勝手に進む物騒な話に、マリリアがストップをかけた。
上げかけたシリーの右手が途中で止まる。
「どったの?」
「どうもこうもないわよ! 肉体と魂を賭けるってなんなのよ!?」
「そのままの意味よ? 闘って、勝てればクリア。負けたら魂ごと身体をあたしに差し出すの。簡単でしょ?」
「か、勝手に決めないでよ! こっちは了承してないじゃない!」
「勘違いしてない? お嬢ちゃん」
すっと、シリーが目を細めた。
尖った耳を除けばあどけない少女にしか見えなかったが、赤い瞳には魔族特有の狂気が宿っていた。
「あなた達に拒否権はな〜いの。いやだっていうなら仕方ない、ず〜っとそこにいてもらうだけ。死ぬまで……ね♥」
「め、めちゃくちゃじゃない、そん……!」
「やめとけ、マリリア」
「ルキト!? まさか、受けるつもりじゃないでしょうね!?」
「奴のいう通りだ。どうやらオレ達に選択権はないらしい」
「だ、たからって……!」
「案ずるな。勝てば良いだけの話よ。小悪魔の三匹や四匹、瞬きする間に屠り去ってくれようぞ」
ビョーウの顔に、凶悪な笑みが浮かぶ。
それを見たソドミーが、キキキ……と小さく笑った。
「イセイがイイのはケッコウだけどよぉ〜〜……アンタのデバンがいつクルかはワカラねぇぜぇ〜〜……」
「出番? 分からない? どういう意味じゃ」
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜!! それを決めるのがあたしなの! これでねぇ〜〜!!」
ボボンッ!!
シリーが、杖を大きく振った。頭上に二つのルーレットが現れる。
片方にはソドミー、プロメステイン、ルルルゾの名が、もう片方にはオレ達の名が、それぞれ記入されていた。
「死のギャンブルを強制実施する瘴域魔技、『博戯依存狂』!! 気になる今回の死亡遊戯はこれ! タイマン・ルーレットおぉぉ〜〜っ!!」
「タイマン……って事は……」
「お察しの通り! 闘えるのは両陣営から一人だけ! 手出し無用! ご意見無用のデスマッチ! どっちかが全滅するまで心置きなく! 殺し合っちゃってくださぁ〜〜いっ!!!」
満面の笑顔で、ウサギのようにシリーが飛び跳ねた。愛らしいはずの仕草が、たまらなく凶々(まがまが)しかった。
「エラばれたヒトリだけがシリーのケッカイからデられるルールでなぁ〜〜……ノコッたヤツらは……キキキ……ナカマがナブられるのをミテるしかねぇ〜〜……ユビをクワえながらよおぉ〜〜……」
数の上ではこちらが有利ーーしかし、個人戦となれば話が変わってくる。
ルーレットの当たりをオレかビョーウが全て引ければ問題はないだろう。
だが、グラス、マリリア、ロメウが当たった場合、魔族と一対一で闘わなければならなくなるのだ。
現状の戦闘力を見たかぎり、三人には荷が重すぎる。
「つってもこっちはオレがデルんだけどなぁ〜〜……ヒトリづつジュンバンにヤッてやるからよぉ〜〜……」
「……いいだろう。相手になってやる」
どうやら、ソドミーはルーレットを操作する気でいるらしい。
好都合だった。
交渉の材料が手に入ったからだ。
「ただし、一つだけ条件を飲んでくれ」
「あぁ〜〜ん……? ジョウケンだぁ〜〜……?」
「闘るのはオレとビョーウだけだ。残り三人はルーレットから外してほしい」
「はあぁ〜〜……? なんでそんなコトしなくちゃなんねぇんだよぉ〜〜……」
「お前も不正する気なんだろ? なら、このくらいは譲歩するのが筋ってもんだ」
「なるほどぉ〜〜……タシカにイチリあるなぁ〜〜……だぁがぁ〜〜……キキキ……ダメだなぁ〜〜……」
「ダメ? なんでだ」
