186・Gula! Gula! Gula!
密林地帯を抜けた時には、すでに陽が傾きかけていた。広大な風景が夕日色に染まろうとしている。
遺跡の周囲はむき出しの土で覆われていた。距離にして一キロほど、普通に歩けば十五分程度で着くだろう。
「っしゃあっ! ジャングルエリア終了! あとはあの山を越えればクリアーね!!」
ここまで一人で闘ってきたマリリアだったが、へばっている様子はなかった。
むしろ、やる気がさらに増している風ですらあった。
「ホントに一人で攻略しちゃったよ……」
「大活躍ですね、マリリア」
「本番はこれからよ。そろそろお出ましになるでしょうしね!」
「お出まし? 何が?」
「決まってるじゃない。エリアボスよ」
「やっぱりいるのか……」
「当然でしょ。ここまでお膳立てしといていないわけないわ」
「ゴールは目の前だ。いつ出てきてもおかしかねえ。気を抜くなよ、マリリア」
「お任せあれ! さくっと倒して次に行きましょうっ!!」
この警戒心のなさは、自信から来るものなのか、はたまた性格から来るものなのか。
どちらとも考えられたが、ここまでの活躍を見る限り任せておいても良さそうだ。
そんな事を思いながら歩き始めた矢先。
異変は起きた。
「それにしても、この先は草木一本ありませんね……」
「歩きやすいのは助かるけど……どう思う? ビョーウ」
「あちこちにある土の盛り上がりが気になるのう。自然にこうなったというより、何者かがならしたような地形じゃ」
「てことは、やっぱり……」
「うむ。大物が潜んで……ん?」
「どうした?」
「……地面が揺れておる」
「なんだって?」
ビョーウがいうのと同じタイミングだった。ロメウがしゃがんだのだ。そのまま地に手をつき、微動だにせずにいる。
「どうしたの?」
「……振動だ。何かがこっちに来る」
「エリアボスね! どこっ!?」
「って……なんにもいないぞ? 気のせいじゃ……」
「気のせいではない。近づいて来ておる」
ゴ……ゴゴ……
「周囲にモンスターの姿はありません! 一体、どこに……?」
ゴゴ……ゴゴゴゴゴ……
「違う! 地上じゃねえ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!
「じ、地震!!?」
「地中だっ!!」
ゴバアアアアァァァーーッッッッ!!!!!
「!!!??」
目の前にあった土が突如として爆発した。
いや、正確には、そう見えただけだった。
「きゃああぁぁ〜〜っ!! なになになにぃ〜〜っ!!??」
「なんか出たぞっ!!」
「フロアボスだ! 地中から来てやがったんだ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴオオォォォーー……ッッ!!!
「マズい!!」
反射的に見上げると、視界が黒く覆われていた。地に広く影を落としていたのは、高く巻き上げられた大量の土砂だった。
「ビョーウ! マリリアを頼む!! 逃げるぞ、グラス!!」
「承知」
「はい!」
ボッッ!!
飛翔を発動した。ロメウの腕を取り後ろに飛んだ。
一瞬前までいた場所に、滝のような土と岩が落ちてきた。
ドドドドドドドドドオオオォォォーーー……ッッ!!!!
「うおおぉぉぉっ!!」
「きゃああぁぁぁ〜〜っ!!!」
ドドドドドドドドドッッ……!!!!
間一髪だった。背後では、災害さながらの轟音がエリア全体を揺らしている。
距離を開けて地に降りた時ですら、まだ地震は収まっていなかった。
「みんな、無事か!?」
「あ、あぁ、大丈夫だ。助かったぜ、ルキト」
「し……死ぬかと思ったぁ〜〜……ありがとうビョーウぅ〜〜……」
「よい。それより、何が出たのじゃ?」
振り返ると、巻き上がった砂煙に視界が閉ざされていた。
うっすらと見えたのは、巨大な塔が高くそびえ立っているかのようなシルエットだった。
「サンドワームか……?」
「……いや。そんなカワイイもんじゃなさそうだ。ヤツらはあんなにデカかねぇ」
「きょああああぁぁぁぁぁ〜〜っっ!!!」
ブオオオォォォォォーーーッッ!!!
