第17話 辛辣な言葉を浴びせる少女たち
「本当にやるのかい?」
広場の端のベンチから、リュミエールが小声で話し掛ける。
蜂蜜色の瞳が、ネメシスを見ていた。
「ああ、当然だ」
「演技が得意じゃないって言っていたのにね」
「得意かどうかは関係ない。必要だからやる」
「ふーん、僕たちの役割は?」
「貴様らは正科生側の人間として、俺に言葉をかけろ。内容は任せる。俺が反応する」
「台本なしで動くということですのね」
リュミエールの隣に、ルクレツィアが座っている。サファイアブルーの瞳が、広場を見渡していた。
「ああ、そうだ」
「英国式の即興演技……ふふっ、嫌いじゃありませんわ」
「私の役割を確認する。正科生側として優位な立場から、ネメシスに言葉をかけろということか」
反対側のベンチに、アイゼンが座っている。灰青色の左目が、広場の構造を確認していた。
「そうだ。正科生が予科生を見下す状況を作れ。俺が反応する」
「理解した。しかし、一点確認させてくれ」
「なんだ?」
「この芝居を見ている対象は誰だ? 末端のメンバーか、それとも中核の人間か?」
「末端のメンバーが、この広場に来るという情報が入っている。中核の人間が直接来るかどうかは分からない。しかし、これからの芝居を末端が見て、上に報告すれば中核に届くはずだ」
「了解した。最大限の演技をしよう」
少し間を置いてから、アイゼンが返す。午後四時四十一分。末端のメンバー二人が、広場の端に来た。
ネメシスの神経回路が、昨日接触した二人の波長を感知する。
さらに、二つの波長が混じっていた。新しい波長である。
昨日確認した三つ目のグループの波長と同じ基底を持つ波長だ。
中核に近い位置にいる人間の波長だとネメシスは判断した。
「ふむ……来たな」
小声でネメシスが呟く。
「確認した。四人、うち二人が新しい顔だね」
広場から見えない校舎の陰にミサキが立つと、通信機器の電源を入れて報告する。
「よし、始める」
「気をつけて」
「芝居だ。気をつける必要はない」
「……それでも、よ」
それだけ呟いてからミサキが口を閉じ、通信機器の電源を切断した。
そして次の瞬間、ルクレツィアが立ち上がる。広場の中央に向けて歩いた。
金色の波打く髪が、午後の光を受けて輝いている。サファイアブルーの瞳が、ネメシスを捉えた。
「不破さん」
横から話し掛けるルクレツィア。その声は広場全体に届く音量である。周囲の生徒が振り向いた。
英国留学生が予科生に話しかけている、という状況が、広場の全員に見える。
「今日の魔法実技の授業の内容、貴方は理解できましたの? 予科生には少し難しかったかもしれませんけれど」
威圧的な雰囲気を全身に漂わせながら言うが、その言い方は普段のルクレツィアとは大きく異なる。
上から見下ろす種類の言い方だ。しかし、それは自然である。
英国王立魔導院で育った人間が、それが当然の秩序だと信じている時に出る言い方だ。
「ああ、問題なかった」
ネメシスが答えた。
「そうですの。でも予科生が正科生と同じ授業を受けること自体、この学校では例外的なことですわよね。本来なら、別カリキュラムを受けるべき立場ですのに」
眉間に手を当てながら顔を左右に小さく振り、ルクレツィアは気が重たい雰囲気を晒す。
それらのやり取りは、広場にいる生徒全員が聞いていた。
末端メンバーの四人が、広場の端から見ている。
「ルクレツィアの言う通りだよ。トーナメントで結果を出したからって、予科生が正科生と対等な扱いを受けると思っているなら、それは勘違いだと思う。フランスでも、魔力資質による区分けは厳格に守られているからね」
別の角度から、リュミエールが近づいてきた。蜂蜜色の瞳が、今日は温度が低い。
「私も同意見だ。能力による序列は合理的だからな。感情で変えるべきものではない」
広場の反対側から、アイゼンが歩いてきた。MAGは装着していない。
しかし制服姿でも、引き締められた体型と、銀混じりのブロンドが存在感を放つ。
三人がネメシスを囲む形になっていた。静かに視線を動かして、彼が三人を見る。
一秒間、三人を見た。そして表情を変える。
普段のネメシスの顔ではなかった。抑えていたものが崩れた顔だ。
「っ……うるさい!」
声を荒げてネメシスが言い放つ。その言葉には感情が乗っていた。普段の平坦な声ではない。
「……俺が何をしても……予科生という事実は変わらないということか……。正科生に勝っても……術式干渉を使っても……暴走を止めても……。それでも序列の下か……」
「それが現実ですわ」
ルクレツィアが答えた。その声には、冷たさがある。
「現実か……。俺は……この学校に来てから何をした。授業を受けた。試合をした。人を助けた。それが全部……銀の徽章というだけで無効になる……。この学校の秩序の中では……俺は永遠に下だ……」
自嘲気味の笑みを、ネメシスが浮かべた。笑い方が、今まで見たことのない種類だ。
「そういうことですわ」
「……分かった」
ネメシスが三人から視線を外す。そのまま彼は、広場全体を見る。
広場にいる全員が、この場面を見ていた。末端メンバーの四人が、端から見ている。
「正科生が上だというなら……その秩序に俺が従う必要はない。従う理由もない。この学校の秩序を俺は認めないッ!」
握り拳を震わせながらネメシスは、怒気を込めた声を広場に響かせた。
「俺は予科生だ! しかし、この学校の秩序の中の予科生ではない! この秩序を認める気はない!」
そう宣言しながらネメシスは、ゆっくりと広場を歩き始める。
――四月二十七日、火曜日。午後九時十四分。公開裏切りの劇から、一日が経過していた。
四月下旬の夜が、学校都市に降りている。日没から二時間以上が経過しており、空に星が出ていた。
気温は十五度まで下がっており、昼間の二十四度から急激に冷えている。
寮棟の窓に明かりが点在しており、消灯時間の午後十時まで四十六分だ。
昨日の広場での出来事は、学校全体に広まるのに、半日も掛からなかった。
午後の授業が終わる頃には、その話が校内の共用スペースで溢れる。
夕食の時間には食堂で、それらの話題が重なっていた。
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