「それじゃあゼンインをヤレねぇだろうがぁ〜〜……タノシミがヘッちまうじゃねぇかよぉ〜〜……」
「三人とは改めて闘ればいい。オレ達二人に勝てたらな。もっとも……」
口元をつり上げ、冷笑を浮かべる。たっぷりと蔑みの籠もった言葉を投げつけてやった。
「自信がないってんなら話は別だ。尻尾を巻いてお仲間の尻にでも隠れとけよ、変態野郎」
「……キ……キキキ……」
プライドの高い魔族が、人間に見下されて平静を保っていられる訳がない。
ましてやあの性格だ。
この侮辱を、奴は見過ごせないはずだった。
「い〜〜いだろぅ〜〜……ミエミエのチョウハツだがノッてやるよおぉ〜〜……シリー!!」
「はいはぁ〜い! まずは、ソドミー様対ルキト・ビョーウコンビって事ね? ほい、っと!」
シリーが杖を一振りした。ルーレットから三人の名前が消え、新たに十分割されたスペースにオレとビョーウの名が五つづつ、交互に表示された。
「これでマンゾクかぁ〜〜……ニンゲンん〜〜……」
「あぁ。問題ない」
「キキ……ハジめろぉ〜〜……シリーぃ〜〜……」
「了解でっす! それじゃあ行っきまっすよぉ〜〜! アー・ユー・レディ!?」
高く掲げられた杖が、頭上でくるくる回る。
それはまるで、漂う瘴気をかき混ぜて、空間そのものを汚染しようとしてでもいるかのようだった。
「タイマン・ルーレット!! スッタァトぉ〜〜っ!!!」
バッッ!!
勢い良く杖が振り下ろされた。
同時に、二つのルーレットの外周で光が回り始めた。
パパパパパパパパパッッッ……!!
不安げに見上げていたマリリアが、オレとビョーウに向き直っていった。
「ね、ねぇ。本当に大丈夫? 二人だけで……」
「むしろ、二人もいらぬわ。わらわだけで十分じゃ」
「どのみち俺達じゃ、魔族相手に一対一はできねぇ。いい交渉だったぜ、ルキト。すまないが、ここはビョーウとお前にまかせる」
「……奴らからは得体の知れない不気味さを感じる。もし万一があったらその時は……オレ達に構わず逃げてくれ」
「ル、ルキト様、そのような事を……」
「もちろん、負ける気はない。だけど、不測の事態には備えておいて欲しいんだ。グラス。この結界を破れる?」
「じ……時間をかければ、なんとかなると思いますが……」
「なら、準備しておいて。奴らに気づかれないように、ね」
「わ、分かりました。お任せください」
「見て! ルーレットのスピードが……!!」
マリリアの言葉に頭上を見上げた。
回る光が、今にも止まりそうな程に勢いを失っていた。
「くくく……さぁて、どちらが選ばれるかのう……」
オレか、ビョーウか。
誰もが固唾を飲んで見守る中、死にゆく者のように速度を落とし、そして、命を弄ぶ悪魔の意志が選択したのはーー
「キッキキキイィィ〜〜……! サイショのイケニエはキマったみたいだなぁぁぁ〜〜……」
オレの名だった。
「ルキト様……」
「大丈夫。任せといて」
「ゆ、油断しちゃ駄目よ? なんかアイツ、気味の悪いヤバさがあるわ……」
「あぁ。一筋縄じゃいかなそうだぜ」
「ふん。つまらぬ」
ビョーウの顔にあからさまな不満が浮かぶ。
対照的に、悪魔陣営からは歓喜の声が聞こえてきた。
「キキキキキイイィィ〜〜ッ!! まずはクソナマイキなオマエからだなぁ〜〜! せいぜいオレをぉ〜〜! タノシマセてくれよおぉぉぉ〜〜っ!!」
バッ!!
ソドミーがマントを脱ぎ捨てた。
姿を晒し本性を露わにしたその貌に浮かんでいたのは、悪魔の愉悦。
瞳を狂気でギラつかせーー
「さあぁ〜〜……ゼツボウのジカンだぜニンゲンん〜〜……ゾンブンにオソレろぉ〜〜……そしてぇ〜〜……」
異界の殺戮者が、黒い声音でいった。
「オノノケ」




