189・The Gold Experience
女神草189・The Gold Experience
《3章》白い天使のいる風景
189・The Gold Experience
まばゆい光で、目が眩んだ。
広い部屋をすみずみまで満たしている光源の正体は、一目瞭然だった。
「驚いたな……なんだ、ここ……」
「宝物庫……でしょうか……?」
「にしても異様だぜ、こいつぁ……」
「ふん。悪趣味じゃのう」
「スゴイいスゴいスゴいっ! 見てよこれ!!」
部屋に踏み入ったマリリアが、両腕を広げて振り向いた。興奮に顔が上気している。
気持ちは分かった。
なぜならオレ達がいたのは、金銭的価値がどれくらいになるのか見当もつかない、お宝の中。
「全部、金よっ!!」
天井から壁、床にいたるまで、全てが黄金でできた部屋だったのだ。
それだけではない。
中央には、これも黄金で造られた巨大な騎士像があった。三〜四メートルはあるだろうか。身体の前でついた剣に両手を置いて、仁王立ちしている。
そしてその周囲には、十個の宝箱が並んでいた。こちらも全て金製で、美術品としての価値は計り知れないだろう。
「換金したらいくらになるのよ!? 一生遊んで暮らしても使い切れないわっ!!」
「ちょっと落ち着けよ、お前は」
マリリアの興奮は、ごくごく自然な反応だろう。お宝の山どころか、お宝の内部にいるのだ。一攫千金を狙って身体を張る冒険者にしてみれば、夢のようなシチュエーションだ。
しかし、今はそれを素直に喜べない。違和感と警戒心。この二つが、黒雲のように心中を満たしていたからだ。
「迷宮核も守護者も出てきてないんだぞ? その前にご褒美があるなんて変だろうが」
「そ、そこはほら……前払いってやつ?」
「んなわけあるか」
「……いや、マリリアのいう事も、あながちズレちゃいないかもしれないぜ」
そういったのは、床に手をついたロメウだった。どうやら、黄金が本物かどうかを調べていたようだった。
「どういう事?」
「これだけのお宝だ。一部を持って帰っただけで十分な成果になる。危険を冒してこの先に進まなくても、な」
「……そうか。なるほどね……」
「侵入者を追い返すための手打ち金って意味が、この部屋にはあるのかもしれん」
「先に進む気を削ぐと考えれば、強固な防御結界が張られているようなものかもしれませんね……」
「物欲を利用して造られた結界、か。人間の心理をそこまで理解してるとしたら、ちょっと異常じゃないか? ここの迷宮核」
「あぁ、異常だ。そこまでの計算を迷宮核がしてるとすれば……だがな」
眉間に皺を寄せ、ロメウが右目を細めた。厳しく引き締まった表情は、この先に潜む脅威を見据えているかのようだった。
「なら遠慮なく! いただいていきましょうよっ!!」
しかし、漂う不穏な気配も今のマリリアには関係ない。キラキラと輝く瞳は、映した黄金の色に染まりきっていた。
すぐにでも床を引き剥がし始めかねなかったが……
「いや、回収は後にしとこうぜ。全部終わってからのお楽しみだ」
「えぇ〜! なんでよぉ〜!!」
「お前なぁ……金塊を抱えたままで先に進むつもりなのか? 」
「う”っ!」
流石にそれはできなかった。
攻略半ばの迷宮で、余計な荷物を増やすわけにはいかない。当然といえば当然の理由だった。
「テンションが上がるのは分かるけど、優先すべきは依頼の達成だろ。目的を間違えるなよ」
「それは……分かってるけどさ……」
「そうしょげ返るなって。これだけの量だ。どのみち俺達だけで全部は持ち帰れねぇ。日を改めてからまた来りゃあいいだけだ。準備をしっかりして、な」
「まぁ……そうよね。仕方ない。今はガマンするしかないかぁ……」
しぶしぶながら、マリリアが納得した。
説得を済ませたオレ達が次に直面したのは、この部屋の謎を解き明かす事だった。
「それで? どうすれば先に進めるのじゃ?」
「扉らしき物がどこにもありませんね」
「てこたぁ、仕掛けがあるんだろうぜ。恐らくは、アレにな」
ロメウが顎で刺したのは、黄金の騎士像だった。次に目で、足元に並んだ宝箱を見ながらいった。
「で、そのキーアイテムがあの中のどれかにある、と。当たりが一で、ハズレが九だ。ただ、問題は……」