「っ!!???」
突然上がった奇妙な咆哮が、一息で砂煙を吹き飛ばした。
クリーンになった視界の先、オレ達を見下ろしていたのは……
「おい……ひょっとして、アレ……」
「……ファットストリート……のようですね……」
「ファ、ファットストリートおおぉぉぉ〜〜っ!!??」
巨大なミミズだった。
絶叫したマリリアが、血の気の引いた顔で目を剥いている。
「え……Sランクの怪物じゃない……」
「奴がエリアボスって訳か……クッソ……とんでもねぇ迷宮に来ちまったぜ……」
「たかがミミズではないか。巨大なだけで何をそんなに恐れておる」
「限度ってもんがあるだろ。見てみろよ、あのサイズ」
胴回りの直径は二十メートルといった所だろうか。四〜五階建てのビルくらいなら縦に収まってしまうだろう。
ピンク色の身体は所々に白い縞模様があり、地上に露出している部分だけでも五〜六十メートルはありそうだった。
まさに規格外サイズのミミズだったが、唯一、通常と違う点があった。
「じゅる……じゅるるるるるる……」
「な、なんだよあの口……気持ち悪ぃ……」
先端に人間と同じく唇がついている事だ。
大きく開けた口中にビッシリ生えた歯も人のそれで、だらりと垂れた舌からは唾液が滴り落ちていた。
「悪食の大食漢でな。なんでも食っちまう肉ミミズだ」
「それで脂肪通りか。なるほどねぇ……」
「なかなかのネーミングだろ?」
「あぁ。名付けたヤツの顔が見たいよ」
「無駄話をしておる場合か。そろそろ襲ってく……」
「……え?」
「あん? どうしたんだ? 二人とも」
「な……んで……」
「……マリリア?」
「あんなのが……ここにいるのよ……」
「あんなの……?」
バクンッッッッ!!!!!
「!!???」
オレとロメウが目を向けた時には、もう終わっていた。
頭を何かで覆われたファットストリートが、地中から引きずり出されていく。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴオオォォォーー……ッッ!!!
「……っっ!! ……〜〜っっっ!!!!」
ドドドドドドドドドッッ……!!!
唖然と見上げるオレ達の前で、ピンク色の巨大が持ち上げられていった。
炎天下に炙られるミミズさながら、ファットストリートが大量の土砂を飛ばして暴れ狂っている。
ドゴゴゴガガガガガッッッ……!!!!
大地を揺らし、地形をすら変える必死の抵抗はしかし、まるで成果がなかった。頭を覆うソレに、見る見る飲みこまれていったからだ。
そう。すでに決まっていたのだ。
突如として背後から現れた新たな怪物ーー巨大怪蛇のひと噛みで、勝負は。
「ファットストリートを飲みこんでいく!! なんだ、あのバカでかい蛇は!?」
「ガガ……ガ……ガラナ……マダラ……」
「えっ!??」
「嚥王種、ガラナマダラよっっ!!!!」
「嚥王種? なんじゃそれは」
「両生・爬虫類の最上位モンスターです! ランクはSSに相当します!!」
「ヤベェ! ここにいちゃ巻き添えになるぞ!!」
「逃げろっ! 後ろに走るんだっ!!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ……!!!!!
