第17話 寝床、仕事着、逢引
寝床が変わると眠れなくなるという話があるが、あれは嘘だ。
サギリのベッドは柔らかく、布からかび臭さがただようこともない。たしか、洗濯したものや布団を干せる場所が、浅い階層のどこかにあるという話をきいたことがある。場所があるということは、衣類や寝具を干す者がいて、干す物があるということだ。寝床が十全であることは、生活すべての基盤となると、そう主張したい。
「伶、もう夕方ですよ。このままじゃ夜になっちゃいます」
「もうすこしだけ、もうすこしだけ寝させて……」
「そういって、ずうっと起き上がらないじゃないですか」
偲は寝起きがいい。私も寝起きが悪い方ではないのだが、『獣』に相対したあとは、どうしても疲れがたまるので、ベッドの上でうだうだとしている。
何だか変な夢をみた気がするし、起き上がる気力が湧かない
「そうだ!起きないならおいていっちゃいますよ」
「ああ、起きる、起きるから」
身体を起こすと同時に大きな欠伸が出る。懐かしい夢をみていたような気がする。
――どんな夢をみたのだっけ。
思い出そうとしたときには、夢の内容はもう零れ落ちてしまっていた。
「本当に、準備の内容さえ教えてくれれば、私だけでいってきますよ」
「あなた一人で出歩かせるわけにもいかないでしょ。盗み聞きの某がどこにいるか知れたもんじゃない」
私は目をこすりながら、部屋の入口の方へ歩いていった。入口にドアはなく、布が垂れ下がって外との仕切りとなっている。
「よっ、と」
私は、床から上へ、布の表面をなでるように手を動かしていく。
がらんがらんと、盛大な音を立てながら、私の枕元にあった鐘が床にころがった。
「その手の罠の作り方、どこで学んだんですか?」
「昔、お世話になっていた人に教え込まれたのよ」
嘘ではない。『獣』を駆除するのに、いちいち真正面から戦ってもキリがないので、こういった罠を利用するのは、良く使う手だ。
「じゃあ、準備っていうのは、罠の?」
「そんなところね。あとは、今朝までの偵察で食べ物と飲み物がなくなっちゃったから、その補充」
私と偲は、部屋に用意されていた簡単な寝間着から、圭が用意してくれていた衣服に着替える。何もしかけられてないかどうかを検分しなければいけないのが非常に面倒くさい。
簡単な肌着の上から、いつもと同じ仕事着を身にまとう。灰色の迷彩柄の服だ。私の仕事場所は大抵が廃墟だから、かなり重宝している。今回は自然が多い場所が仕事場とはいえ、迷彩を除いた性能だけでも十分な価値があった。
「それ、仕事用の服なんですか?」
「そう、アラガの駆除屋と一緒に大物を仕留めたとき、そいつからもらったんだけど、かなり便利なのよ。ほっとけば勝手に汚れがとれる優れもの」
「服の中にナノマシンか何かを仕込んでるんですかね……?あ、でも、お風呂の床みたいに、ファンブルの異能に由来している繊維って可能性も……」
「多分、後の方だと思う。遠出してつくらせた特別製って言ってたから」
今の時代、旧暦の頃の技術を用いた服を新しく作らせるのは相当骨がおれるだろう。それができるような設備も技術者も、この周辺一帯にはいないはずだ。
「でも、その服、伶の身体にぜんぜん合っていないですよ?」
「まあ見てて」
両手で袖を握って、手の甲の側へ同時にすばやく手首を返す。直後、ぶかぶかだった服がぴしりと音を立てて、私の身体にあった大きさに縮む。
「……汚れないってだけじゃないんですね。そういうふうに収縮をする服は大戦期の前にもありますけれど、そんなに極端じゃなかったはずです」
「まあ、私としては便利で助かってるって感じね」
肌に密着しているものの、圧迫感は感じない。動きやすいし、物を入れたり下げたりできる場所も多い。防刃、防弾、高い耐衝撃性。戦闘服といってもいいだろう。
「さて、偲の分も着替えましょうか」
私が仕事着を着る間、偲はベッドの上で転がりながらすでに寝間着を脱いでいた。最初から横になって脱いでしまえば、転ぶ心配はないという話だ。
寝間着がかなり簡素なつくりだったのも相まって、どこかに身体を引っ掛けることもなく、無事に脱げたらしい。そして、今日の下着を自分で履くところまでで力尽きて、手足を投げ出していた。
