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第18話 直方体、激励、報酬

「悪いわね、気を遣わせちゃって」


 地下5階、サギリの食糧源のある部屋。私は、目の前で後ずさりしているサギリの住民たちに向けてそう言い放った。

 食糧源といっても、大層なものではない。そこにあるのは人を縦に1人と半分に積み重ね、横に2人並べたくらいの大きさをした、直方体である。直方体は金属でできていて、ぶうんぶうんと低い音を立てている。ちょうど真正面には、薄い青色の四角形がぼんやりと光を放っていた。

 床では、金属の円筒が光を放っている。今回の仕事がはじまってからあびた人工の光の中では一番柔らかい光だ。このタイミングで踏み込んだのを少し後悔してしまうくらいには綺麗だった。


「別に、私は最後でいいのよ。そんな化け物が出たみたいに退かなくていいじゃない」


 時間がちょうど夕飯時だったらしく、そこにはサギリに残っている住民たちが十数名集まっていた。現れた私達を見るや否や、住民たちは部屋の隅によってしまって、直方体に至るまでの道ができあがった。


「……必要な分を言ってくれ。用意するから」


 住民たちのうち、壮年の男が口を開く。その口調を意地が悪いと思った時には言葉を返してしまっていた。


「そう、でも、悪いから。自分でやるわよ」

「伶さん、遊ばないでください」


 圭にたしなめられながら、直方体の方へ一歩踏み出す。


「触らないでっ!」


 唐突に老婆が声をあげた。


「あなたが触ったもので作られたものなんて嫌だよ、あたしはね。いんや。あたしたちはね」


 老婆はだんだんと声を小さくしながらも、最後まで言い切った。


「……十回分の食事と水を六本。携帯食で」


 私がそう告げると、最初に口を開いた男が、直方体の方へ歩いていき、光る四角形を指で押した。ぶうんぶうんという音が、ごおんごおんという音に変わる。

 ここに来てからずっと手を強く握っていた偲が、力を弱める。直方体の方に気を取られているのであろう。手を引いて、男と直方体の間が視える位置に移動してやる。

 四十と少し数えたくらいで、がちゃんという音がして、光る四角形の一部が手前側に開く。そして、その中から六つの袋が取り出された。


「ほら、水の場所は分かるな?」

「ありがとう。案内は不要よ」


 そう言い放ってから、私は偲の手を引いて、吹き抜けの向かい側に歩いていこうとする。

 ――悪寒。

 後ろを振り向く。さっきの老婆が、何かを投げつけようとするように身構えていた。

 老婆の手から飛び立った何かが放物線を描いて、私の方へ向かってくる。こういうとき世界がゆっくり動いているように錯覚するのはなんでなんだろう。

 球が視界に占める領域が増えていく。それに合わせて、腕を振りぬこうとしたところで、視界が迷彩柄に覆われた。


「きゃっ!」


 妙に冗談めいた可愛らしい悲鳴が響いた。迷彩柄が倒れる前に抱きかかえる。

 どうやら投げつけられたのは、先ほど渡されたのと同じ形態食糧入りの袋らしい。これが当たって怪我をすることはないだろう。

 一通り確認を終えてから、私は動き出そうとする。

 身体が動かない。なんで。

 私は今すぐあの老婆のところへ行かないといけないのに動けない。

 耳元で何かがうるさく響いている。じゃあ、まずはそちらからか?


「伶さんっっ!」


 圭が普段の様子からは想像のつかない大きい声で、私の名前を叫んだところで、我に返った。


「――もう離していいわよ」


 偲を抱きかかえたまま、首根っこを圭に掴まれていたようだ。

 老婆は、腰を抜かして、へたり込んでいる。


「激励どうも。受け止め損なっちゃってごめんなさいね」


 偲を抱きかかえたまま、私は今度こそ部屋を出た。


「あれ、嫌われてるとかそんなものじゃないじゃないですか!あんなのひどいです!」


 吹き抜けを挟んで、さっきの部屋の反対側にある一区画では、さっきの部屋にあったものと同じような直方体が、さっきの部屋にあったものと同じように、ぶうんと音を立てている。

 偲は、もう私の腕から下りて、圭が直方体の前で作業しているのを眺めつつ、ここで言ってもしょうがない文句を口にしている。


「今朝がた、一緒に戻ってこられたということは『獣』にもう遭われたんでしょう?伶さんは、あの手の異形をもう何体も斃している。そのことで、『獣』と同じくらい危険なモノとして伶さんを捉える人は少なくないのですよ」

「伶は、人を襲ったりしません」

「さっきのあれを見たでしょう。伶さんはあなたのために、老婆を傷つけようとした。同じようなことがしばらく前にもあったのです。私たちの1人を犠牲に『獣』を倒す案が持ち上がったとき、彼女は発案者である集落の長を殴り倒した。それはまあ、美談ではあるんでしょうけれどね。理由があれば、理由さえあれば、しかも感情的な理由でもって、他人を傷つけられる人物というのは、存外恐ろしいものですよ」


 最後に、その人物が『獣』を斃してしまうような力を持っている場合はとくに、と圭は付け加えた。


「ふん、悪かったわね。でも、私も偲も傷つけられてるんだけど」

「集落の皆さんは、あなたを傷つけようと思って傷つけているわけではないのです。そこに恐怖はあっても悪意はない。あなたの場合、敵意に基づいて人を傷つけるでしょう」


 煙に巻かれている気がするが、言わんとするところは分からなくはない。


「どっちの味方よ、あなた」

「サギリの集落の味方です」


 サギリの集落の住民ではなく、サギリの集落の味方ときた。この男も大概だと思うのだが、集落の住民はこの男のこういうところを知ってなお、この男に立場を与えているらしい。


