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第18話 第三校舎

「不破ネメシスが正科生を敵と明言したらしいな」

「……ああ、そうみたいだな。留学生三人に囲まれて、秩序を認めないと言った……」

「正式に予科生の側に付いたな」

「あれは本心か?」

「本心でなくても、言葉は出た」

「触手魔が秩序を否定した、か」


 学校全体が、昨日の広場の場面を受け取っている。

 正科生の反応と予科生の反応が、真っ向から分かれていた。

 正科生の中には、不快感と怒りを示す者がいた。


 予科生の中には、今まで見せなかった種類の反応を示す者がいた。それは共鳴である。

 そして向こうからの接触は昨日の夜に来た。

 末端メンバーの短髪の男子生徒から、端末に短い文面が届いたのである。


『明日の夜、消灯前に第三校舎の地下へ来い。一人で来ること』


 その内容のものをネメシスは、念のためにミサキへと伝えた。

 それから今現在、彼は学校の地下にいる。


 第三校舎は学校の北側に位置していた。外壁が古い石造りで、他の校舎より建設年度が古い。

 正面玄関のアーチが大きく、石の表面に経年による苔が混じる。

 窓枠が木製で、夜の光の中で、その輪郭が黒く見えていた。


 地下への入口は、第三校舎の東側の外壁沿いにある。鉄製の扉だ。

 扉の表面に錆が混じっており、普段は使用されていない扉の外観。

 しかし、今夜は錠が外れていた。ネメシスが扉を静かに開ける。階段が下に伸びていた。


 石造りの階段で、十三段ある。踏み面が狭く、一段の高さが高かった。古い建物の地下構造である。

 階段を下りた先に、通路があった。通路の幅は二メートルで、天井の高さが二メートル半である。

 壁面がコンクリートで、経年による染みが複数箇所に出ていた。

 

 通路の照明が、低い光量の白い光で点灯している。

 ネメシスの神経回路が、地下の空間の構造を走査した。

 通路の先に、広い空間がある。複数の人間の魔力波長が集中していた。


 通路を三十メートル歩いた先に部屋がある。だが扉がなかった。

 開口部が、そのまま部屋に繋がっている。部屋の広さは、縦十五メートル、横十メートルだ。

 天井の高さが三メートルで、照明が四箇所に設置されている。


 照明の光量が低く、部屋全体がやや暗かった。コンクリートが壁面に露出している。

 部屋の中央に、木製のテーブルが置かれていた。テーブルの周囲に、椅子が並んでいる。

 椅子の数が、十二脚あった。そのうち九脚に人間が座っている。全員が予科生だ。


 銀の徽章が、低い照明の光を受けている。そして、ネメシスが部屋に入った。

 九人が一斉に彼を見る。視線が一斉に向いた。短髪の男子生徒が立ち上がる。


「ふっ、ようやく主役の登場だな」

「ああ、来たぞ」

「一人か?」

「見ての通り、一人だ」

「……よし、そこに座れ」


 テーブルの端の椅子を、短髪の男子生徒が示した。

 小さく頷いてからネメシスは、椅子を引いて座り込む。

 そのまま彼はテーブルを囲む九人の顔を、漆黒に近い濃紫の瞳で一度だけ見渡した。


 全員の魔力波長を、神経回路が記録した。

 九人の中の三人が、外部から持ち込まれたMAGの波長を放出している。

 テーブルの上座に、一人が座っていた。他の八人と雰囲気が違う。


 年齢が上だ。三年生か、あるいは既に卒業している年齢である。

 黒髪で中背だ。顔立ちに鋭さがある。目の色が暗く、表情が読みにくい。


 制服を着用していたが、学校の制服ではない。だが銀の徽章が付いていた。

 しかし徽章の形が、学校の正規の徽章とわずかに異なる。


「不破ネメシス……と、言ったよな?」


 ゆっくりと口を開く上座の人物。その声は低かった。


「俺が知りたいのは、お前の覚悟だ。昨日の広場の言葉が本心なら、ここに来た意味がある。しかし、あれが芝居であれば話が違う」

「本心だ」


 即答するように、ネメシスが答える。


「何が本心か、具体的に言え」

「正科生と予科生の格差を、入学してから今日まで俺は直接体感した。トーナメントで正科生を複数倒した。それでも予科生という事実が変わらなかった。学校の秩序の中では、結果がどれだけ出ても序列が変わらない」

「ああ、その通りだ、この学校は百年以上、同じ構造を維持している。正科生が上で予科生が下。十の名家が中心にあって、それ以外は外縁にいる。努力や結果で変えられる構造ではない。生まれた時から決まっている」


 大きく頷きながら上座の人物が話を続けた。


「そうだ」

「お前は、その構造に怒りを感じているか?」

「聞くまでもない。当然、感じている」


 少しの間も空けることなくネメシスは返す。


「どんな怒りだ。具体的に言え」

「予科生として入学した。術式干渉を使えることが入学後に判明した。しかし、それは俺の功績として評価されなかった。予科生が持つべき能力の範囲外として異質扱いされた。結果を出せば異質と呼ばれ、結果を出さなければ序列の下に置かれる。どちらに動いても、この構造の中では予科生は予科生のままだ」

「……それが、お前の怒りか」


 上座の人物が、ネメシスを見た。


「そうだ」


 少し間を空けてから、彼は小さく頷く。


「では聞く。お前は、その構造を変えるために、戦う意思があるか?」


 右手をネメシスに向けながら、上座の人物は冷淡に問い掛ける。

 すると他の生徒たちが、次々に口を開き始めた。堰が切れたような話し方である。

 今まで誰かに聞かせることができなかった言葉を、今夜初めて出している声だ。


「俺は三年間、予科生として過ごした。正科生に見下されない日が一度もなかった。廊下で肩がぶつかっても、謝るのは必ず俺たちの側だ。食堂でも、席の優先が正科生にある。明文化された規則ではない。しかし、慣例として定着している」

「俺の兄が去年卒業した。成績は予科生の中でトップだった。就職の際、正科生の平均以下の生徒より低い評価を受けた。能力ではなく、徽章の色で判断された」

「俺は入学試験で正科生との点差が三点だった。その三点の差が、三年間の待遇の差になった。その三点の意味が、俺には分からない……」


 それらの黒い声が重なり合う。明確な感情が混じっていた。

 積み上がった年数の分だけ、感情に重さがある。ネメシスは、その声を聞いていた。


 神経回路が、各人の感情の波長を記録する。それは紛れもない怒りだ。本物の怒りである。

 計算された怒りではなく、長い時間をかけて蓄積された怒りだ。


「……ああ、理解できるぞ。俺も同じ状況にいる。お前たちの憎しみと怒りが、しっかりと俺には届く」


 ネメシスが言った。

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