185・Greeeeen Day
ここに立ってようやく、差しこむ光の正体が分かった。
一方で、今見ているコレがなぜ目の前に広がっているのか。理解するまで、さらに時間が必要だった。
「……オレ達、迷宮にいたよね……」
「ああ、がっつり潜ってたぜ。推定、地下三十階層だ」
「なれば、これは一体どういう訳じゃ?」
「迷宮核の記憶……なのでしょうか……」
「記憶うんぬんの前に……どう見ても、これ……」
汗ばむような高温。湿気をはらんだ空気。うっそうと茂る草。太く地を這う蔓。行く手を遮る倒木。苔むした岩石。そびえ立つ巨木。
濃厚な草木の匂いと、どこかから聞こえてくる鳥の鳴き声、獣の唸り声。誘うように伸びた獣道。
そう。
今、オレ達の眼前、視界いっぱいに広がっていたのはーー
「迷宮じゃないでしょっ!!!」
深く険しい密林だった。
差しこむ陽光につられて見上げると、木々のすき間から空が覗いていた。抜けるような青の中、雲の白が一層際立っている。
「空も雲も太陽もありやがる……どうなってんだ……」
「この世界じゃ、内部が外になってる迷宮なんてありなのか?」
「聞いた事ないわよ、そんなの」
「迷宮核が造り出す領域には限度があります。ですから、洞窟や遺跡のような建造物しか形成できないはずなのですが……」
「つまり、このような風景は造れぬという事じゃな?」
「はい。無限に広がる空間というのは、生み出せません」
「てことは、幻覚か何かかしらね」
「それか、結界の類だろうな。なんにせよ、ここから先がさらに危険だって事は確かだ」
「さっきの女王も十分にヤバかったんだがな……どうやら、まったり探索って訳にゃいかなそうか……」
「なら、アレ以上の強敵がいるって事ね。ふっ……いいでしょう! 望む所だわっ!!」
再び、マリリアが気炎を上げ始めた。未だ困惑するオレ達を置き去りに、力強く(?)宣言したのだ。
どうやら謎のやる気は、まだなくなっていないようだった。
「わたしにまっかせなさいっ!! みんな! ついて来て!!」
「待て。先頭はロメウだ。お前は下がれ」
「なんで!?」
「ただでさえ得体が知れねえってのに、見通しのきかねえジャングルときてんだぞ。何が潜んでるか分かったもんじゃねえ。前は俺に任せろ」
「ジャングルだろうとなんだろうと関係ないわ! モンスターごときに神の行く手を遮る事なんてできないんだからっ!!」
「いや、落ち着けっての」
今にも駆け出しそうなマリリアの肩に手を置いた。引き止めたオレを、不満そうな顔が見つめてくる。
「何よ。止めてもムダだからね? わたしの本気を見せて……」
「くれるのは結構だけど、そもそもこんな密林、歩いてく必要はないだろ?」
「歩かない? じゃあ、どうやって行くのよ」
「決まってる。ショートカットして行くんだよ」
頭上を指差した。
つられて見上げたマリリアの顔に、納得の表情が浮かんだ。
「あ。そっか」
「てなわけで様子を見てくるから、ちょっと待っててくれ」
ボッ!!
飛翔で真上に飛んだ。巨木の背を越えて密林の上に出る。
鬱蒼とした光景から一転、抜けるような青空が広がっていた。周囲を見回し、頭上を見上げた。
すぐに悟った。
「……う〜わ……こりゃ、ダメだ……」
諦めの声が出た。
空のルートは無理だ。使えそうにない。
なぜならばーー
「なんなんだ、あのバカみたいな数は……」
大量のモンスターが飛び交っていたからだ。
目を凝らさずとも、シルエットだけで分かった。
あれは、ワイバーンの群れだ。
「空から行くのはやめといた方が……ん?」
前方に目を戻すと、遠くに建物が見えた。遺跡のような造りで、かなりの大きさがある。
方向的に、このエリアで目指すべき場所のようだった。
「出口はあそこにありそうだな。やっぱり、獣道を進めばいい訳か……」
遺跡の周囲は密林が開けていた。そういった意味でも分かりやすく、ゴールで間違いなさそうだった。
一方で、気になる点があった。建物の前に小山のような黒い塊が見えるのだ。
「なんだありゃ? 地形にしちゃ不自然だな」
正体を探ろうと、遠見を発動しようとした。
その時だった。
ボゥッッ!!
