第19話 倉庫、長、酒瓶
地下七階にある倉庫には、機械以外でサギリを支えるほぼ全てが詰め込まれている。
「こっちは紙製品……。ええとそっちは……絆創膏に包帯ってことは医療品ですか?布は、ああ、奥ですか」
「偲、あんまり引っ張らないで」
「うう……ちょっと見てきますね」
元々は服屋だったそうで、部屋の片隅には、展示用の人形が積み重ねられている。だいたい壁に空いた収納に、あるところは無造作に、あるところは整然と、サギリの人々が周囲の廃墟から集めてきたのであろう日用品が並んでいる。
「では、ご自由にどうぞ」
圭は、倉庫の入り口で、私に必要なものを必要なだけ持っていくように促す。
「じゃあ、勝手にするわよ」
「本当にいいんですか?」
「必要な分以上を持っていっても、動くのの邪魔になるだけだしね、多少は余分にいただくけど」
「そういうことは、私以外の前では言わないでくださいね。本当に、襲われても知りませんよ?」
圭に釘を刺されながら、生活用品を掴めるだけ掴んでいただいておく。
「そうは言っても、灯台ビルの生活用品だって無限じゃないもの。定期的にもらいに来るよりは、仕事のときに一気に持っていった方がいいでしょう」
せっかく、集落の住民がいないのだ。二度手間にならないよう、動物園に持って行ってもしょうがないものも小さな布袋に詰め込んでおく。サギリから帰る時まで、2階にもらってある私たちの部屋に投げ込んでおこう。
「偲、何か必要なものがあれば……」
そう呼びかけようとしたところで、偲が部屋の奥の方で立ち止まっているのが目に留まる。あのあたりはたしか、衣服がある場所、だったと思う。
「偲?」
「ひゃっ!」
後ろから近付いて、声をかけると、よほど夢中だったのか、偲は声を上げて驚いた。
その場で転びかけた偲の身体を引き戻す作業を終えた私に、偲は何もなかったかのように話しかけてきた。
「何でしょうか、伶?」
「ほしい服でもあった?」
「いえ、そんなことは!」
「いいんじゃない。そういえば、あなたの分の報酬ってどうなるのかしら」
私が疑問を口にしたところで、頭上から唐突にしわがれた小声がした。
「構わんよ。その幼子の分も、好きにしていい」
腰まで届く白髪をもつ人間が、天井から逆さまにぶらさがっていた。
「瑛梨香。お久しぶり」
「お久しぶり、伶ちゃん。そちらの可愛らしい少女は、君の隠し子かい?」
天井からぶらさがったまま、瑛梨香さんは偲のことを尋ねてくる。
「助手よ」
「嘘。あ、いや、半分くらい本当か?まあ素性も知りたいんだが、まずは名前を教えてくれないか」
瑛梨香さんが見透かしたようなことを言う。しかし、瑛梨香さんは、言葉の真偽を判断する異能など持ってはいない。彼女が持つのは、どんな場所でも歩けるという単純な異能だけだ。つまるところ、この女性は、ファンブルである。
「あの、私は偲といいます!」
「偲ちゃん、いい名前だね。私は瑛梨香。この集落の雑用係。サンとかをつけて呼ばなくてもいいよ。名前で呼んでくれ」
「雑用係に、集落の長という意味はありませんから。あまり小さな子供に嘘をつくのはどうかと」
圭がエリカに気づいて、倉庫の入り口の方からやってきた。
「瑛梨香さ……瑛梨香は、サギリの代表なのですか?」
「直球だね。その通り。私が、サギリで、いちばあん、えらあい人」
瑛梨香さんが言葉を無駄に引き伸ばしたのが気に入らなかったので、私は頭上からぶら下がる彼女の髪を引っ張った。
「瑛梨香、子供の前で恰好をつける癖、まだ直ってないの」
「痛い!痛いよ!伶ちゃん!仕方ないだろ、老人たちとこんな狭い集落でしのぎ合う毎日には、潤いがいるんだ」
瑛梨香さんは、おそらく四十歳にも満たない若さで、サギリをまとめる優秀な人物だ。ただ、性格に難がある。
「……それで伶ちゃん。この子、何」
「助手よ」
「ああ、そう?じゃあ大人向けの対応によせるね」
瑛梨香さんの目から優しさが消える。顔の下半分は笑ったままなので、気持ちが悪い。
「で、今回の『獣』は仕留められそうかい。伶ちゃん」
「見込みはあるわ。強力な個体だけれど、一人で相手取れないほどじゃない」
「嘘はよくないな。自分以外にファンブル一人連れていってるのに、自分一人で相手取れそうだったなんて」