「さあ、水も大丈夫です」


 圭は、そういって容器に詰められた水を手渡してきた。空気から作られていようが、重いものは重い。食糧とあわせて、肩掛け鞄の重さは順調に増えていっている。


「伶、持ちましょうか?全部は無理ですけど、水の1本か2本くらいなら」


 偲が鞄の方を指しながら尋ねてくる。


「心配しないで、これくらいならどうってことないわ。軽い方が問題よ」

「ならいいですけど……」


 不服そうに口を尖らすものだから、容器を2本、偲に差し出した。


「じゃあ、これをお願い。自分の分だから、自分で管理してちょうだい」

「うん?嬉しいんですけれど、すごい子供扱いされてません?」

「そんなことないって。偲が飲む分は偲が持っていた方が楽でいいでしょ」


 子供の育て方あたりについて考えられると不味そうなので、適当にあしらっておく。


「でも、本当に辛かったら私を使ってくださいね」


 結局、老婆に害された本人がこんな調子なので、やりとりをしている間に毒を抜かれてしまった。


「さて、つぎはどうしますか?」

「刃物とか、まあ使えそうなものを適当に。倉庫かしらね?」


 サギリの地下7階には、住民たちが共用している倉庫のような区画があったはずだ。


「分かりました。じゃあ向かいましょう」


 そう言うと、圭は、部屋の入口に歩き出す。


「そういえば、お金とかっていらないんですか?」


 圭に続こうとしたところで、偲が私に尋ねてきた。


「いらないといいますか、貨幣を使ってるところなんて今時そうそうありませんよ。集落内では大抵の物品は皆で共有してるようなものですし、集落間でやりとりをするといても、物々交換です」


 前を行く圭が偲の問いに答える。


「あ、いえ、そうじゃなくて。伶って、えっと、何と言うか、外の人じゃないですか。さっきから、勝手に食糧とかをもっていってるみたいだったのが気になったんです」

「ああ、それ?駆除屋の仕事の報酬としてね、同意さえ得られれば何でも好きにもってっていいって約束をしてるのよ。あと、サギリに好きな時に来て、食糧に飲料、あとは生活用品を補給する権利も」

「うわ、とんでもないですね。……食べ物飲み物をいくらでもって、さっきの四角い機械でですか?」

「そうよ、うちのビルにも似たようなのがあるんだけれど、サギリの方が性能は上ね」


 栄養的に問題はないが味の差を埋められないかどうかが、偲と暮らすようになって以来の小さな懸念だ。


「空気から水をつくるっていうのは旧暦の時点で技術が確立されてたので分かりますけど……。灯台ビルで、シチューとか出してくれてましたよね……?」

「ああ、うん。食糧の方は大戦が終わる直前に普及した技術だからね。中身は、ファンブル由来のあれやこれやだらけだったはず」

「……分解したりしたら怒られますかね?」

「そんなことしたら、伶さん諸共殺されますよ」


 先を行く圭がまたも口を挟んでくる。


「アラガにいる方々にも、サギリに残っている方々にも、農耕なんてできないですからね。原料の心配をしなくていいだけで、一日に作れる分量には上限がありますから、アラガに受け入れてもらうわけにもいかないでしょうし」

「そういえば、アラガに取り残されてる人たちはどうやって食べてるのかしら」

「何も与えられないということはないでしょうけれどね。アラガの方の生産上限を考えると、一日一食くらいで暮らしているんじゃないでしょうか」

「……なんかそれ、機械を使って生きてるというか、機械に生かされてるって感じですね」

「まあ、事実でしょ。生きるために努力する必要はないもの」

「それだと、生活をより良くしようって方向に行きそうなものですけれど。そういう感じがないじゃないですか」

「何かをより良くするしようとしたら、それができる旧暦の道具を探すって手段が定着してるからかもね。自分たちで新しい何かを作ったり始めたりすることは、ほとんどない」


 それなりに旧暦の技術水準が残っているところですら、失われた何かを如何に再現するのかに傾注していたはずだ。


「別に、我々はそれでいいですからね。停滞、おおいに結構では?ファンブルが現れる前は、旧暦の多くの文明は頭打ちになっていたと聞きますよ」 


 圭が口を挟んでくる。

 別に主義思想をぶつけ合いたいわけではないのだが。


「停滞は、先に進もうとして進めないってことです。私には、後退しようとして、後退することすらできないでいるようにみえます」


 偲が、圭に応える。人類の歴史のようなものを知っている分、偲には、サギリが、今の時代が不思議でならないのかもしれない。大戦の前の世界しか知らない私達と、大戦の前の世界を知り尽くす偲とでは、そもそも物事の捉え方が食い違っていても仕方がない。


「圭、偲は分からないことを尋ねているだけよ。サギリを貶める意図なんてない」

 ひとまず、偲の言葉で眉間にしわを寄せた圭に釘をさしておく。


 旧暦の時代と大戦の時代を知る老人。

 旧暦の時代を知らず、大戦の時代を知る大人。

 旧暦の時代も、大戦の時代も知らない子供。

 世界にいる人間は、ほとんどがその3種類のいずれかだ。


 私は、別にそのうちの誰が正しいのかなんて、正直言ってどうでもいい。偲と圭の論争についても同様だ。


 ――ただ、考えるべき問題があるとすれば。そのうちの誰なら、旧暦を知りつくし、大戦を知らない少女の傍らに立てるのだろうか。

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