「ハズレの中に何が入っってるか、だよな……」
中身がカラならば問題はない。
しかし、ここまでクリアしてきた罠のいやらしさを考慮すれば、そんなヌルい真似をするような迷宮核とは到底思えない。
必ず、何か仕掛けてあるだろう。
「宝箱っていったら……やっぱりミミックかしら?」
「遺跡に入ってから、一度も敵が出ていません。その可能性は高そうですね」
「ミミックとはなんじゃ?」
「宝箱に住み着くモンスターよ。蓋を開けると襲ってくるの」
「なれば話は早い。全て開けて皆殺しにすれば解決じゃの」
「いやいや、ミミックって結構強いのよ。防御力も魔法耐性も高いから攻撃が効きにくいし、動きも早いから厄介なの。九匹もいたら骨が折れるわ」
「では、どうするのじゃ?」
「そりゃあ……カンで開けてみるしか……」
「それなら平気だ。見破る方法がある」
何気なく、ロメウがそういった。
マリリアの顔に、怪訝そうな表情が浮かんだ。
「見破る方法? 開けなくても分かるって事?」
「そうだ。見せてやるよ」
いいながら、スタスタと歩き出す。
着いて行くと、宝箱の前で膝をついてバックに手を入れた。
取り出したのは、タバコだった。
「ちょっと。呑気に一服してる場合じゃないでしょ」
「まぁ見てなって」
咥えたタバコに火をつけ、深々と吸う。その煙を宝箱に向かって吐き出した。
すると……
……カタ……
「……え?」
カタカタ……カタ……
宝箱が揺れ始めたのだ。
もう一度繰り返すと、揺れがさらに大きくなった。
カタカタ……カタカタカタカタカタ……
「これ……ひょっとして……」
「ミミックだ。コイツらはタバコの煙が嫌いでな。吹きかけてやると反応するのさ」
目を丸くしたマリリアが、しげしげとミミックを見つめている。
よく聞けば、中から微かに鳴き声が漏れ聞こえてきた。
「そんな特性があったんだ……」
「ギルドの資料にゃ載ってないだろ?」
「うん。よくこんなの知ってたわね……」
「裏ワザだよ。ま、機会があったら、モンスター図鑑に書き足しといてくれよ」
ニヤリと笑いながら、ロメウがいった。
経験以上の資料なし。
時に実体験は、情報よりも役立つ事がある。
「んじゃまぁ、当たりを見つけるとしようぜ」
その後、二回のハズレを得て、四つ目が当たりの宝箱だった。念のため調べた結果、残りは全てミミックだった。
「さて、いよいよアイテムとご対面……なんだが、何が出てくるか分からない。一応、離れててくれ」
オレ達を遠ざけたロメウが、蓋に手をかけた。慎重な様子でゆっくりと開けていく。
幸いにも、仕掛けや罠はなかった。ほっとして近づくと、手にしたアイテムを凝視したロメウの呟きが聞こえた。
「な……んてこった……」
「うん? どうしたんだ?」
「とんでもねぇモンが出てきやがったぜ……」
「とんでもない? 一体、何が……」
いい終わる前に、ガッ! と肩を組まれた。
そのまま、女性陣から離れた所まで強制連行された。
「な、なんだよロメウ!?」
「しっ! 黙ってこれを見てみろ」
差し出されたのは、宝箱の中身だった。輪の形をした白銀製のアイテムで、厚みのある頑丈そうな造りをしている。赤い宝石が一つ、中央部分に埋めこまれていた。
「この形……ひょっとして、首輪……?」
「そう。『隷属の首輪』だ」
「れ、隷属っていうと、まさか……」
「そのまさかだよ。付けた相手を強制的に従わせるアイテムでな。ヤロウ垂涎の逸品だ。こいつがあれば……」
「あ、あれば……?」
「みなまでいわすな。分かってんだろ?」
……ごくり。
自然と、唾が鳴った。
「で、でも、誰でも使えるの?」
「簡単なもんよ。コイツの使い方を知らねぇとあっちゃ、男がすたる。バッチリ伝授してやるから、俺の事は師匠と呼……」
「で? その首輪とやらを、いつ……」
「どなた相手に……」
「どんな目的で使うつもりなのかしら? 変態師弟コンビ」
「「!!??」」
背後から、かつて感じた事のない重圧がのしかかってきた。
ロメウと二人、錆びついたブリキ人形みたいなぎこちなさで振り向いた。
そこにあったのは、闇夜に光る狼の冷たい視線ーー背中から、イヤな汗が噴き出してきた。
「いい、いや、待て! 待てって! これは違うんだって!」