情報が早い。あるいは、浴場に誰かを差し向けたのは彼女なのか。話している間、天井から壁を、壁から床を伝って、瑛梨香さんは蜘蛛のように近づいてくる。
「混じってるのは?」
「象よ」
「牙と鼻、厄介だな。刺し違えてでも駆除しろよ。伶ちゃんに何かあっても、サギリは偲ちゃんを保護しない」
「どういうことですか!刺し違えてでもだなんて……」
偲が私の腕に縋りつく。
「その通りの意味だよ。今回の『獣』が集落に与えている害、これから与えるかもしれない害は、もう圭から聞いているだろう?伶ちゃんが死んで、集落が助かるのなら安いものだよ」
「偲、瑛梨香相手に何を言っても無駄。彼女は死ねとは言ってない。仕事を果たせと言ってるだけよ」
「でも」
「伶ちゃんの言うとおりだよ、偲ちゃん。私は君たちへの協力は惜しまない。言うべきことは言ったから、私はもう行くよ。圭、あとはよろしくね」
そういうと瑛梨香さんは部屋から出て、そのまま集落の吹き抜けを上って行ってしまった。
「いったい、何のために出てきたんでしょう、あの人」
偲はどうやら瑛梨香さんにずいぶんな苦手意識を持ってしまったらしい。悪人だが、有害とも限らない人物なのだが。
瑛梨香さんが出てきた理由は、偲の身の安全を保障しないためだろう。私に、偲を連れて帰ってくるという目的を与えるために。
――『獣』に対する勝率を少しでも上げるための手としては悪くない。
感情を弄ばれているようで気に入らないが。
「ちょっと話し込みすぎたわね。そうだ、服は帰ってきてから選びましょうか。仕事の後の楽しみがあってもいいでしょ?」
「……ええ、いいですね。すごくいいです」
服を選ぶ気分ではなくなってしまったのと、瑛梨香さんに踊らされるままになるのも嫌なので、自分でもう1つ、理由を作った。
「そういえば、圭さんの前で着替えるわけにもいかないですしね」
偲が漏らした一言で、圭のことを思い出した。何とも言えない顔でこちらを見ている。
「伶さんはもう取り返しがつかないですけれど、偲ちゃんの方はこう、もう少し女性らしさとかを教えた方がいいのではないでしょうか」
渋い顔をしたまま、遠まわしに私に対する暴言をはいた圭に汚い言葉を吐きそうになったが、それこそ偲に悪影響を及ぼしかねないので堪えた。
その代わりに、部屋の奥の奥、小さな棚に詰め込まれた液体入りの瓶に手を伸ばす。
「伶さん、それ要りませんよね、駆除のどこで使うんですか、要りませんよね」
「ほら、火を点けたりできるし」
「いや、そうですけれど。皆をなだめる私の身にもなってください」
「渉外は大変ね」
私の手の中に握られているのは青くて透き通った酒瓶だ。首の部分が持ちやすい形になっているから、投げつけるのもたやすいだろう。
「伶、どうせならこっちの方が燃えやすいでしょうからいいと思います」
偲が、指さしたのは、緑と白のラベルが貼り付けられた、無色の酒が入った酒瓶だった。
「何が違うの?」
「ここについてる数字が大きければ大きいほどよく燃えます」
九が二つ並んでいる。最初に手に取った、青い方の二倍だ。
「まさにその用途で、冬場に使うこともするんですけれど。他のじゃあ駄目ですか」
「ありがとう、偲」
圭の抗議を再度無視して、私は2本目の酒瓶も手に取った。
「火種はどうしますか?火起こし用の道具とかでよければ、造り方を知っていますけれど」
「作れる?」
「無理ですね」
「そうよねえ。圭、どう?」
「アラガに行っている方たちが持ち出しています」
「でしょうね」
火が使えるのと使えないとでは、『獣』との戦い方は変わってくる。今回は、火を使わずになんとかするしかないだろう。酒の方は消毒用に一応頂いていく。
「さて、大体はそろえられたかしらね」
話しながら、大体目ぼしいものは袋に詰め込んだ。これ以上重くなると、そちらの負担の方が大きくなるだろう。
「さて、圭。四輪を出してもらえるかしら」
「分かりました。では、用意してきますね。集落の入り口で落ち合いましょう」
サギリでできる準備は整った。今回は、偲がいるおかげで情報収集の手間が省けるのがありがたい。
あとは、『獣』を仕留めるだけ。さっさと終わらせて、偲の服を選んでやろう。