「!??」
ブォアアアァァァーー……ッ!!!
「うっ……おっ!!」
突然、炎に襲われた。
間一髪で躱すと、渦巻く高熱ごしに強襲者と目があった。
真っ赤な皮膚を持つ、空の狩人ーーファイヤーワイバーンだった。
「ギャシャアアアァァーーッ!!」
「いっけね、見つか……い"っ!!?」
咆哮が合図になったのか。これまで悠々と空を飛んでいた周囲のワイバーン達が、突如として向きを変えた。ぱっと見、十匹以上がこちらに向かって来る。
「ヤッベ!!」
慌てて下に飛んだ。密林に入り、頭上を確認した。
木々の隙間から、旋回するワイバーンの腹部が見えた。
「密林までは追ってこないみたいだな……あ〜……ビックリした……」
そのまま地面に降りた。地上からも見えたんだろう。グラスが慌てた顔で走ってきた。
「ルキト様! 今のは一体……!」
「ファイヤーワイバーンだよ。見つかって、息を浴びせられそうになったんだ」
「お怪我は!? 大丈夫ですか!?」
「うん。よけられたから平気。それより、上空は駄目だ。奴らが大量に飛んでる」
「ワイバーンの群れがいるってのか?」
「ああ。それも、十や二十なんてもんじゃない。相当な数だ。相手にしてたらキリがない」
「ふむ……ではやはり、歩くしかないようじゃの」
「この先に遺跡が見えた。どうやら、そこに行けって事みたいだ」
奥に続く獣道の先を指さした。
とたんに、響き渡る鳴き声と唸り声が大きくなったように思えた。
まるで、獲物を待ち構える何かの意志がそう感じさせているかのような不気味さがあった。
これを前にして、慎重にならない者はいないだろう。警戒しない者はいないだろう。
と、思ったのだが……
「っしゃっ! ならば予定に変更はなしね! 行くわよ!!」
ダメ神様には関係なかった。
お構いなしに、ズカズカと密林を進み出したのだ。
グラスが、慌てて声をかけた。
「待ってくださいマリリア! この先は未知の領域です! 先行はロメウ様にお任せした方が……」
「無駄じゃ。聞く耳など持っておらぬわ」
「仕方ねえ。アイツのフォローは俺がする。後ろを警戒しながらついてきてくれ」
「分かった。何が出るか分からない。くれぐれも気をつけてな」
ロメウに続いて密林に踏み入ると、草木の匂いが一層濃くなった。同時に、湿った空気が身体に纏わりついてくる。
少し歩いだけで全身から汗が噴き出してきた。
高温多湿の密林で体力の消耗が早くなる原因ーー不快感が、嫌でも分からせてくれた。
ギャッ! キャッ! キャキャッ!!