「ほう。何が違うのじゃ」
「ほ、ほら! 見た事ないっていうから、説明を……な、なぁ、ルキト!!」
「そ、そうそう! ちょっと、お、教えてもらおうってだけで……!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「き、強力なレアアイテムだろ!? いざって時のために使い方くらいは知っとかなきゃマズいからよ!!」
「い、一応! 一応ね! 使うつもりはないよ!? な、ないけどほら! 知識として、せっかくだから、習っておこうかと、お、思って……!!」
「…………」
「…………」
「……他に、弁明はある?」
「…………あ……」
「ありません……すみませんでした……」
「没収!!」
マリリアが、有無をいわさずアイテムを取り上げる。伸ばしかけたロメウの手からは、こらえきれない無念がにじみ出しているかのようだった。
「ったく! こんな時にスケベ心出してるんじゃないわよ!!」
「ふむ……痴れ者どもはさて置くとして、結局、ここからどうやって進むのじゃ?」
「そのためのアイテムが宝箱にあると思ったのですが、出てきたのがそれでは……」
「使い途はないわよねえ。って事は、他に方法があるのかしら……」
「……ん?」
マリリア達が首を捻る中、ロメウが小さく声を出した。
何かに気づいた様子で、騎士像を見上げている。
「どうしたんだ? ロメウ」
「あの像……首の所が変じゃないか?」
「なんだって?」
いわれてみると、確かに妙だった。
全身をスッポリ覆うフルプレートアーマーの、首部分だけ装甲がないのだ。まるで、特別な意図があるかのように不自然なデザインだった。
「そうか……ひょっとして、あの首輪……」
「どうやら、ご褒美って訳じゃないらしい。マリリア」
「は? なんスか? 師匠」
「ぐっ……い、いや、それの使い方が分かったぜ。騎士像にはめるんだ」
「騎士像に?」
「あぁ。首の部分だけ鎧がないだろ?」
「ホントだ……」
「恐らく、何かの仕掛けを動かすスイッチが入るはずだ。やってみてくれ」
見上げていた顔を手元に向けたマリリアが、首輪を見ながらいった。
「いいけど……どうやって使うの? これ」
「宝石に少量の魔力をこめれば輪が開くから、そのまま首に押しつけるだけではめられる。ルキト。マリリアをあそこまで運んでやってくれ」
「なら、オレがやってくるよ」
「いや、隷属の首輪は異性にしか効果がねぇんだ。騎士ってこたぁ男だろうからな。マリリアの方がいい」
「オッケー。じゃ、よろしく、ルキト」
マリリアを抱えて飛んだ。騎士像の首は思った以上に太かったが、いわれた通りにすると首輪がピタっとはまった。
「よし……っと。これでいいのかしら」
「測ったみたいにピッタリだ。やっぱりこいつ用のアイテムだった……」
ギ……
「……ん?」
ギギ……ギ……
「な、何?」
ギゴゴゴゴ……
「動き出した!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
慌ててその場から離れた。いったん下がって距離を取る。
見ていると、騎士像が徐々に剣を持ち上げていった。そして、こちらに一歩、踏み出してきた。
一斉にオレ達は武器を抜いた。
「ビンゴだ!」
「ていうかあれ、ゴーレムだったの!?」
「みたいだな。さしずめ、この部屋の主ってところか」
「なれば、刻めば良いのじゃな。くく……分かりやすいではないか」
「ゴーレムの中でも黄金製の個体は高レベルです! 光や炎の魔法を使う場合がありますので、気をつけてください!」
グラスの指摘が間違っていない事は、すぐに分かった。
瞳に赤い光を宿したゴールドゴーレムが、両手持ちで構えた黄金の長剣ーー刀身部分が、輝きを放ち始めたのだ。
キッ……ィィイイ……!!
魔力を伴った光の眩さで、視界が金色に塞がれた。
直視できない攻撃では避ける術がない。結界で耐えるしかなかった。
「グラス! マリリア! 結界を頼む!!」
「分かりました!」
「まかせて!!」
イイイイイイィィィーー……ッッ!!!
「来るぜっ!!」
カッッッ……!!
「っ!!!?」
ズシュウウウウゥゥゥーー……ッッ!!!
パッッキイイイィィィィーー……ッッンン!!
