第20話 潜入失敗、だが……
「因果縛」
小さき声で、恒一が呟く。ネメシスの足元の空間に、見えない拘束が展開される。
瞬時に彼が横に跳んだ。拘束が床を捉える。空振りだった。
「さすがに速いな」
小言を漏らす恒一。感情が入っていない声だ。
しかし、その声の中に彼が何をしようとしているかの意図が滲んでいる。
ネメシスが触手を一本展開した。部屋の壁面に向ける。壁の術式回路に干渉した。
「おい! 何をした!」
異変を察知した生徒の一人が声を荒げる。
「壁の換気システムを止めた」
ネメシスが答えた。
「なぜだ!?」
「戦闘の余波で空気の流れが乱れる。それに換気システムが動いていると、外部に音が伝わりやすくなる。止めた方がいい」
恒一との戦闘を紙一重で続けながら、ネメシスは説明を口にする。
上座の人物が、その説明を聞いていた。合理的な説明である。疑う理由がなかった。
しかし、実際には違う。換気システムではなかった。
ネメシスが干渉したのは、地下の出入口の電子錠である。
扉が施錠された。地下の部屋への入口が、外部から封鎖された。
それと同時に、ネメシスの神経回路が、ミサキへの信号を送る。
内部の人間が外に出られない。外部からの侵入も封じた。情報が漏れない状態を作り出す。
恒一が因果加速を展開した。足元の因果が加速する。移動速度が上がった。
ネメシスとの距離が、一瞬で縮まる。彼が触手を二本、追加で展開した。
恒一の動線上に展開する。彼が触手を回避した。
しかし回避の軌跡が、部屋の端に設置されていた棚に当たる。棚が大きく倒れた。
棚の上に置かれていた端末が床に落ちる。次々と端末の外装が割れた。
「……待て」
右手を前に突き出して、ネメシスが言った。戦闘を一時的に止める。
すると恒一も動きを止めた。部屋の全員が、二人を見る。ネメシスが床に落ちた端末を見た。
触手の先端を端末に向ける。
「おい、何をしている?」
上座の人物が問い掛けた。
「解析する。この端末は外部から持ち込まれたMAGと連動している。供給元の情報が入っている可能性がある」
「それに触るなッ!」
「案ずるな、触れはしない。神経回路で走査するだけだ」
ネメシスが触手の先端を、端末の表面に接触させた。
NMSウイルスの神経回路が、端末の術式基盤に直接接続する。情報が流れ込んだ。
端末の内部に、記録されていたデータが、神経回路に展開する。
ネメシスが把握した内容が、神経回路の中に整理された。
違法MAGの術式基盤の設計データが含まれている。
製造元の情報が含まれていなかった。製造番号が削除されている。
流通経路の記録が削除されていた。
残されていたのは、術式基盤の設計仕様と、校内での配布に関する記録だけである。
配布に関する記録の中に、受け取った人間の名前が含まれていた。
十七人である。全員が予科生だ。しかし、配布した側の人間の情報が、完全に消えている。
「供給元が分からない」
小声でネメシスが呟く。それは恒一に聞こえる声量だ。
午後九時三十一分。地下の部屋に入ってから、十七分が経過していた。
四月下旬の夜が学校都市に降りており、地上の気温は十四度まで下がっている。
地下の部屋は十二度だ。
石造りの壁面が冷気を蓄積しており、低い光量の照明が空気を僅かに暖めている。
消灯時間まで、二十九分だ。部屋の空気が、膠着している。
供給元が不明であるという事実が、部屋の全員の思考を止めていた。
その静寂の中で、上座の人物が立ち上がる。表情が変化していた。判断を下した顔つきである。
「不破ネメシス、神代恒一。お前たちが俺たちの側でないことは、最初から分かっていた。本当に俺たちの側なら、供給元の話を持ち出す必要がない。潜入側の人間だからこそ、供給元を気にする。違うか?」
上座の人物が言い放つ。部屋の空気が明確に変化した。
「つまり、最初から――――」
呆気に取られた声を、短髪の男子生徒が漏らす。
「ああ、そうだ。最初から最後まで試していた。一ミリたりとも信用なんぞしていない」
そう言いながら、右手を上げる上座の人物。すると部屋に居た九人が、一斉に立ち上がる。
外部から持ち込まれたMAGを、三人が同時に起動させた。術式波長が、部屋の空気に展開する。
ネメシスの神経回路が、展開した術式波長を解析した。
三つのデバイスの術式基盤が、同時に走査される。攻撃系の術式と、広域制圧型だ。
部屋全体を範囲に収める設計である。
「恒一」
ネメシスが言った。
「ああ、把握している」
恒一が答える。数珠型デバイスが起動した。因果演算の波長が、部屋の空間に広がる。
ネメシスが触手を展開した。一本ではなかった。六本である。六本の触手が、部屋の空間に広がった。
床、壁、天井。それぞれの方向に伸びた。
「あ、あれは……」
部屋にいる生徒の一人が呟く。
「トーナメントで見たぞ……。例の触手だ……」
「しかし、ここは地下だ! スペースが確保できなければ――」
「関係ない」
相手の言葉を、ねじ伏せるように、ネメシスが被せた。
六本の触手が、三人が持つMAGの術式波長を感知する。波長の中核を特定した。
三つのデバイスの核回路に、同時に干渉する。術式が展開する前に、核回路が書き換わった。
三つのデバイスが、同時に停止する。
「なっ……!? 術式が止まった……だと!?」
「くっ……デバイスが反応しない……」
「なぜだ……」
「核回路を書き換えた」
困惑する者たちに、冷めた瞳を向けて、答えを与えるネメシス。
「書き換えた、とはどういう意味だ?」
「起動しない状態に設定を変更した。そのデバイスは今後使用できない」
両の肩を小さく竦めながらネメシスは返す。上座の人物が、彼に睨みを利かせた。
表情が今夜、初めて崩れている。想定外だったという表情だ。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




