表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

188/194

187・閃光の花弁

 言葉を失ったオレ達を置いて、さらに数歩、ビョーウが前に出た。

 華奢なはずの背中が見る間に大きくなっていく。

 錯覚の原因である殺気が、周囲の空気を硬く、冷たく、そして重くしていった。


「結界を張っておいて、グラス」


「わ、分かりました」


 表情、口調、目つき、そして、(ほとばし)る死臭。

 目覚めている。白鬣(はくりょう)の本能が。ああなってはもう、止める事はできない。


「お、おい、ルキト……一人で()らせていいのかよ……」


「手なんか出したらこっちがぶった斬られちゃうよ。それに……」


「ギャジャアアアアァァァァァーーーッッ!!!!」


「!!? ガ、ガラナマダラが……!?」


「あちらさんもビョーウをロックオンしたみたいだ」


 振りまかれた殺意が、濃霧のように漂って怪物を刺激した。

 山を作っていた巨体が、砂煙を立てながらゆっくりと迫ってくる。


 ズズズズズズズズズッッッ……!!!!


 その動きには、警戒している心情がありありと表れていた。

 生態系の最上位、王種と呼ばれるガラナマダラですら安易に飛びかかれない獣ーーあるいはオレ達が見ているのは、新たな王種の背中なのかもしれない。


「む、無茶苦茶よ……災害指定されてるモンスターのソロ討伐なんて、あり得ないわ……」


「ここは、ビョーウを信じよう」


「そもそも、どうやってダメージ与えるんだよ。象と蟻の闘いじゃねぇか……」


 ズズズゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ……!!!!!


 結界の外、徐々に迫り来るガラナマダラは、まさに動く災害だった。ただ這いずるだけで大地を揺らし、地鳴りを引き起こしている。

 見上げるロメウとマリリアの顔からは、完全に血の気が引いていた。


「あ……あ……」


「ダ……ダメだ……人間が太刀打ちできるレベルじゃねぇ……」


「ル、ルキト様……」


「大丈夫だ。結界をしっかり張っておいて」


「しかし、あれでは……」


「殺気に揺らぎがない。あの体格差も、ビョーウにとっては想定内なんだよ」


 気づけば、ガラナマダラが距離を近しくしていた。口を開いて鎌首をもたげ、捕捉した小さなターゲットを威嚇している。

 それでも百メートル以上は離れているはずだったが、すぐ目の前にいるように感じた。あまりの巨大さゆえに、距離感がバグっているのだ。


「な、何か、考えがあるのかしら? 一発で仕留められるような、凄い必殺技とか……」


「個人レベルでか? あるわきゃねぇだろ、そんなも……」


「必要ない」


 迫る脅威に大地が上げる轟音の中、その声ははっきりと聞こえてきた。

 輝く髪が、夕日の中でさらさら揺れる。


「真なる強者に技などいらぬ。首を()ねたくば腕を振り、臓腑を貫きたくば指を突き出すのみよ」


 フ……オオオォォ……

 オオオオォォォォォーー……


「じゃがかつて……くくく……わらわの斬撃に名をつけた変わり者がおったのう……」


 冷たく揺蕩(たゆた)う白い殺気が、今やはっきりと目に見えた。

 柔らかくなびいていた銀髪がふわりと広がり、そして寄り集まっていった。


 パキ……

 パキパキパキパキパキ…………


 揺らめき輝く純白に身を包んだ神々しい姿に、記憶が蘇ってきた。

 そうだ。

 あの時はまだ、獣の姿だった。

 白い身体、白い殺気。

 そして、白く美しい(たてがみ)が形を成したのはーー


「あ! あの髪って、蜘蛛を斬った時の……!」


「……あぁ。だが今回は気配が違う。まるで……」


 咲かせたがゆえに罪の獣となった白鬣姫(はくりょうき)の、気高くも悲しい白銀の花。


 キッッ……シュンンンンンン……!!!


「全身が、刃物になったみてえだ……」


 作り出されたのは、六枚の刃ーー開いた花弁が放っていたのは、薄氷の輝きと香り漂う死の芳香だった。


「ギャラアアアアァァァァァーーッッ!!!」


 硬さを、冷たさを、そして鋭さを増した殺気に、ガラナマダラが再び威嚇の鳴き声を上げた。

 首を覆うヒダが開いていく。

 すぐさま真っ赤に染まったそれは禍々しく、破滅の予兆ででもあるかのようだった。


「!!? マ、マズいぜっ!!」


「そこにいちゃダメっ!! 結界に入って、ビョーウ!!!」


「な、なんだ? 奴の身体に赤い線が浮かび上がって……血管が発光してるのか? あれ……」


「ヒダから吸収した太陽エネルギーを体内で増幅しているのです! 火球を放つつもりですっ!!」


「なんだって!!??」


 ゴゥッ……!!

 オオオオォォォォォーー……ッッ!!!


 顎ごと開いたガラナマダラの口に、灼熱が寄り集まっていく。

 熱量、質量、そしてサイズ。それはもはや、火球とは名ばかりの破壊兵器だった。


「聞いてんのかおい!! 結界に入るんだ!!」


「ダメっ!! もう間に合わないっ!!」


「逃げてくださいビョーウ!!!」


「カアアァァッッッ!!!」


 ドッッッ……!!!!