光が、爆発的に光度を増した。放たれた斬撃波が、何かを破壊する音が響き渡った。
衝撃で部屋全体が縦に揺れる。二重に張った結界がビリビリと震える。
ンンン……ン……ン……
脅威が過ぎ、閉じた目を恐る恐る開いた。視界が白く塗りつぶされていた。眩んだ目が、徐々に機能を取り戻し始める。周囲の様子がぼんやりと見え始める。
やがて、視覚が回復したオレが最初に取った行動はーー
「っっ!!??」
絶句する事だった。
なぜなら、眼前の光景が石造りの部屋へと変貌していたからだ。
それだけじゃない。
宝箱は粗末な木製に変わっていた。長剣を振り抜いた格好で停止したゴーレムも、ストーンゴーレムに変わっていた。
「へ、部屋が……変わってる……?」
「なんとも……奇っ怪な……」
「ゆ……夢でも見てんのか?」
「ど、どうなっているのでしょう……?」
「え? 何これ? え? え? ……え??」
まるで現実感のない現実に、ただただ唖然とするしかなかった。
そんなオレ達の中で最初に正気(?)を取り戻したのは、誰あろうマリリアだった。
「ええええぇぇぇぇぇ〜〜っ!!?? なんでなんでなんで!!? なぁんでえええぇぇぇ〜〜〜っっ!!!」
しゃがみこみ、床に顔を近づける。手でさすり、叩く。
しかし、石が黄金に戻る事はなかった。
「わたしの金がぁ〜〜っ! なんでなくなってんのよおおおぉぉぉ〜〜っ!!!」
「ふむ……どうやら石人形の斬撃は、攻撃ではなく幻覚を解くためだったようじゃのう」
「あれが全部……偽物だったってのか……」
「バカな……オレ達はともかく、グラスを騙せる幻覚なんて使えるヤツがいるわけ……」
「いえ。女神達に幻覚を見せられる種族が、一つだけ存在します」
「女神たるお主を欺ける? して、そやつらとは何者じゃ?」
「……魔族です」
「「!!?」」
空気が変わった。
ロメウが顔を強張らせた。マリリアですら瞬時に顔つきを変えた。
この世界で、魔族がいかに危険な存在であるか。二人の反応から見て取れた。
そして、この先に待つ脅威がなんであるのか。同時にそれも分かった。
その時だった。
ゴリ……
「ん!?」
ゴリゴリゴリ……
石を擦り合わせたような異音が聞こえてきた。目で音を辿って原因が分かった。騎士像の背後、石造りの扉がゆっくりと開いていくのが見えたのだ。
ゴリゴリゴリゴリゴリ……
「あんな所に、隠し扉が……」
「か、勝手に開いていくわよ……」
「誘われているようですね。中にいるのは、恐らく……」
「くくく……面白い。では、拝みに行こうではないか。魔族とやらを……のう」
オォ……
オオオオォォォォォ〜〜……
開いた扉の中からは、得体の知れない気配が漏れ出していた。それは、異質な魔力のようでもあり、漂う妖気のようでもあった。
「……よし。行こう!!」
意を決して踏み出した。開いた扉の先、部屋の中は薄暗く、霧のようなものが立ちこめていた。
足を踏み入れた瞬間、奇妙な感覚に身を包まれた。
まるで、異界の門をくぐったかのような、違う世界に迷いこんだかのような違和感ーーそしてそれが気のせいではなかった事を、オレ達はすぐ知る羽目になった。
『オイオイオイぃぃ〜〜……。あっさりシンニュウされちゃってんじゃねぇかよぉ〜〜……』
「!!??」
『どうなってんだコリゃぁ〜〜……えぇ〜〜? ルルルゾぉ〜〜……」
『……ぁ……』
『ホンット、ツカエねぇなぁ〜〜テメェわよおぉ〜〜……』
『……ご……ごめん……なさぃ……』
『まぁ待て。此奴は指示された通りに造っただけだ。文句ならあの男にいうべきであろう』
『コウリャクフカノウのダンジョンだったっけぇ〜〜? ワラわせてくれるよなぁ〜〜……』
『人間風情の考えなど、この程度であろうよ。口ほどにもないのは今に始まった事ではない』
『まぁタイクツしのぎにはチョウドいっかぁ〜〜……キキキキキ……』
薄闇に佇んでいたのは、三つのシルエットだった。
その内の一つが、耳障りな笑いと声をオレ達に向けてきた。
『よおぉこそニンゲンどもぉぉ〜〜……。オレたち『ゲルン=ワイプの三悪魔』がおアイテしてあげるからぁ〜〜……タノシんでいってよねええぇぇぇ〜〜……』