ク〜ルルル……
ク〜……ルルル〜〜……
ルオォ〜……
オオォォ〜〜……ンンン……
辺りからは、絶えず鳴き声が聞こえてくる。
鳥なのか、獣なのか、あるいはそれ以外の何かなのか。
「どこから敵が襲って来てもおかしくないな……」
「くくく……次は何が出てくるかのう……」
「何も出ないのが理想なのですが……」
「それにしても、少しペースが早いな。グラス、大丈夫?」
「はい。このくらいなら平気です」
密林内での行動には、高温と多湿の他にもう一つ、厄介な点がある。
見通しがきかないため、音や気配を頼りに警戒せざるを得ない事だ。
それは目をこらす以上の集中力が必要で、精神的な疲労の蓄積が格段に早くなるのだ。
「キツそうだったらいって。目的の遺跡までは距離があるから、無理せずに行こう」
「分かりました」
「マリリアのヤツは平気なのか? 随分と元気なようじゃが」
「調子にのって、肝心な時にヘバらなきゃいいんだけどな……」
意気揚々と先陣をきるマリリアと、並んで歩くロメウ。二人の背を見ながら道を進んだ。
十分も経った頃だろうか。
ロメウが、マリリアを手で制した。
「待て」
「どうしたの?」
「何かいる。あそこだ」
指差す動作が合図だったかのように、前方の茂みがガサガサと揺れ始めた。
その中から、四つ足の獣が姿を現した。
「グル……グルルルル……」
「やっとお出ましね!」
「モンスターか!?」
「ああ。ありゃマンディ・ブルだ。群れで狩りをする獰猛なヤツだよ」
「って、見た目はただの犬だな……」
「そんな可愛いもんじゃねえ。見てな。すぐに分かる」
出てきたマンディ・ブルは、全部で五匹だった。
こちらを睨みながら低く唸っている姿は、黒い土佐犬といった容姿だった。
強いていえば、少しスマートなのと、耳が立っているのが相違点だった。
しかし、戦闘態勢に入るとその姿が一変した。
「ゴル……ルルル……」
ミシ……ミシミシミシ……
「ガ……カカアアア……」
パキパキ……パキキキキ……
「!!?」
「ガゥアアァァァーーッ!!!」
「なんだありゃ……」
咆哮を発した口が、大きく裂けたのだ。
首の根元にまで達する大顎は、さながら、獲物を飲みこまんとする蛇を連想させた。
「な? ペットにゃできねえだろ?」
「ああ。ジャレつかれるたびに、頭から丸飲みされそうだ」
バックリと開いた口には、鋭い牙が並んでいた。子供くらいなら一口でかぶりつき、骨ごと噛み砕いてしまうだろう。
「みんな、下がってて!」
もはや犬とは似ても似つかないマンディ・ブルだったが、戦闘態勢に入ったのは彼等だけじゃなかった。マリリアが、前に出て短鎚矛を構えたのだ。
まさかと思い、思わず声が出た。
「って、おい! 接近戦やる気……!」
「ゴアアァァァーーッ!!」
最後までいえなかった。マンディ・ブルの一匹が、横から飛びかかってきたのだ。
一杯に開いた巨大な口は、一噛みで致命傷を負わせるに足るサイズをしていた。
「おっと!!」
襲い来る大顎を、マリリアが一歩引いて躱した。同時に短鎚矛を振り上げた。
「はぁっ!!」
ゴズンッ!!
すれ違いざま、頭にカウンターの一撃をお見舞いする。鈍い音がした。マンディ・ブルの態勢が崩れる。
しかし、着地した姿からダメージを受けた様子はうかがえなかった。頭を二度三度振っただけで、再び唸り声を上げ始めたからだ。
どうやら、見た目以上の耐久力があるようだった。
「かっ……たぁ〜!! なんて石頭なのよ!」
「無理するなバカ! 離れて闘うんだ!」
「ヤツらは全身筋肉の塊だ! 殴り合いじゃ埒が明かねえぞ!!」
「まぁ、肉弾戦でも余裕だけど、そうね。時間をかけるのもなんだからここは一つ……瞬殺してあげるわ!!」
キュオオォォォォーー……ッッ!!
宣言したマリリアが、短鎚矛を突き出した。魔力が集まり、形を成していく。
まばゆい光と共に現れたのはーー
「食らいなさい!」
黄金に輝く、五本の矢だった。
「閃光矢!!」
キュキュキュキュキュンンッッ!!!
「!!??」
「ギャウッ!??」
ドドドドドシュ……ッッンンン!!!