二体の怪物に背を向けて全力で駆けた。その間にも大地は揺れ、エリア全体が天災の最中にあるような有様だった。
ようやく息をつけたのは、密林地帯の手前まで戻って来てからだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……こ、ここまで来れば……ひ、ひとまず……安心よね……?」
「……っっはあぁぁ〜〜……し、しんどいぜ……」
「見てみろ、あれ!!」
数百メートル先からでも、ガラナマダラの巨体は容易く見て取れた。
口から覗くファットストリートの身体は、僅かに残るだけとなっていた。
「間もなく食事も終わりそうじゃのう」
「お、王種なんて、初めて見たわ……」
「ガラナマダラは俺も初めてだ。デカいとは聞いちゃいたが、まさかファットストリートをひと飲みたぁな……」
「真のエリアボスとやらは、あやつの方じゃったか」
「今までどこにいたのでしょう……あれほどの巨体なら、気づかないはずがないと思うのですが……」
「目の前だよ。最初からいたんだ」
「最初から目の前に? ……あ!」
「そう、山なんかじゃなかった。奴がとぐろを巻いてたんだよ」
「常に見えておったのが、逆に盲点だったようじゃのう」
「つまり、ファットストリートが寝た子を起こしちゃったのね……」
「奴さえ来なきゃやり過ごせてたって事か……余計なマネしやがって、クソッたれが……」
食事を終えたガラナマダラが、鎌首をもたげて辺りを睨めつけていた。
黒い身体はファットストリートより一回りも太く、全長に至っては山を模していた時点でお察しだ。
頭に二本の長い角を生やし、上顎の側面にも短い角が並んでいる。頭部のすぐ下が畳まれた大きなヒダでぐるりと覆われていた。
舌をチロチロ出しながらエリア全体を見下ろしている姿には、王種と呼ぶに相応しい貫禄と風格があった。
「警戒しておるようじゃのう。さしずめ、門番といった所か?」
「か、仮にも王と称される種族が門番って……どれだけ狂ってるのよ、この迷宮……」
「気づかれずに遺跡までたどり着ければ良いのですが……難しそうですね」
「見晴らしの良さが災いしたの。入口前に陣取られては、忍びこむのは無理じゃろうて」
「さぁて……どうしたもんかねぇ……」
「なら、正面突破しかないな。よし。行ってこい、マリリア」
「……は?」
「奴は任せた。頼んだぞ、神様!」
「はあああぁぁぁ〜〜っっ!!??」
これでもかってくらいに、マリリアの目が広がった。手をブンブン振り回してジェスチャーしながら、早口でまくし立て始める。
「こんな時に冗談いわないでよ!! ガラナマダラよ!? 嚥王種よ!? Sランクモンスターを丸飲みする怪物よ!? 金星のパーティーですらおいそれと手を出せない災害級モンスターよ!!? 一人で相手ができるかぁっ!!!」
「む。神様仏様マリリア様でもムリか?」
「あったりまえでしょっ!! 討伐するなら国ごと騎士団ひっぱってくるか魔王様でも連れてきなさいよ!!」
「くくく……」
神様の必死な形相と対照的に、ビョーウが低く笑った。ロメウとグラスも苦笑いを浮かべている。
「あれを討てば、手っ取り早く神の証明が出来るのじゃがのう……」
「確かにな。ここは一つ、チャレンジしてみちゃどうだ?」
「なんなのよもおぉぉぉ〜〜っ!! みんなでわたしをイジめて楽しいわけ!!?」
「み、みなさん、もうそのくらいで……」
「グラスううぅぅぅ〜〜っ!!」
抱きついたグラスの胸にマリリアが顔を埋める。
子供のように慰められる神様を見ながら、ロメウが話を改めた。
「と、冗談はさておいて、だ。どうする? マリリアのいうとおり、この人数じゃ相手はできねぇぞ」
「まずは奴をあそこから引き離そう。隙をついて遺跡に入るんだ」
「陽動か。ま、それしかねぇよな」
「囮はオレが引き受ける。みんなはタイミングを見て先に……」
「いらぬ」
「え?」
目をガラナマダラに向けたまま、ビョーウが話を遮った。
すっと前に出ながら、背後に言葉をかける。
「あやつはもらうぞ、マリリア」
「え? もらうって、なに?」
「なかなかに斬り甲斐のありそうな獲物よ。なまった身体には丁度よい」
「ま、待って! まさか、一人で闘う気!??」
「愚問じゃな。他に何がある?」
「無茶よ! いったでしょ!? 討伐するなら国を挙げて……」
「わらわの武が一国以下じゃと? くくく……それは随分と……」
……ォ……ォォオ……
「!!!?」
「舐められたものじゃのう……」
オオオオォォォォォ……
向けた顔には冷たい笑みが、背には凶悪な気配が浮かんでいた。
そう、ここにもいたのだ。
貪欲なまでに闘いを求め、尽きる事なき食欲を持つ、暴食の怪物が。
「せっかくお招きにあずかった晩餐会じゃ。存分に喰ろうてやろうぞ」
殺気が漂っていた。温度のない蜃気楼のように。
それは嵐の前の静けさに似て、今はまだ、遠くにいるガラナマダラをゆらゆらと揺らしているだけだった。