「さっきあれだけ起きろって言ってたのに、あなたが寝てたらだめじゃない」
「1人で脱げたんですよ、進歩じゃないですか」
「それはまあ間違いないんだけどさ」
私は、偲のために、圭に用意させた服を広げる。
「そのジャージ、蛍光色じゃないだけましですけれど、なんでこんな色なんですか」
「気持ちは分かるけどね。動きやすいって点は問題ないし」
偲に用意された服装は、偲が今朝まで着ていたのと同じ、濁った緑色をしていた。
「保護色だと思いましょう、保護色」
「今度、服を探しにいくときは、絶対に私を連れてってください。絶対ですよ」
「そんなに嫌?」
使えればいいというのはあくまで私の考え方なので、もし偲がどうしてもいやなら、押し付けたくはない。
「嫌まあ、伶の用意してくれたものなら文句はないんですけど。どんな服でも着ますけど」
申し訳ないが、私の用意したものではない。
そんな掛け合いをしている間に、私は偲に服を着せ終わった。
「嫌がってた割によく似合ってるわよ。普段と変わらないくらい」
素材がいいんだろう。偲は渋い顔をしているが、その見た目はいつもと遜色なく可愛らしい。
「……どんな服でも嬉しいといった手前言いにくいんですけれど、普段選んでくれてる服もこれと同じようなものだというだけです」
「……ごめんなさい。うん、つぎは一緒に選びに行きま――一緒に外に出たいだけよね?風呂のときと変わらないわよね?」
「ばれましたか。でも、服選びについては外に出たいというより、伶と逢引したいって方が強いですかね」
「逢引?」
「デート」
「デート?」
「……伶、子供のころの読み物って何でしたか?」
「学校がまだ通ってたとき?たしか、図鑑と伝記ね。冒険譚とかも好きだったわ。その後、灯台ビルに落ち着くまでは一冊も読んでないわ」
私が回答していくにつれ、偲の目が険しくなっていく。そして、報告を終えると、反転、とても優しそうな目になった。
「そうですか。伶の本棚のセレクトがそのあたりに偏っているのはそうでしたか、ええ。……ってことは、はじめて逢った時の台詞はそういう知識なく言ってのけたんですか」
優しそうな顔つきになったかと思うと、だらしない笑顔になっていて、ずいぶん忙しそうだ。
「伶、また着けて下さい」
偲は、そういってフクロウの髪留めを差し出してきた。
「自分でやりたいって言ってなかったっけ?」
「伶にやってほしいんですよ」
「……?別にいいけど」
ご希望通り、偲の髪を、後頭部で一本にまとめてやる。
服装もあいまって、見た目だけなら、だいぶ活動的な少女に見える。
「スポーツ選手みたいですね」
「まあ、実態とかけ離れた感じはする」
私の言葉に偲はため息をついている。いかにも不服そうだ。
「そうだ。出かける前に、はい」
私は、荷物の中から、迷彩柄の外套を取り出して偲に渡す。この服と一組になっているものだが、私が着るよりは偲に身に着けさせた方がいいだろう。
「あ、サギリに来た時に着せてもらったやつですね。……ふふ、お揃いです」
昨日同様、偲に外套を着せる。私が使っているものなので、着せ方を少し工夫した上で、頭巾をつくってもぶかぶかだ。それでも、圭が用意した服よりはマシなのが分かる。
偲が髪と頭巾の位置を調節したのを確認して、手を握った。
部屋から出て、集落中央の吹き抜けの方に歩いていく。
「けーい、準備したいわ」
とりあえず、どこかで待っているだろう圭に呼びかける。
「思っていたよりも遅かったですね。今回は何が必要ですか?」
「二人いるとそれだけ身支度にも時間がかかるのよ……。いつも通り、刃物と食糧と水を。あとは適当に見繕いたい。今すぐ用意したいんだけれどいいかしら?」
「私は構いませんが、ちょうど集落の皆さんが食事をとりに行く時間です。わざわざ反感を買うようなことをする必要はないかと思いますし、時間をずらしてはいかかがでしょう」
「別に、死ぬわけじゃないでしょう?もうこれ以上嫌われるとは思えないし」
私がそういうや否や、偲が、こちらの手を握る力を強くしたので、私も握り返した。
「じゃあ、嫌われにいきましょうか」