「ギャオオォォォーーンンッッ!!」
金色の尾を引いて、魔法の矢がマンディ・ブル達の口を貫いた。
勢いで後方に吹き飛び、そのまま動かなくなった。
「っしゃあ! 決まったわっ!!」
いかに身体が硬くとも、口の中はそうもいかない。
最大の武器である大顎が、防御力のない口中をさらけ出してしまっていたのは、なんとも皮肉な話だった。
「見た!? これが神の実力よ!」
宣言通り敵を一蹴したマリリアが、拳を振り上げた。
少々危なっかしかったものの、やはり実力は確かだ。ただのお調子者ではない。
「ふむ、やるではないか。いうだけの事はあるのう」
「ちとヒヤヒヤしたがな」
「さっきの閃光矢って、普通の魔法だよね」
「はい。主に聖職者が使う、神聖魔法の一つです」
「ふっふ〜ん! 固有魔法を使うまでもなかったわね!」
「あれだけの大きさを五本同時に造り出して制御するのは並大抵ではありません。流石ですね、マリリア」
「でっしょお〜〜! さあ、この調子でガンガン行くわよお〜〜っ!!」
グラスの言葉に気を良くしたマリリアが、すぐに行進を再開した。
軽い足取りで、道を奥に進んでいく。
「あ、おいっ! 一人で行くなって!!」
「やれやれ。落ち着きのねえ神様だ」
早足で追いかけるオレ達の事は無論、密林の危険ささえ気にしている様子がまるでない。
見ているこっちがハラハラするほど、マリリアの足取りには迷いがなかった。
と、いうか、ちゃんと警戒してるんだろうか?
それすら疑わしかったのだが、幸いこの後も、進撃の神様が止まる事はなかった。
「キシャアアァァァーーッ!!」
「おっと! 出たわねっ!!」
「デカい! 大ムカデかっ!?」
「リーパーピードだ! 前足の鎌に気をつけろ、マリリア!!」
「頭を狙えば一撃でしょ! 閃光弩砲!!」
ズァッ……キュンッッ!!
「ッギ!!?」
ドシュウウウゥゥゥーー……ッッ!!
「ギャシャアアァァァーーッ!!」
「オッケー! 先に進むわよっ!!」
ブブブブブウウゥゥゥ〜〜ッッンンン!!!
「大蜂の群れ!? グラッドワスプね!」
「チッ! 面倒なのが出やがった!」
「あの数はマズいな……助太刀するぞ、ビョーウ!」
「心配ご無用! 聖流……!」
フッ……オオォォォォ〜〜ッッ……!!!
「光金泡!!」
ズアアァァァァァーーッッ!!!!!
バンッッ!!
バババパパパパアアアァァァァーーー……ッッンンン!!!!
「うおっとぉ!」
「破裂する光の泡か……あれも神聖魔法なの?」
「いえ、違います。固有魔法のようですね」
「はい、次々! ガンガン行きましょ〜っ!!」
「ゴアアァァァーーッ!!!」
「今度はなんだ!?」
「熊か。しかし、なんと巨大な手じゃ。モグラのようじゃのう……」
「はいはい、ベアナックルね! かかって来なさいっ!!」
「油断しないでください! あの爪は危険です!!」
「ガアアアァァァーーッ!!」
「!!?」
ブゥオオォーー……ッンン!!
「マ、マリリア!」
「大丈夫だ! 上に跳んでる!」
「上等! 力比べなら受けて立つわっ!!」
キュオオォォォーー……!!
「短鎚矛の先端に魔力球……魔力付与武器か!」
「あいつ、殴り合おうってのかよ……」
「よいっ……!!」
ブォッッ!!!
「っしょおおぉぉぉーーっ!!!」
ドゴンッッッ!!!!
「……ッッッ……ガッ……!!!」
ズズゥゥゥ……ッッンンン……!!
「どうよっ!!!」
「……マジか……」
「脳天の一撃でベアナックルをKOたぁな……恐れ入ったぜ」
「接近戦も、あんなに強いなんて……」
「これは当分、出る幕がなさそうじゃのう……」
「さぁ〜〜!! このまま一気に突き進むわよぉ〜〜っ! ゴール目指してレッツゴーーっ!!!」
はからずも、ビョーウの言葉は的中した。
時には魔法で。時には肉弾戦で。勢いづいたマリリアがモンスターをなぎ倒し続けたのだ。
途中に休憩を挟んだとはいえ、全ての戦闘を一人でこなしたのは大したものだ。
このままだと、本当にオレ達は出番がなくなるんじゃなかろうか。
そう思っていた、わずか十数分後。
「な……んであんなのが……ここにいるのよ……」
ソイツの巨体を見上げながらマリリアが発したのは、絶望の声だった。