「!!!??」


 ゴゴゴゴゴオオオアアアアァァァァァーーーッッッ!!!!


「ビョーウううぅぅぅ〜〜っっっ!!!」


 例えるなら、豪火の恒星ーー視界の全てを覆い尽くす紅蓮が、地盤を抉りながら迫ってくる。

 絶望的な光景はしかし、絶望する事さえ許してはくれなかった。

 思考の一切を停止させたのは、逃れようもなく押し寄せる灼熱の赤壁。

 しかしーー


「くく……なんじゃおぬしら、その顔は」


 すっと向けてきた白鬣姫(はくりょうき)の目に、仕草に、言葉に、乱れは微塵もなかった。

 刹那。

 姿が消えた。


 キッッッッ……!!!


「「「!!???」」」


 ……ッッシュンンンンッッッッ!!!!


 同時だった。

 空間を斬り裂いたかのような異音。分断された赤壁。耳に届き、目に映ったのは。


 ンンン……ンン……ン……


 気づいた時には、乾いた残響だけが残っていた。

 視界の先、ガラナマダラの赤く開いた大顎(おおあぎと)があった。

 何が起きたのか。

 ようやく理解できたのはーー


 ドオオオォォォォォーーー……ッッンンン!!!


 ドゴゴオオオォォォォーーーッッ……!!!!


「うっ……わっ……!!」


「きゃっっ!!」


「うおおおぉぉぉーーっっ!!」


「きゃああああぁぁぁぁぁ〜〜っっ!!!」


 轟音と爆風に左右から襲われた後だった。

 発生した大地震が、立っている事すら困難なほど大地を揺さぶっている。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオォォォ……!!!!


「な……に……? 何が……起きたの……?」


「……あれを見てみろ、マリリア」


「……あれ?」


「そう。あれ」


「!!???」


 指さす方に向いたマリリアの顔が、驚愕に固まった。目を剥いたまま、ぽかんと口を開けている。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオォォォ……


 唖然としていたのはロメウ、グラスも同じだった。やはり言葉を失い、左右の爆心地を交互に眺めていた。


「どど……どういうこと……?」


「ジャングルが……き、消えてやがる……」


「あ、あれは……ビョーウが……?」


「そう、斬ったんだ。火球を、二つにね」


「き……斬ったって……へ? あ、あの、壁みたいな炎の塊を?」


「それは、ついでじゃ」


「!!?」


 声がしたかと思うと、ふいにビョーウが目の前に表れた。その神速はまるで瞬間移動だった。

 しかし当の本人は、何事もなかったかのような顔をしている。


「ビ、ビョーウ!!」


「ぶ……無事だったのね……」


 白く冷たい殺気に包まれた舞姫が、悠然と歩いてくる。

 開いた白刃を背にした立ち姿は、上位者の降臨を思わせた。


「どうだった? 王種の手応えは」


「論外じゃ」


「足りなかったか?」


「前菜にもならぬわ」


「お、おい! 呑気にしてる場合じゃねぇぞ!」


「そうよ! 火球がまた来たら……って……あれ? ガラナマダラが……」


「う、動かなくなりましたね……」


 背後を一瞥すらしないビョーウと、鎌首をもたげたまま微動だにしない怪蛇。

 両者の様子に、三人が困惑の表情を浮かべていた。


「……行こう。先に進むんだ」


 声をかけると、オレに視線が集まった。深まった困惑をそのままに、マリリアがいった。


「い、行こうって、アレはどうするのよ!?」


「大丈夫だ。もう終わってる」


「お……終わってる……?」


「あぁ」


 ズ……


「あの花が開いた時に、な」


 ズズ……ズズズ……


「くくく……」


 徐々に起き始めた異変を背に、ビョーウが小さく笑った。目には、皮肉な光が宿っていた。


「どうやら、忘れてはおらなんだようじゃのう……」


「当然だろ。なんせ……」


 ズズズズズ……!!


「お前のいう、変わり者本人なんだから」


 ズズズズズズズズズ……ッッ!!!


「なっ! なんだ、ありゃあ……!!」


 ロメウの言葉を受けてようやく、異変が目に見えて分かるようになっていった。ゆっくりと、ガラナマダラが左右に分かれていく。

 それは、あまりに巨体であるがゆえ、黒い空間が開いていくかのような錯覚をすら抱かせる異様な光景だった。


「か、身体が縦に分断されていきます……まさか、火球と一緒に本体まで……?」


「あ、あの一瞬で? なんにも見えなかったわよ……?」


「こ……個人技で斬れるレベルじゃねぇだろ、あんなもん……」


 ズズズズズズズズズウウゥゥゥ……ッッ!!!


 支えを失い左右に倒れていく巨体の間から、夕陽が差しこんでくる。

 沈みゆく太陽が照らし出していたのは、地に伏さんとする王種の落日。


「永き生にあってただ一人、わらわが認めた男の名づけた技じゃ」


 その中に白く佇む麗獣は、どこまでも冷たく、そして、美しかった。


「いわく、開いた刃が花弁に見える。ゆえに……」


 ズズズズズズズズズアアアアァァァーー……ッッッ!!!!


銀嶺六花(ぎんれいろっか)


 ズシャアアアアァァァァァーーー……ッッッッンンン!!!!!


()てぬ物なき、不敗の六刃(ろくじん)よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