腐海の発見
「ふん、この子が料理人かい?こんなひょろっこい体で耐えれるのかい?」
契約が終わりその日のうちにお屋敷に移っておいでと変態団長様に言われたので、いったん宿に戻り、そんなに多くはない自分の荷物をまとめて、再び屋敷に戻って守衛さんのいる門をくぐったのちに、待ち構えていたおばさんに上から下まで眺められた後に言われた言葉です。もっと、フレンドリーに言ってくれたのならひょろっこい=スリムと好意的に解釈するのですが、今にも鼻で笑いそうな言い方をされた上に気の弱い人なら回れ右をして逃げるような視線を向けられれば、普通に悪口だと分かります。
確かに筋肉は貴女のように筋肉はついていませんがこの世界には魔法という便利なものがあるので関係ありません。というのは、私よりもこの世界歴の長いこの人ならばわかると思うのですが。
会ってそうそう侮蔑を込めた言い方で私を貶めたのは、一目で鍛えているとわかる肉体を持った、アラサーと思わしきおばさんでした。
「人を見た目で判断するなって教わりませんでしたか?お・ば・さん」
売られた喧嘩は買う主義です。なので、同じく睨み返しながらこの年代の女性が嫌がるであろう言葉を最後につけます。ここで、おばさんというのも見た目で判断した結果だろうと思う方もいるかもしれませんが、これは純然たる事実なので、問題なしです。そして、精神的にはとうに私も三十路を超えていますが見た目には表れてはいないのでセーフでしょう。
「肝は据わっているようだねぇ。だが、口の利き方は知らないようだ」
私に口の利き方を知らないなどという人が現れるとは思いませんでした。基本的にですます口調を崩さない私に対して、ちょっとひどいんじゃありませんか。
「あなたもですよ。それに、新入りいじめなんてはやらないですよ?」
はやりませんと言ったが本心としてははやって欲しくないが正しいのですが、それをわざわざ言う必要はありませんね。本来ならば、典型的な行き遅れのいじわるおばさんですねというのも付け加えたいところですが、新しい職場でいきなり敵を作るのは賢くないというのと、この人がそこまで酷く私を侮辱してはいないのでやめました。
しかし、それでも目線は緩められることなく私に突き刺さるのでこちらも負けずににらみ続けます。
「中々根性あるようじゃないか。歓迎しよう」
半ば意地になって目を離さないでいると、おばさんが突然ふっと視線を緩めます。そして告げられた手のひらを返したような歓迎の言葉に驚き、ちょっと頭が追いついていけてません。
私、試されていただけなんでしょうか?そうなら、実力行使に訴えられずににらまれるだけで済んだことを喜べばいいのか、それとも勝手に試されたことに対して怒ればいいのか。迷った結果、間をとって反応しないことにしました。朝から変態との遭遇せいで疲れていますのでこれ以上リアクションするのはしんどいですし。
「これでわたしのにらみに耐えれないような軟弱者ならば追い返したが、あんたなら大丈夫だね。さっきはわたしも失礼なことを言ったからなかったことにするが、もう一度おばさんと呼んでみな、次の日にはあんたのここでのあだ名は貧乳となるから」
最後の不名誉で不吉な予言の言葉とともにちらりと胸元を見られました。人の身体的なコンプレックスを的確についてくるとは、やるな、このおばさ・・、この人。これは、別に私が貧乳って自分のことを思っているからではなくて、世間一般でいう平均よりほんの少し、そう気持ち程度少ないかもしれない可能性は捨てきれないということがあるということであって・・・。どんどん見苦しくなっていく気がするのでここでやめといましょう。
とりあえず私に言えることは、人には触れられたくないことがあるということです。
「肝に銘じておきます」
「では、よろしく頼む。わたしはヘレナだ。ここの警備担当だ」
「ベアトリクスです。長いのでビアーテと呼んでください」
固い握手をしっかりと交わしました。
荷物を自室に置いた後、ヘレナさんに連れられて屋敷内を案内と説明をしてもらっている。私に与えられた部屋は使用人に与えるものにしては、想像以上に広くて調度品もしかっりしていて、やっぱりここがただの貴族のお屋敷ではないと再確認しました。
「この屋敷内で食事する人間はほとんどいないんだ。この屋敷の主とその周辺警護についている人くらいだ。正確な人数は警備上の問題から教えられないが、騎士たちはここでは食べないから、二十人分もあれば十分だよ」
「今まで誰が食事を作っていたのですか?」
今までほかの料理人をお雇ってなかったというようなことを聞いていたので、疑問をぶつけてみる。
「手のすいたものが。でも、普段料理場などに近寄らないものばかりだからか、かなり味がいただけなくてねぇ。そこで、あんたが雇われたってわけだ」
察するに、かなり貧相な食事をしていたようですね。よく我慢していましたね、ここの主は。私は食事がまずいのは許せないですから、その忍耐は尊敬しますね。まぁ、我慢せざるを得ない状況だった可能性のほうが高いのですが。
「というわけで、主にうまいものを食べさせてやってくれ」
苦笑のような、やるせないような複雑な表情を浮かべている。その理由はわたしにはわかりかねますが、おいしいものを食べさせてあげるのはまかせておいてください。
「ここが、あぁーなんだ、うん、あんたの職場だ。主にはわたしが食事を持っていくから、大体8時、12時、19時までに用意してくれたらいいよ。ほかのやつらも大体その前後1時間くらいに交代で食べに来るはずだから用意してやっといてくれ。勝手に各々とっていくだろううから」
妙に歯切れが悪いですね、と思いながら指された場所を覗いた私の目に飛び込んできたのは、汚い汚い汚染された厨房でした。もしかすると、あのGから始まる黒光る悪魔が出る可能性も否定できないくらいの汚さです。っていうか、絶対いるだろ。
失礼、あまりのことに言葉遣いが乱れてしまいました。実をいうと、私は日本にいる大多数の人と同じようにあのGが大嫌いです。そうです、この世界にもやつは存在するのです、異世界にまでやつが出没するなんて、恐るべき生命力。
本当にここなんですか、これは一体どういうことなのかを聞こうと思ってヘレナさんを見ると、気まずそうに目をそらされた。ひどいということは自覚していたらしいです。じゃあ、もっと早くに対処してほしいです。こんな腐海が生まれる前に。
「これは、料理については門外漢の輩が後始末までしていたからというか、いや、本当にすまないね。掃除を手伝う人を遣る。だから、そんな使い古した靴下を見るような目でみないでおくれ」
何も聞いてないのに言い訳をはじめてますね。かなり後ろめたいようです。どういう目つきかはとんと見当がつきませんが、反省しているのならば、今更仕方がないのでよしとしましょう。よくないですけど、嫌だといっても何も始まりません。諦めてGと遭遇しないことを祈りつつ(絶対無理だとおもうけど。遭遇したら、手伝いの人に退治してもらおうと思っています)、掃除をしましょう。初仕事が掃除だなんて思いもしませんでしたよ。今日中に終わるかはわかりませんが、全力を尽くします。
好戦的な主人公。(口で)たたかうコックさん。
◇主人公についての補足◇
貧乳はちょっとしたコンプレックス。
巨乳派の長兄に対して「お前なんんか一生牛の乳でも揉んどけばいいんじゃー」という捨て台詞を吐いたことがある。どういう状況でその捨て台詞に至ったかは大体察してあげてください。その後しばらく長兄は、牛が迫ってくる夢を見続け、巨乳派から美乳派に転向した。